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君達は何のために戦っているのか。

 一部の伝令らしき者が、敵軍団内を動いているのをエスピラは目にした。


 内心ほくそ笑む感情をひた隠しにし、エスピラは高らかに声を上げる。


「流れた血は等量以上の血で以って贖われる。

だから君たちはハフモニに手を貸し、アレッシア人を殺しているのではないのか? そのために戦っているのではないのか?」


 言語は北方諸部族で最も広く、多くの部族が使っている物を選んで。

 伝わらない人もいるが、それで良い。



「それはこちらも同じこと。この六年間、良くぞここまで暴れてくれたな。流れたアレッシア人の血を思えば、君達は全滅してもまだ足りないくらいだろう。


 だが、君達の気持ちも分かる。我が義兄であるバッタリーセ・クエヌレスの統治政策は、まあ、私から見ても酷いモノだ。君達に礼賛を求めた彼の死は自業自得だと言えよう。そこまでは理解できる。理解できるが、何故そこで止まらなかった? 最早こちらの血の方が多く流れている以上、アレッシアは簡単には君たちと手を取れなくなった。誰も、それを望まなくなった。


 だが、一つだけ。君達に神が微笑んでいるとすれば、君たち以上にアレッシア人を殺し、価値の高い者がいることだ。全ての殺意を帳消しにできる心臓があることだ。


 もしもその者の心臓を我らに差し出せば、私は君たちが許されるように尽力しよう。決して、バッタリーセなどと言う愚者と同じ道を辿らないと約束しよう」



 エスピラは、剣を地面に突き刺した。


 ハフモニの伝令は、エスピラの言葉が分からないからか何やら北方諸部族に言っているが、北方諸部族の高官が多いと言うことは簡単にはハフモニの命令に従わないと言う話にもなる。


 特に、上手く行っていない軍では。



「この三年間、君達の状況は好転したか? 六年前と比べて、知り合いはどうなった? 隣の部族は信用できるのか? 


 確かに戦場に出ている者は褒美が貰えただろう。対等に扱われているだろう。

 で、他の者は? 君達の間に存在していた問題は? それを、マールバラは解決したか?


 違う! インツィーアの大戦果に隠れているが、これまでの戦いで死んだ者はほぼ全て君達だろう? 使い潰されているのは君達だろう? そして、今のままだとハフモニの次にアレッシアの晩餐に並ぶのは君達だ! 例え利用されているだけでも、ハフモニに利した事実は変わらない。アレッシアに不利益のみをもたらしている事実だけは変わらない!


 本当に可哀想だよ。同情するよ。


 ハフモニは、此処に倒れている勇者を取り返そうとすらしない。後ろで踏ん反りかえって君達の足を止めているだけじゃないか! 北方諸部族なんて野に打ち捨て、鳥についばまれ朽ちていくだけで良いと思っている。


 だが、本当にそれで良いのか? 君達は今のままで良いのか?


 良くない! 良いはずが無い!


 だから、私はこの二人の勇者は丁寧に埋葬しよう。

 君達を見捨て、助けようともしない朋友とやらに代わってな」



 そして、エスピラは鼻で笑った。


「まるで君達は属国だな。使い潰されるだけの、哀れな存在」


 流石に、北方諸部族が喚きだした。

 エスピラは、一度そのピークを見極めるために黙る。黙り、少しの隙間に朗とした声を挟んだ。


「此処に三万もいるのに、北方の味方を助けに行ったのか?」


 北方諸部族の声が小さくなった。

 そこに畳みかける。



「アレッシア軍が、アレッシア人が君達の家族を襲っているのに、マールバラは何をしている? 君達に家族を見捨てさせ、自分のために戦えと言っただけじゃないか。

 この三年間、マールバラは北に行ったか? 


 行ってない!


 アイツは、アレッシア人の居るアグリコーラとトュレムレを往復していただけだ。アレッシア人の助けを求める声を聞いて動いていただけだ。

 アレッシア人のために君達の命を使ったのだよ。アグリコーラで、潤沢な物資と共に籠っているだけのアレッシア人のために、君達に劣悪な環境を強いて。アレッシア人を助けるために森の生育を阻害している木を切り捨てる感覚で使い潰したのだ。家族を見捨てさせ、アレッシア人のために死ねと命令し続けただけだ!」



 最早叩きつけるような咆哮から、エスピラは雰囲気を一変させた。


「さて。君達は、何のために戦っているんだ?」


 疑問と言うよりも哀しさに満ちているような声で。


 全員が聞き入った訳では無いだろう。納得したわけでは無いだろう。

 でも、目の前の北方諸部族も黙っている。前列は黙っている。


 軍団の前列が黙り、止まれば後列も動きようが無いのだ。僅か五百では、ハフモニだけでどうこうもできないだろう。何かを言われたとなれば、特に。一騎討ちで負けただけでないのなら、なおさら。


「今日は帰ると良い。一騎討ちは、また今度にしよう」


 穏やかに言って、エスピラは堂々と二万の軍勢に背を向けた。

 軍団から四人呼び、エリポスの重装歩兵の盾に死体を乗せる。


 エリポスでも良く使われる運び方だ。死んだ重装歩兵は、誇りの証である自身の盾に乗って家族の元に帰るのだ。


 そのことは、全員では無いとは言え、北方諸部族も知っている。


「帰るぞ」


 言えば、アレッシアの陣形が変化する。


 二つの死体を中央に、彼らを守るようにしてディファ・マルティーマの中へ。悠然と。堂々と。戦場から帰還ではなく哀悼を籠めた凱旋行進のように。無言で。綺麗な軍靴の音と共に。


「詭弁満載ですね」


 ペースを変えることなく門の中に入った直後に、ソルプレーサが言った。


「納得しかけただろ?」

「ええ。エスピラ様は、声で大分得をしている」


 冗談交じりで言ったソルプレーサに、エスピラも「発言には気を付けろよ?」と冗談で返した。


「さて。ヴィンドに作戦を実行に移すように伝えてくれ。一気に片を付ける」

「かしこまりました」


 シニストラの返事の後、白のオーラが平行に放たれた。


 人の通る位置で素早くオーラが駆け抜けていく。伝達地点から伝達地点へ。そしてヴィンドまで。

 時間を置かず、エスピラ達も移動した。ステッラと四百の重装歩兵のみ西側に残して、残りの二千は南へ。後詰として、いざと言う時の防波堤として。


 しかし、戦意の高いアレッシア軍六千八百と分散のみを期待されていた北方諸部族一万では勝負にならず。援軍に行くことが期待されていたのであろう西側の兵も簡単には纏まらず、時間がかかったようで。


 ヴィンド・ニベヌレスを中心とした南方での戦いは、ハフモニ軍の死者五百、捕虜二千人の大勝利で幕を閉じたのだった。


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