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義兄弟の密約

「エスピラ君のメルア君への執着は誰もが知るところさ。妻の顔を披露しない。外に出さない。その癖自慢はする。手紙も良く出す。つまり、今やアレッシアに無くてはならないエスピラ君の大事な人。それでいて、政権運営にかかわる訳では無いから防備は薄い。狙いやすい人物。


 この調子で行けば、いつメルア君が狙われてもおかしくは無いとは、エスピラ君も気をもんでいるんじゃないかい?」



 隠していたのは、最初はタイリー様のご意向だ。


 と、言って良いものかとエスピラは逡巡した。


 目の前のこの男は、外れも引いているがオーラに関してはかなり近い部分に立っている。


「メルアをディファ・マルティーマまで護衛していただけるのであれば、それぐらいは致しましょう」


「さっすが」


 笑って離れかけたトリンクイタを、しかしエスピラは服を掴んで離さなかった。


「しかし、ディファ・マルティーマに来てもらう以上は仕事をしてもらいます」


 トリンクイタの目が、上に逃げた。

 それから、おどけた表情と共に戻ってくる。


「やっぱり?」

「ええ。貴方もタイリー様が愛娘の婿に選んだ人物。能力が無いとは言わせません」


「いやあ、ディアクロスから永世元老院議員を出せそうだったからじゃないかなあ」

「ならばインツィーアで散った誰かでも良かったはずです」


「ほら。バッタリーセ様はエスピラ君にとって酷評に値する人物だっただろう?」


 バッタリーセはタイリーの長女プレシーモの亡き夫。

 サジェッツァが独裁官になる前にマールバラと戦い、命を散らしている。


「ご冗談を。マールバラに勝てないとは評しましたが、それは多くの人に当てはまります。何より、手段はどうあれ北方諸部族との間に平和をもたらしたのはバッタリーセ様の偉大な功績の一つです。執政官に足るだけの才覚もありました。最後は残念でしたが、だからと言って為したことが否定される訳ではありません」


 おーう、とトリンクイタが声を漏らした。


「タイリー様の眼をお疑いになると?」

 トリンクイタの言い逃れが来る前に、エスピラは畳みかけた。


「タイリー様のことは偉大な義父上だと思っているとも」


「私もです。そして、タイリー様が後継者に指名されたタヴォラド様は見事に敗戦後のアレッシアを立て直しました。私も、元老院からの追加の支援無しでメガロバシラスを抑え込めるまであと一歩のところに来ております。ティミド様の出世を留めるかのような人事を最後に行っていたのも、あの方の性格を考慮してのことではありませんか?」


「それなら、私の性格も考慮してほしいな」


 トリンクイタが言い逃れをするように笑う。

 エスピラは、人の好い笑みをトリンクイタに返した。


「どうせ、私が任せたいことを見抜いておられるのでしょう?」


「まさか」


「そうでなければ、こんな提案をしないと思います。アレッシアが苦境にあっても。ディアクロスから死者が出ても。政治に関わろうとしなかった貴方が今になって出てくる。何となくや善意のみでは無いでしょう?」


 探り合い、には、ならず。

 トリンクイタが爽やかかつ豪快な笑い声をあげた。


「やめておこう。エリポスで戦い続けたエスピラ君にこっちで勝てるとは思わないからね」


(今は、だろうな)


 互いに力量を測り、あるいは本当に大事なことを隠すために。

 そのために切り上げたのだろうとエスピラは警戒を緩めず。



「カリヨ君の使い方、闘技場だけでなく戦車競技にも手を出す。きっと、ディファ・マルティーマに娯楽を避難させるつもりなんだろう?


 私はエスピラ君も知っての通り私と私の好きな人と楽しく生きて生きたい人間でね。闘技場、戦車競技場、舞台。様々なモノを見てきているよ。どう言った造りが好きで、どういったところを改善してほしいとかもね。


 どうだろうか。この観客目線での意見を、エスピラ君の街づくりに生かすことはできるよ。確かにこれは造営官の仕事と言えばそれまでだけど、予算を組むとなれば財務官の仕事だ。

 それに、エリポスの職人との話し合いも財務官ならばかなりの裁量で出来る。


 どうだい? エスピラ君のお気に召したかな?」


「存分に。ですが、私はロンドヴィーゴ様からディファ・マルティーマの全権を頂いている訳ではありませんよ?」


「些細な問題じゃないか。ディアクロスを永世元老院議員を輩出できる家系にしたのは我らが義父タイリー様。同時に、永世元老院議員の立場を低くしたのもタイリー様。タイリー様のような実力者が就かないのだから、仕方無いね」


 エスピラはトリンクイタを視界に収めたまま目を細めた。


 その事情を貴方が分からないはずが無い、と。敵を増やし過ぎないように最高神祇官のみに留めたことを理解できない訳が無い。軍事命令権もいざと言う時に保有することで一致していたと。それ以上を手にするのを危険だと判断したからだと。


 もちろん、それ以外にも理由はあるのだが、それはエスピラのみが知っていれば良い。


「どこまで?」


 エスピラが先に聞く。


「闘技場、戦車競技場、演劇場。そして、剣闘士団に戦車競技団、劇団。全ての避難先がディファ・マルティーマになると同時に興味を持ったエリポス人も集まる。その設計にディアクロスの名もあれば、引退した後の私の暮らしが楽になる。息子ももう十四だからね」


 なるほど。財務官として赴任すると同時に、メルアらエスピラの家族の護衛としてトリンクイタの息子もついてくる。ともすれば、エスピラの指揮下で初陣を飾るのだ。


 若者の話をしたのも、自身の息子の適性を見極めて使ってくれと言う合図と圧力。親としての監視。


「永世元老院議員の地位はこれからにかかっています。サジェッツァやタヴォラド様、それに建国五門の他の一門、おそらく『タルキウス』あたりが入れば、価値はまた上がるかと」


 ルカッチャーノが戻って来た足音を聞きつつ、エスピラは言った。

 聞こえていてもいなくても良い。結局、言う言葉は変わらないのだから。


「ディアクロスはウェラテヌスを支援するよ。私が永世元老院議員になるのは話が違うからね。息子の実力は分からない。ただ、サジェッツァ様やタヴォラド様の名前があるところにエスピラ君の名前が無いのは、結局価値を下げてしまうからね」


(食われないようにしないと、か)


 どこまでエスピラの意思を汲み取ったのかは不明だが、少なくとも最も重要な部分は伝わっている。


 永世元老院議員と最高神祇官。自らの血を考えれば、もう一つは欲張れる。


 エスピラがエリポスで戦って確信に変わったこと。それは、元老院の決定を待っていては遅い。遠隔地であるならば、特に。元老院に情報が伝わってから協議して、それがさらに届く。


 そんなことをしていては逃すモノが多すぎるのだ。


 例えば元老院の決定を待っていればディラドグマを消すことはできなかったし、するとメガロバシラスが南側に来ていた。

 エスピラの独断で軍団を分けることが出来ていなければ下手をすればアリオバルザネスに東方で負けて、連鎖的にディティキが落ちていた。

 ビュザノンテンの利権で争っていれば、背後だって危うい。マルハイマナが混乱に乗ずる可能性も十分にあった。


「では、契約は成立と言うことで。ちなみに、何故私にしたのですか?」


 エスピラがゆったりと言う。

 求めているのはエスピラを持ち上げる内容では無い。他の人では駄目な理由だ。


「サジェッツァ様は基盤があり、親族も多いからね。タヴォラド様は人気が落ちてしまった。でも、回復まで待てないし、サジェッツァ様が外に行く時はタヴォラド様が元老院の中心になる。とてもゆっくりはできないよ。ヌンツィオ様では息子が出世したかったら響いてしまう。マルテレス君は平民だ。しかも、交易を生業としている。マルテレス君の元で伸びようとすれば結局はエスピラ君を頼らざるを得ないだろう?」


 平民だとか、交易が生業だとかはエスピラにとってはどうでも良いことだ。

 だが、確かに自分の協力者を出世させようとした時、オピーマではコネが少なすぎる。


「なるほど。理解しました」


「それは良かった。じゃあ、さっそく行動に移しても良いかい? 私がアレッシアを立つ前の噂では四万の大軍でマールバラがトュレムレを襲いに行くらしいんだ。応手はサジェッツァ様とマルテレス君の両執政官でアグリコーラ近郊の街を落とし、足場を固める。安全に、と行きたいなら時間が無いよ」


 エスピラの目が、瞳孔が。大きく開かれた。


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