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ナンバー1になれるナンバー2

「実は、エリポスで誰が自分の部屋に何回娼婦と男娼を呼んだかを記録している。その娼婦たちがエリポス圏の誰と繋がっているのかもね。だが、君は必要以上の接触をしていなかった。余計な金も使わず、むしろ通い過ぎた部下を窘めつつも自身の財も与えていたそうじゃないか。誰でもできることでは無いよ。私が戦死したならば、むしろ家族を任せても良いと思っている」


 アグネテの利用法と、失敗した時の離れ方。

 エスピラの行動がアリオバルザネス将軍に読まれた時のリカバリー。

 メガロバシラスとの最終戦での軍団の位置取り。


 そして、トュレムレで逸りそうになるエスピラを決死の覚悟で止めたこと。


 何よりも、周りとの関係性と今後を考えたうえで提言してくるその考え方が、エスピラは好きなのだ。


「それは、恐らくやめた方がよろしいかと思います」


 少し歯切れの悪い声に感じられた。


「何故だ?」


 エスピラは、ニベヌレスの被庇護者たちが会話の聞こえない位置に居ることを確認しながら聞いた。


 ヴィンドの肩が膨らみ、下がる。大きく息を吸って、吐いたのが良く分かる。

 それから、ヴィンドがエスピラを見た。表情は硬い。緊張しているようである。


「カリヨ様がご懐妊された話は知っておりますね」


「ああ。聞いている」


 ヴィンドの唇が一度内側に巻き込まれた。

 唇はすぐに出てくるが、喉仏が何も無いのに上下した。


「お腹の中に居るのは、私の子です。ニベヌレスの血を引く子供です」


 無風。


 視線だけはしっかりと。逸れることは無く。波の音もほぼ無い。


 そんな中で、エスピラは、硬い表情で真っ直ぐに見てくるヴィンドをしっかりと見据えた。


「ジュラメントは知っているのか?」

「はい」

「何と言っていた?」

「カリヨ様を頼む、と」


 またヴィンドの喉仏が上下した。

 手は硬く握られており、真っ直ぐにエスピラに向き合った状態のまま動かそうとはしていない。


「誰かに言ったか?」

「エスピラ様にまず言うべきだと思いながら、此処までずるずると引っ張ってしまいました」


 エスピラは、二度、小さく頷いた。


「君の力でディファ・マルティーマ南方に陣取っていた北方諸部族は部隊としての維持が厳しくなった。西方も、簡単には纏まらなくなり、だからこそマールバラは一時引いただけだ。レオーネ、ファルコ、オルカの三つからもマールバラ軍が居ることは確認されている。近々また攻め寄せてくるだろう。


 だから、去るまでは伏せておけ。これは軍事命令権保有者としての命令だ。


 その後のことは私は何も言わないよ。当人同士で認められているのなら、好きにすると良い。子供をニベヌレスの当主候補にしたいのなら、君自身が力を示す必要があるけどね」


 貴族の結婚は恋愛では無い。恋愛を楽しみたいのなら、愛人を作って行うべきである。

 これは、エスピラも義父であるタイリー・セルクラウスから言われてきた言葉だ。


「ああ、ただ」


 緩みかけていたヴィンドの体が再び張られた。

 そんなヴィンドに、エスピラは微笑みかける。


「私もヴィンドを手放す気は無い。アレッシアのためにまだまだ活躍してもらわないと困る。

 イフェメラは戦場では良いがそれ以外の場では不安が先立つ。ジュラメントは使いやすいが決定的なモノに欠ける。カウヴァッロは本人が出世に興味が無いからな。家門同士の関係にも無頓着すぎる。ファリチェは意欲はあるがまだ別動隊を無条件で任せるには怖く、リャトリーチは集団を動かすよりも情報収集の方が得意だ。フィルムは戦場よりも後方で活躍させたい。


 その点ヴィンドはどの場面でも抜群の働きをしてくれそうで、家格も優れている。そういう者は貴重だからね。少し、私の副官に任命しづらくなったが能力を考えれば君を手放すわけが無いだろう?」


 明らかにほっとした表情を浮かべ、ヴィンドの拳がゆるくなった。

 表情も硬さがほぐれている。


「ありがとうございます」


「謝意を感じているのなら、さっき私が評した言葉は極力もらさないでくれると助かるかな」


「かしこまりました」


 ヴィンドがゆるく目を閉じて、小さく頭を下げた。


「しかし、カリヨのどこが良かったんだ?」


 冗談めかして聞きつつ、エスピラは地面に座った。

 海水に浸かっていたらしきモノたちを手に取る。


「見目麗しく、カリヨ・ウェラテヌスの訴追状に代表されるように頭も切れ、何よりウェラテヌスの血を引いております。誰もが惹かれる人ですので、私から近づきました」


 ん? と、エスピラは少しだけ疑問を覚えた。声に。言い方に。雰囲気に。

 そしてアグネテも、『誰もが惹かれる人』であったな、と。


「それは、結婚する場合の話じゃないのか?」

「いえ」


 最初の入りはやや食い気味で。


「人としても素晴らしく。それに、その、言いにくいことではありますが恋とは理屈ではなく落ちるものですから。とりもなおさず、私から、アプローチをさせていただきました」


(ヴィンドが、同僚の妻を愛人にしようとするか?)


 確かにしたのは事実だ。

 だからと言って、こんなにすぐに子供ができるほどに言い寄るとは思えない。それに、二回も自分から言い寄ったと言っている。


「そうか」


 だが、その疑問を口にすることなくエスピラは追及をやめた。


「なんにせよ、子供がすぐにできるとは神々も良き縁だとおっしゃっているのだろう。それに、ウェラテヌスの血も引いているのであれば君にもしもがあっても必ず立派なアレッシア人に育て上げると約束しよう。

 まあ、君にもしもがあること自体、私は許したくはないがね」


 とんとん、とエスピラは自身の横を叩いた。


「ありがとうございます」


 言って、ヴィンドが横に座る。


「昨夜ソルプレーサが得た情報によれば、アグリコーラに新たに二個軍団が繰り出されることが決まったそうだ。内一個軍団の長はタヴォラド様。これで四個軍団四万がアグリコーラを攻めることになる。インツィーアからの山道封鎖及び山賊討伐部隊を含めれば六個軍団が近くに居るわけだ。


 そうなれば、フィガロットは確実にまた救援要請を送るだろうな。


 これらを加味すると、私は次の攻撃次第でマールバラがディファ・マルティーマの攻略を続けるかどうかを決めると思っている。丁度解囲されているタイミングでエリポスに頼んでいたモノが届くのも神の思し召しだろう。


 ルカッチャーノと未だに連絡が取れないのだけが難点だが、私はほぼほぼ今回の攻撃はしのぎ切ったと考えているが、どう思う?」


「エスピラ様が今回攻撃対象にされているのが北方諸部族ですので大きな問題にはならないと思いますが、相手は怪物マールバラです。軍団を引っ張り出されることになれば、その被害次第ではフィガロットを見捨てることもあると思います」


 エスピラは、右手人差し指で下唇をなぞった。


「見捨てれば、アグリコーラからの信用を失い、配下も離れていくと思うが」


「元々は信用も何も無かった地で、守るものも失うものも無い状態で勝ってきた男です。もう一度その状態に戻るつもりで攻めてくる可能性も考慮しておくべきでしょう。


 ディファ・マルティーマを狙うこと自体、アグリコーラの保持には何の役にも立ちませんから。当初の作戦にこだわっているのか、あるいはアグリコーラを失ってもメガロバシラスさえ呼べれば良いと言う算段があるのか。はたまた、安心できるところなど無い環境で思考の柔軟性が落ちて来たのか。


 兎も角、マールバラの変化はアレッシアとしては歓迎するところではありますが、ディファ・マルティーマに籠る我々としては厳しい戦いが続くことに変わりは無いかと思います」



 エスピラ様も、既に考慮されているとは思いますが、とヴィンドが締めた。


 これらはエスピラも思ってはいたことである。だが、他の人に言われることによって作戦の成功を確信しつつも緩み始めた自身のたがを締め直せたのだ。


「ヴィンド。やはり、君は優秀だよ」

「ニベヌレスとして、お爺様だけだとは言われたくありませんでしたから」


 ヴィンドの祖父メントレー・ニベヌレス。


 今は故人だが、インツィーアでの大敗北の後のアレッシアに最初の勝利をもたらした男。

 穀倉地帯を確保し、同時にペッレグリーノとの連絡のための中継地点(オルニー島)を堅持した男。


 何よりも、兵の被害が少なかったことでアレッシアは動員数を大幅に増やすことが出来たのだ。


 この戦争だけを見ても彼の功績は、エスピラよりもまだ大きい。


「そうだな。その調子で、トュレムレ補給作戦の準備を進めておいてくれ」


「かしこまりました」


 頭を下げるヴィンドを横に、エスピラは立ち上がった。

 目をつむっていたヴィンドの顔も上がる。


「此処だけの話ですが、私はグライオ様を羨ましく思っております」


 エスピラは動きを止め、ヴィンドに振り返る。

 何故かと問いかける前に、ヴィンドの口が動いた。


「私は一門を含めた評価を受けておりますが、グライオ様はご自身の評価のみでエスピラ様から最も頼りにされております。ベロルスの者がと思う私の心もいけないのでしょうが、どうしても、その気持ちは拭えませんでした。今も、ずっと、心にすくっております」


 カリヨに手を出した懺悔だろうか、とエスピラは思った。

 別に、そのことは気にしていない。


「此処だけの話だが、私も何度かエリポスでグライオが居ればと思った。今も思っている。居れば、恐らくルカッチャーノの役割をグライオに任せ、グライオは成功させていただろう。失敗していてもルカッチャーノが居る分こちらの作戦も幅が広がった。いや、ルカッチャーノの役割はルカッチャーノに任せ、マールバラにグライオを当てていたかも知れない。


 とは言え、ヴィンドが居なくなれば居なくなったで私はヴィンドが居ればとも思う。君も大事なのだ。皆大事なのだ。


 間違っても、グライオの代わりにトュレムレに残ろうとは思ってくれるなよ」


 だが、そこだけは注意して、エスピラはパン配りのために帰途についた。


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