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講和交渉箒の上

「皆様、お久しぶりです」


 十四歳になったズィミナソフィア四世は、すっかり人々を魅了する声音と顔立ち、立ち振る舞いを習得していた。

 出迎えの時に列を崩しもせず、案内の時も隊列を守っていたが、自由時間になれば結構な数の兵が一目見ようといつもと違う動きをしていたのである。


「お父様の血は便利ですね」


 そう、ズィミナソフィア四世がプラントゥムの言葉で言った。


 互いに護衛は一人ずつ。見ようと思えば遠くからでも二人の様子が見える空間。木の枠組みに、軽く布をかけただけの部屋。


「亡き先王陛下も顔立ちが良く、聡明な方だったさ」


 エスピラもプラントゥムの言葉で返し、お茶を飲んだ。

 口から陶器を離し、続ける。


「まあ、親を殺さずにいられないのは、どちらの血でも無いと思うけどな」


 お茶を置きながら、さらりと。


「そのことについて弁明するためにも私が来ましたの」


 ズィミナソフィア四世も、エスピラと同じ調子で言った。

 エスピラとズィミナソフィア四世の目が合う。


「お父様を害する気は、微塵もありません。これは本当です。母上は愛しておりませんでしたが、お父様は愛しておりますもの。母上や、先王陛下は私に何も致しませんでした。ですが、お父様には様々なモノを渡しております。私は、まともな家に育っておりませんので、それ以外の愛情表現を知らないのです」


「そう言うことは、自分で言うことじゃない」


 言いながらも、理解はしている。


 母親であるズィミナソフィア三世は自身の子供たちよりもそこいらに居る美少年が好きな人間でもあった。父親は三人もいる。その内の二人は血の繋がっているズィミナソフィア三世に熱を上げていた可能性があるのだ。その娘であるズィミナソフィア四世にも、あるいは。


「お父様。きちんと後処理は致しますので、どうか信じて下さい。お父様なら死なないと言う自信もあったのです。必ず、お父様の益に繋げますのでどうか、私を信じて下さい」


 ズィミナソフィア四世の目が潤んでいた。


 少し演技じみた面もあるが、だとしても、である。

 滅多に会いに行けない負い目もある。


「もう二度としないでくれ。私だって、刺されれば死ぬし、毒を飲まされれば死んでしまう」


「はい!」

 ズィミナソフィア四世が両手を合わせた。


 嬉しそうな顔で、お茶とカップの説明を始める。

 距離は近すぎず、遠すぎず。

 これまでの女王としての貞淑な振る舞いや、背筋の通ったモノとも違う態度。親に自慢したい子のような、珍しく幼い態度。


 少しのぎこちなさは、エスピラにやったことへの罪悪感か。

 言い訳はせず、自分が糸を引いていたと認めたのもその表れなのだろうか。


 そんな推測をしつつ、エスピラも穏やかにズィミナソフィア四世に接し始めた。


 メガロバシラスの王が到着したと言う報告が入ったのはそれからしばらくして。


 護衛を先頭に宰相と王が入り、最後もまた護衛が一人入って来た。


 エスピラは、メガロバシラス到着の報を無視してズィミナソフィア四世と会話を続ける。


「呼ばれてきたと言うのにこの仕打ちは、何のつもりですか?」


 最初に怒りをあらわにしたのはメガロバシラスの宰相メンアートル。

 王を後ろに帰っても良いと言う雰囲気を出してきている。


「そう言えば陛下。私へのお見舞い品はありがたい限りなのですが、妻も喜ぶような物もねだってもよろしいでしょうか」


 エスピラはその声を完全に無視し、ズィミナソフィア四世に話しかける。

 ズィミナソフィア四世はちらりとメガロバシラスの二人を見た後、エスピラに視線を合わせて来た。


「メルア様は何がお好きなのですか?」

「そうですね」

「この仕打ちは何か、と聞いているのです」


 詰め寄ってきた宰相をシニストラが止めるべく間に入った。宰相とシニストラの僅かな隙間にメガロバシラスの護衛も半身を入れて来る。


「エスピラ様」


 ズィミナソフィア四世が大人しい声を出した。

 エスピラは、会話を中断して顔を宰相に向ける。


「遅刻されたのはそちらです。そのような者に、礼を取る必要があるとお思いですか?」


「流石は野蛮人の頭だな」

 宰相では無く王が直接言ってきた。


 一年前のことも覚えていないのか、と言う意味も含んでいる言葉だろう。


「上に立ち続けると自分の立場が分からなくなるらしい。陛下も、お気を付けください」


 後半部分はズィミナソフィア四世に向けてやさしく言い、エスピラは椅子を立った。

 行こうか、とシニストラに言って、部屋の出口へと向かう。


「エスピラ様。私の顔を立てると思って、戻って来てはくれませんか?」


 背に声を掛けてきたのはズィミナソフィア四世。

 エスピラも足は止める。


「アレッシアに様々な支援をしてきたのはマフソレイオです。もちろん、本当は全てお父様宛ですけれど」


 前半はエリポス語。後半はプラントゥムの言葉で。ズィミナソフィア四世がエスピラの背に言葉を投げた。


「言葉選びには気を付けられた方がよろしいかと思います」


 エスピラはエリポス語で返しながら、席に戻った。

 シニストラがメガロバシラスの二人を睨み、その間にマフソレイオの奴隷が二人のための椅子を用意する。


 座れば、王、宰相の順にお茶とメロンが置かれた。


 芳醇な香りは、思わず護衛の目をメロンに向けてしまうほどである。


「単刀直入に行きましょう。互いに、感情は複雑でしょう?」


 エスピラの言葉に、メガロバシラスの護衛が表情を引き締めた。


「こちらは、アレッシア軍が即時撤退してくれれば後は何も望まない。これまでの暴挙は全て許してやろう」


 王が堂々と言った。

 彼からしてみれば直接言葉を交わしていることすらも寛大な処置、と言ったところか。


(虚勢の可能性もあるな)


 引くわけには行かず、王として堂々とせざるを得ないので。


「話になりませんね。船十二艘に及ぶ金銀と最大兵数五千以下と言う軍団の制限。アリオバルザネス将軍の処刑。現王セーメイオンの将来的廃位。王弟及び息子をアレッシアの人質とする。これが、アレッシア元老院の要望です」


「馬鹿にしているのか!」


 机が悲鳴を上げた。


 食器も音を上げ、お茶が少々机の上に零れる。


 怒声を上げた宰相は、本人はそう言う役柄に慣れていないのか次の言葉はやってこなかった。


「馬鹿にしているのでしょう。それが、アレッシアから見た今のメガロバシラスです」


 エスピラは悠然とお茶を飲んだ。

 元老院からの要望など、嘘にもほどがあるが誰もそんなことを感じ取れない所作である。


「アリオバルザネスの処刑は飲めない。それは絶対だ」


 王が言う。


「なら、他の条件は全て満たしてください。決まりですね」


 揺さぶりだろうが、エスピラは気にせずに奴隷を呼んだ。

 条件を纏めるように、と言いつける。


「人質も無しだ。何故蛮族の国に送らねばならぬ。軍団の制限? 何故蛮族の話を聞かないといけないのだ」


 アリオバルザネスを恐れているかの確認から、傲岸な王として全ての条件を破棄させるように動く者へと王が方針を変えたようである。


 王の話を受けて、エスピラも奴隷を止めた。


「我儘にはお気を付けを。今の首都で民は冬を越えられるのですか? 軍は、歓迎されるのでしょうか? 王であるならばそこをお考え下さい」


「脅すつもりか?」

「はい。脅しているつもりです」


「時間をかけたくないのはそちらだろう?」

「そうですね。ですが、来年も戦いたくないのはメガロバシラスだと思うのですが、違いますか?」


 何も隠していないと言わんばかりにエスピラも堂々と言葉を返し続ける。

 即答で。考える時間もほとんど無く。


 王も探り合いを宰相に任せるかのように腕を組んだ。


「食糧保管庫が落ち、供給はままならず、このまま秋が深まればトーハ族が再度暴れだすかも知れない。しかも王が首都に帰れば、食糧が無いのにも関わらず人が多すぎる。そうなれば戦わずとも貴方がたは崩壊してしまう。港も解放しないと大変でしょう?」


「トュレムレが落ち、ディファ・マルティーマが落ちれば困窮するのはそちらではありませんか?」


 宰相の言葉を受け、エスピラはズィミナソフィア四世の方へ右手を向けた。手のひらは宰相に見せる。


「援助ならば此処に。ドーリス、カナロイア、ジャンドゥールも良い保養地になるでしょう」


 帰れないのなら帰らない。


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