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友人の顔

「私が母上に似ているとおっしゃっておりましたが、母上がマルテレス様に愛嬌を振りまくのでしょうか?」


 クイリッタが眉間にうっすらと皺を寄せて言う。

 マルテレスのクイリッタを撫でる手が止まり、それから大きな笑い声がこぼれた。


「言われればそうだな。その通りだ。どうしよう。クイリッタまで優秀とかこっちにも家庭教師を紹介してくれ!」


 俺の息子は誰に似たのか計算と剣術にしか興味が無いんだよ、とマルテレスが大げさに嘆き始める。


「なあ、マルテレス。父親が良いからとかは思わないのか?」

「いや、だってエスピラは家を空けている上にただ甘いだけじゃん」


 マルテレスの返しに、ソルプレーサが噴き出した音が聞こえた。


「甘いだけとは何だ」

「いや、甘いだけだね。今後マシディリの乗馬技術と剣術の基礎が褒められたら、それは俺の教えが良かったからだろ?」


「はーそんなん言ったら戦略戦術の基礎は私が教えたんですけど? エリポスの生きた教材を使って、三年間みっちりと鍛え上げたんですけど? 何ならエリポス語だって私が最初教えたから間違いなくマシディリの優秀さにマシディリ以外の要因があるとすれば私が一番何だが?」


「おー怖や怖や。クイリッタ。どう思う? 今からオピーマに来るか? 俺の跡を継いでオピーマを立派に盛り上げる男にしてあげるぞ」

「残念だったな。クイリッタも私の大事な息子だ。例え友と雖も愛息を渡すものか」


「クイリッタ。こっちに来れば、馬術と剣術と戦術をみっちり叩き込むぞ?」

「父の元から離れないよな、クイリッタ。クイリッタが望むモノを幾らでも用意するぞ」


「ほら甘い。子育てとしてどう思う? ソルプレーサ」

「味方を増やそうとするな」

「甘すぎると思います」

「ソルプレーサもそっちに行くな」


「どうでも良いが、往来で盛り上がることでは無いと思うのだが」


 静かな声に、クイリッタが一番に反応した。


「サジェッツァ、来てたのか」


 エスピラが声の主、サジェッツァ・アスピデアウスに返している内にクイリッタがエスピラの服を掴んだ。まだサジェッツァが怖いらしい。


「ひとまず仕事の目途がついたからな。愚か者の顔を見て、どう詰ってやろうかと思っていたのだが、開廷してすぐに終わっていたらしい」


 淡々と言っているが、クイリッタの方を見ていたサジェッツァの眉が少し垂れた気がした。


「サジェッツァぁあ」


 泣くような声を出して、マルテレスがサジェッツァに抱き着いた。

 サジェッツァが勢いに押されて少し傾き、元に戻る。


 遅れて到着したらしいマルテレスの両親と妻は、頭を下げて少し離れた。


(加われば良いのに)


 とは思うものの、此処に居るのは昨年の執政官二人と法務官。ここ三年間は基本的に三人で合計六万近い兵を従えていた者達である。しかも、名門中の名門、建国五門の内二つの家門の当主がいるのだ。


 元老院議員経験の無いオピーマの者にとっては入り辛いのも無理は無い。


「マルテレス。何も心配することは無いと書き送っただろう? 前例を当たれば、幾らでも出てくるのだから少しの辛抱だったのだ」


 言った後、サジェッツァの目がエスピラの方へ来た。


「実際は、待つ必要も無かったらしいがな」

「間に合ったのは神の御導きだよ。ディファ・マルティーマで受け取っていたら間に合わなかったさ」


「つまり、俺が最も神に愛されているってことか?」

「もうそれで良いよ」


 マルテレスの言葉をエスピラが軽く流すと、サジェッツァもエスピラに乗るようにマルテレスから目を切った。


「扱い酷くない? なあ、クイリッタ」

「クイリッタを味方に引き込むな」


「ユリアンナは父上の味方です!」

「父は嬉しいよ、ユリアンナ」


 エスピラとユリアンナの頬がくっついた。


「父上。恥ずかしいからやめてください」


 クイリッタがエスピラの服を握ったまま言う。


「ならばクイリッタ殿も堂々と立てばよろしい」


 サジェッツァにそう言われると、クイリッタは手を放しつつもエスピラの後ろへとさらに移動したのだった。


「エスピラ」

「ん?」


 サジェッツァに呼ばれ、エスピラは顔をクイリッタからサジェッツァに戻した。


「アスピデアウスの者が悪かったな」


 その言葉に、エスピラは少し止まる。

 それから、笑みの質を変えた。


「子供たちの前で言うことじゃない。私個人としてはサジェッツァには何も苦言を呈すことは無いが、ウェラテヌスの当主としてはそうですか、とはいかないよ。サジェッツァはアスピデアウスの当主で、かつ私をアレッシアから送り出した一人なのだからね」


 ごめんね、と言いつつエスピラはユリアンナを乳母に預けた。

 クイリッタも預け、離れてもらう。ソルプレーサは二人の護衛に。


「何の話だ?」


 マルテレスが言う。

 目で「後で」と伝え、エスピラを先頭に人気のない場所まで移動した。


「で、何の話だ? 聞かない方が良いか?」


 移動が終わって最初に口を開いたのはマルテレス。


「隠せることじゃない。メルアとアスピデアウスの者が密会したと言う噂のことだろ?」


 エスピラは睨むようにサジェッツァに言う。


「その通りだ」


 サジェッツァは、エスピラの視線を正面から受け止めた。


「え? でも、それって噂の奴は死んだんじゃ……」


「マルテレスの言う通り、死んだよ。それについて、メルアと噂になった男が次々と死んでいくことと絡めて何かを言いたいのなら、夫を遠くに追いやって一門の者を妻に近づけるとは最低最悪の一門だな、って話になる。だからウェラテヌスの当主としては許せないって言ったのさ。だってそうだろう? 順番はどうあれ、アスピデアウスの当主が把握していたのに止めなかったんだから」


「本当に悪かったと思ってる」


 瞬き一つせずにサジェッツァが言った。


「サジェッツァ。この件はもう燃やそう。もしも誰かが取り出したのなら、こちらも父祖の名誉のためにも君と戦わざるを得なくなる。国に身を捧げて来た一門として、例え同志だった家門だとしても、いや、だからこそ非道に落ちた者を糾弾する義務がある。

 もちろん、燃やすと言ってもそちらがウェラテヌスに喧嘩を売った場合は私は遠慮なく掘り返すけどね。それぐらいのことをアスピデアウスはしでかしたと理解しておいてくれ」


 アレッシアは確かに恋愛をするなら愛人と、と言う意識がある。


 だが、誰の子かが分からないといけないことからも分かる通り、それはあくまでも配偶者も知っていないといけないのだ。配偶者の許可が無い場合ももちろんあるが、その場合は発覚すれば裁判沙汰。あるいは、斬り殺される。


 その幇助もまた、家門同士の関係性を悪化させるのには十分すぎる材料なのだ。


「分かった。以後、この件はウェラテヌスの何事とも絡めないと約束する」


「そういう言い方は引っ掛かるものがあるなあ」


 仕方ない、と言うようにぼやきつつもエスピラは苦笑いを浮かべた。


 友人については何も言う気は無い。そう言う人だと知っているから。

 もちろん、友人については、である。


「ついでだから言うけど」と切り出しつつ、エスピラは笑みを消した。


「サルトゥーラ。きっと、優秀なんだろうけど使者として使うのはやめた方が良い。あれの所為でマールバラと戦うと言う風に意思が統一されかけた。ヴィンドが居なかったら、ディファ・マルティーマに居る軍団は消えていたかもな。

 もしも元老院が私に死んで欲しくてマールバラと戦ってほしかったのなら話は違うけどね。あるいは、失脚して欲しくても、か。そう言う意図があるなら完璧な人選だよ」


「善処しよう」


「ああ。俺のとこにもできればやめてくれ。人が居ないからかなとか、物資の供給面では有能だからって無理矢理納得させていたけどさ。受けが良く無さすぎる」


 マルテレスも顔を顰めた。

 逆にエスピラの目は丸くなる。


 友人がこういうことを言うのは非常に珍しいのだ。仕方が無い反応と言えよう。


「良く言い聞かせておく」


 サジェッツァの表情も険しくなった。


「まあ、使いどころだと思うけどね」


 言いつつ、エスピラは足音のした方へ目を向けた。


 見覚えの無い顔。


(いや)


 ティミド・セルクラウスの家に侵入した時にちらりとみたか。


「基準がはっきりとしているならば、占領地域の初動には向いているように思えたけど、まあ、サジェッツァが目を付けた人だ。伝えた言葉と反対の方に動かしたい時以外に伝令として私達のところにやってこなければ何も言わないよ」


 言い終わると、エスピラは目で二人に人が居ることを訴えた。

 二人とも見覚えは無かったらしいが、気づかれたと悟ったらしい男の方から近づいてくる。


 エスピラと、マルテレスにまず礼をして。それから、サジェッツァの前に。


「ティミド様からの伝言を預かって参りました。先にお伝えしていた件、いつ、お会いしていただけるのかと」


(カルド島か)

 と思いつつ、必要ならば話が来るだろうと判断して。


「私は席を外すよ。一応、被庇護者の面倒を見てくれている者への挨拶と明日のパンの目途を立てなきゃいけないんでね」


 エスピラは席を外したのだった。


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