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第一次ディファ・マルティーマ防衛戦

(物資をある程度置き去りにしてまで行軍速度を取ったか)


 狼煙による伝達と、それによる速度からエスピラはマールバラの動きをそう判断した。


 なるほど。異民族を纏めるには確かに有効的だ。こういったエスピラも使ったことのある高速機動は兵一人一人に食糧を持たせる。そのため、長期戦に備えた食糧は後から運ぶことになるのだ。それを握るのは指揮官。つまり、マールバラ。


 食糧と言う命綱はマールバラが握っている、と言うことになるのだ。


 もちろん、運んでいるのはマールバラでは無いが。


「父上」


 忙しく人々が駆けまわっていた執務室に久しぶりに入って来たのはマシディリ。

 不安からか瞳が揺れているように見えたが、エスピラ以外を映すことは無い。


「どうした?」

 エスピラは努めてやさしい声をだした。


「海を警戒していないのは、艦隊が動いていないからですか?」

「ああ」


 エスピラは手を止めかけたヴィンドに続けろ、と手で示した。

 シニストラだけがエスピラと共にマシディリに近づく。


「父上。私は、父上の作戦の全てを知っているわけではありませんが、市民を割いてでも海の警戒もしておくべきだと思います。あるいは、分かっていると見せかけるべきだと思います」


「それは、何故だ?」


「マールバラの戦い方が、大王の延長線上にあるからです。


 包囲殲滅は、つまるところ槌と鉄床戦術。使い潰せる北方諸部族を緩衝材にして、後ろに居るハフモニ兵を鉄床とします。違うのは、プラントゥム騎兵とフラシ騎兵と言う二つの槌をアレッシア騎兵のみを打ち破って背後に回すこと。背後に回して、叩き込む。戦場で行うのは難しいでしょうが、話にすれば私にも理解できることです。


 そして、大王の戦術を真似している、と言うことは海上都市を攻略した方法を模倣、発展させて用いてくる可能性もあります。今のメガロバシラスもそうですが、大王の軍にも艦隊はありませんでした。ですが、工兵や風を計算した計で以って打撃を与えております。その隙に屈服させた国の艦隊を呼びました。


 今、父上の敵には海賊がおります。マールバラにディファ・マルティーマを攻略する明確な意思があり、海上からの攻略に乗り出したのであれば。それが自分たちの力で成功に導けるのであれば。海賊は、再び父上に刃を向けると思いました」



 なるほど、とエスピラは思った。


 確かに、大王の伝記にも海上都市の攻略は出てくる。海上都市、と言うか島にある城塞都市の攻略の話ではあるが。


「マシディリ。やってみるか?」

「元老院が黙ってはいないかと」


 すぐに反応したのは愛息では無くソルプレーサ。

 しかし、エスピラはヴィンドに右手のひらを向けた。


「民間人が自発的に都市を守るために動くのだ。何も問題は無い」


 ソルプレーサは押し黙った。

 ソルプレーサに比較的近い位置に居るヴィンドが息を吐き、目を上にやっている。眉は寄って両方合わせれば山なりになっていた。


「マールバラの動きが予想より早くてね。新しいことに人を割くと少々無理が生じてしまうんだ。やってくれるかい? 民を案じる、ウェラテヌスの、次期当主として」


 硬く引き絞った投石機を、さらに引くかのようにマシディリが頷いた。


(本当に総力戦だな)


 出て行くまだ小さな、それでも大きくなった背中を見送りながらエスピラは思った。

 幼い息子まで駆り出すのは、あまり良い気分では無い。


「もうすぐ九歳と言えば、エスピラ様は何をしておりましたか?」


 後ろに来ていたソルプレーサが聞いてきた。


「メルアの世話をしていたよ」


 立ち上がりながら、エスピラは答えた。


「今と変わりませんね」


 笑った後、ソルプレーサの顔が真剣なものに変わった。


「アレッシア最強のマルテレス様に乗馬と剣術を習い、メガロバシラス随一の将だったアリオバルザネス将軍に師事しているエスピラ様の息子です。マールバラが率いているだけでは無く数に勝る軍団が近づいている今、考え直してみれば確かに遊ばせている余裕は無いかと」


「分かっているさ。何度検討しても私はマシディリに同じ指示を出す。だが、それはそれとして割り切れないものだよ」


 そうは返したが、そう日を経ずしてエスピラの心からその余裕すらも奪い去るようにマールバラ率いる三万九千の大軍が目の前に現れた。

 壁の上や、水泳部隊を出して海から陸に上がってもらい調べたところ、南に一万。西に二万。北に一万。と言う布陣の様だ。


 そして、質は悪いがアグリコーラなどで得たのであろう投石機の攻撃が始まる。


 狙いは定まらず、あちらこちらに飛び散り、効率よく打撃を与えられているわけでは無い。だが、マールバラはそれを承知で打たせてきている。壁の上に位置するアレッシアの方が射程が長いが、それを補うように昼夜問わず。ずっと。壁を揺らしてきているのだ。


 その中でもエスピラは待った。

 確実に、マールバラの居場所が割れるまで待った。


 上から観察させ、各地の担当者であるイフェメラ、カリトン、ヴィンドの意見を聞きつつ。人も出して。探って。


 動揺する民の鎮静化は現地の高官に任せつつ、程度が酷ければエスピラ自身が演説を行った。時に寄り添い、時に檄を飛ばし。神々と父祖の名を出して。避難させてきた劇団や音楽団に活動を援助して雰囲気を悪くしないのも忘れない。トリンクイタなどの軍団には入っていない高官には戦車競技団などと普通に会談や建設予定地での立会も行わせた。


 流石に、攻撃が七日目になった時に、ディラドグマ殲滅戦で用いたレベルまでの投石機の使用も許可する。


 アレッシア側の急に伸びた射程と精度に、三か所すべてのハフモニ軍で動揺が生じた。

 そして、その動揺の鎮静具合から、敵の軍容が見えた。


 北方。プラントゥム勢八千。指揮官マールバラ・グラム。そのほか、歴戦の勇将が居る。


 西方。北方諸部族二万。監視用と思われるプラントゥム勢五百。基本は北方諸部族の権威ある者に任せているようだ。


 南方。北方諸部族一万。監視用のプラントゥム勢五百。アレッシアの兵力分散が目的か、最も指揮官の練度が低い。ヴィンドから、すぐに反攻計画が送られて来たぐらいだ。


 エスピラは、ヴィンドの反攻計画を認可しつつ、実行時期はこちらで指示を出すとして押しとどめた。


 そして、マールバラによる攻囲から十五日目。

 エスピラは、初めて配置転換を行った。


 カウヴァッロと千二百は予定通りに北方、マールバラと相対するイフェメラの元へ。

 西壁を守っていたカリトンら三千六百の内、主将カリトンと三千二百は南、ヴィンドと合流させた。代わりに西方に行くのはエスピラとソルプレーサ、シニストラのいる最精鋭の二千四百。


 そして、配置転換完了の知らせを受け取った十六日目。エスピラは、西で一番大きい門を囲っていた杭を抜かせた。


 翌日のハフモニ軍の定期的な投石が終わり次第、門を開ける。そして、規則正しい打楽器の音と揃った軍靴の音を鳴らし、最精鋭二千四百がディファ・マルティーマの外に整列した。


 北方諸部族の何名かが出てくる。

 最初は偵察の者だけだったのだろうが、その内野次馬や力自慢も集まってきたようだ。


 北方諸部族は一対一を好む。


 平均体格に勝る北方諸部族は、それでアレッシアを圧倒してきた。だからアレッシアは誰が指揮官になっても一定以上の力を発揮するように軍団行動のマニュアルがある。数的優位を保ち続けるようにと言う意識がある。


 そのアレッシア軍が、確かに規律は整っているが堂々と出てきたのだ。


 数で押し潰すよりも個々の力でと思う者が多いのも致し方ない。アレッシアとマールバラに忠実と思われるハフモニ兵の間に居るのは、二万人もの北方諸部族なのだ。止めるにしても、五百では無理。しかも、ハフモニの者にとって北方諸部族の命は軽い。


 だから、『数人が死んで勝つのが無理だと悟ってから』、数で押し潰そうと。そう考え、ハフモニの者は北方諸部族の中でも集団を考える者を周りに集める。そう言う者だけが後ろに行く。


 そう動いた結果、個人の力で押したい北方諸部族がどんどん前に来るはずなのだ。


(マールバラが居ないのなら)


 その動きは特に顕著だろうとエスピラは賭けた。


(神よ。ウェラテヌスの父祖よ。私に、力を)


 革手袋の代わりに左手に身に着けた籠手に祈る。指先まで鉄が覆う、ズィミナソフィア四世からの贈り物だ。


「亀甲隊形!」


 そして、エスピラは朗と吼えた。

 偵察に来ていた北方諸部族の髪すら揺らす勢いで吼えた。


 派手な音が壁上から鳴り響き、さらに奥までエスピラの命令を伝える。敵には理解できなくても、何かが起こるのを伝えたのだ。


 それから、エスピラはペリースをはためかせて人と盾で出来た紅の舞台に飛び乗った。

 左手には盾を。右手には剣を。身を覆う鎧はペリースと盾に隠れる左手と、右手の甲、脛のみ。後は基本絹で編まれた衣服。


 人々の上を堂々と歩きながら、エスピラは頭上で剣を振り回した。そのまま駆け、乗った時同様に軽やかに地面に降り立つ。右手は後ろに。剣を横に倒して。


 派手なパフォーマンスこそしているものの、それは、北方諸部族における一騎打ちの申し込みそのものであった。


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