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ストゥルトゥース、愚か者め

「私の報告書を読んでいたのなら、私がディラドグマで何を行ったかご存知でしょう?」

「アレッシアが攻め込まれれば一人として生きて出られた者はいなかったでしょう。それに、エスピラ様はアレッシア人奴隷を解放しております」


「私では無く、エリポスでの協力者が、ですよ」

「同じことです。サルトゥーラ様が明確な基準によって新しい者達に好かれているのであれば、エスピラ様も同じこと。アレッシア人か、否か。そこで情をかけるかかけないかが決まっているように見えます」


「裁判で追放した者もおりましたが?」

「ベロルスはエスピラ様によって救われたのもまた事実。セルクラウスも、結果的にはエスピラ様がトリアンフ様を破ったことでまとまりました。足を引っ張った平民にも咎めは無く、全ての責任を押し付けた者達に報復もしておりません」


「独裁官を持ち出してまで負けた以上、誰かが責任を取らねばなりませんでしたから。それに、その私に強大な権力を与えて用いたのはその責任を取らせたとシジェロ様がおっしゃっている方々ですよ」


 責任、についてがサジェッツァの独裁官時代のものならば。


 ただ、グエッラ・ルフスが独裁官の任命を受けた後はエスピラがサジェッツァの副官を務めていたのだ。責任を取るのも当然である。それ以前にも、グエッラの暴走を止めることが出来なかったのだから。


「エスピラ様。私が何を言いたいかはおわかりですよね?」


 シジェロが言う。


「さっぱり」


 さらりとエスピラも返した。


 候補はある。その中に当たりもあるだろうとも分かっている。

 だが、言ってしまえばそれはエスピラから出た言葉になるのだ。言ってもいないのに、エスピラが言ったと言う事実になるのである。


「では、そう言うことにしておきます」


 シジェロがゆっくりと目を閉じながら椅子に座るような声を出した。



「ですが、最高神祇官であるアネージモ様に対する常駐神官の方々の評価は『いざと言う時に頼りにならない』というものです。今後、神殿が更なる苦境に立たされた場合、頼りになるのはエスピラ様とみているでしょう。


 その時に元老院の中心にいるのはアスピデアウスでしょうから。それこそ、ウェラテヌスでないと対抗できないかと思います。


 何と言っても建国五門はアレッシア人にとっても特別です。都合の良い話だとは理解しておりますが、困った時に民は頼ってしまうのです。


 武で馳せて来たタルキウスは数が多く独立性を保てておりますが、積極的に内政に関与してきません。ニベヌレスはメントレー様の後が続いておらず、ナレティクスはアレッシア人が最も嫌う家門になりました。


 今のご時世、ウェラテヌスだけが最後の希望なのです。今は戦争中ですのである程度我慢もしておりますが、もしも戦後も厳しい状況が続くのならば、話が違います。


 アレッシアでは未だにタヴォラド様の条例が生きております。ですが、ディファ・マルティーマでは故人を弔う闘技大会が開かれました。エスピラ様が、一人一試合からで希望者を募り、実施されておりました。


 誰しもがウェラテヌスが出てくることを望む可能性があるのです。


 例え、それがどのような結末を招くとしても」



 講和条件によっては、戦時中の、今の体制がしばらく続くことをシジェロは見抜いているのだろう。


 半島と言う自領を荒らされた以上、すぐには元に戻らない。もう六年になろうかと言う戦争は、長すぎるのだ。勝っても勝ちとは言えない。利益を考えるなら不味い戦争になっている。


(その点、一番うまく戦争をしているのはマフソレイオだな)


 一兵も損なわず、宿敵マルハイマナとメガロバシラスの弱体化に成功したのだから。


(物資は、たくさん失っているか)

 とは言え、無傷では無いのならとも思わなくはない。


 国家の利益になるとはいえ、民に理解されにくいことではあるのだ。これからが大変なのである。


「その気になればアレッシアを握れた男に後継者の一人とされ、同じくその気になればアレッシアを牛耳れた家門の一つの血を引いている。力も正統性も備わっており、人気も持っているのです。私たちの『期待』も忘れないでください」


(期待か)


 十年前ならば、その期待はきっとマールバラを討つためのモノになっていただろう。

 だが、現実はマールバラに敵うのはマルテレス。エスピラの親友であり、エスピラでは無い。

 今回も同じように誰かが出てくる可能性もある。


(しかし)


 分かり切っていたこととはいえ、ウェラテヌスの者が何度も『期待』を裏切って良いのか。

 もちろん、そんな訳はない。


「大前提として、私は国を割る気はありません。そして、サジェッツァは優秀です」

「権力を握って変わってしまった人。握った権力を手放しそうになって変わってしまった人も多くおります。王とは、それを防ぐためにもあるのでしょう?」


「私が変わる可能性も」

「ありません」


 力強く、シジェロが断言した。



「エスピラ様は斜陽の家門を継ぎ、再興させました。しかし、卑劣な罠によって失いかけ、一度は名も知らない民にまで貶められるほどに責任を取らされもしました。


 ですが、エスピラ様は媚びることなく傲慢になることなく生きているのは分かります。伝記でも失敗によって処罰された者はおりません。能力によって決められておりますし、元老院が付けた者が無能であれば容赦なく外しております。そして、力があれば無名でも取り立てております。兵の被害も最も少ない軍団です。


 権力が欲しいのであれば、そのままエリポスに残れば良かったのです。幾らでも理由はありますから。ですが、エスピラ様は戻って参りました。アレッシアのために。信用している部下のために。


 そして、強力な政敵になりうる親友を真っ先に助けました。人を見る目においてもエスピラ様の方が優れているのです。例え神殿から財を徴収することになっても、エスピラ様ならば、サルトゥーラ様を遣わすことはありませんでした。近くにいるサジェッツァ様よりもエスピラ様の方がサルトゥーラ様の扱いが上手いはずです」



 エスピラの目が僅かに細くなった。


「私ではサルトゥーラ様を見いだせなかったでしょう」


 そして、表情を整えつつエスピラは言った。

 シジェロが尻の位置を動かす。


「いえ。そのようなことはあり得ません。ファリチェ様やリャトリーチ様は官位どころかオプティアの書の管理委員すら経験しておりませんでした。フィルム様は管理委員と造営官を経験しておりますが、それだけ。エスピラ様は、その者たちを引き上げたのです。

 管理委員に至っては、エスピラ様の御子息であるマシディリ様とクイリッタ様は既に経験済みですよね?」


「ありがたいことに」

「アレッシアに居れば三男リングア様以降も経験する機会があったのにディファ・マルティーマに連れて行ったのは、もしや、なんて、思いもします」


 その意図が無かったと言えばうそになる。

 だが、メインでは無い。副次的にであり、その内リングアやアグニッシモ、スペランツァにも経験させるつもりでいる。


「想像力がたくましいですよ。サルトゥーラ様の件も、私は彼との接点が無いのにも関わらず、どうしてそのような話が」

「裁判の後で、サジェッツァ様に助言されていた、と。確かな血筋の者から話が漏れているそうですよ」


 アスピデアウスがそれを行う利は無い。

 オピーマのことを確かな血筋と表現する者はいない。

 ウェラテヌスは漏らしようが無い。


 と、もう一人。話を聞いていた人物に、エスピラは思い至った。


「ティミドか」


 シジェロは肯定の動きも否定の動きもしない。


「カルド島は、ハフモニに占領されかけているらしいですね。スーペル様が半島に最も近い港を、ティミド様がカルド島自体から少し離れた小島を守っているのが実態らしいと。

 巻き返しを任された時の軍事命令権保有者次第では、ティミド様はもう立ち直れないでしょう。ストゥルトゥース、愚か者とあだ名がついてしまっておりますから。自分の得意分野での挽回の機会をくれる者が来てほしいのでは? エスピラ様がトリンクイタ様をディファ・マルティーマに招いたのは知っておられるのでしょう。同じ義兄にあたる自分も、と思ってもおかしくはありません」


 ただ、シジェロの言葉は肯定を意味する言葉。

 こそこそとティミドが動こうとしていた証。


「素直に嘆願しないからストゥルトゥースなどと呼ばれるのだ」


 呆れた呟きを、エスピラは重い溜息と共に吐き出した。


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