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私の事実と貴方の見えているモノは違うのだ

「そう言ってもらえるとは嬉しい限りです。ですが、もしやエスピラ様が本当に会いたかったのはアグネテでは?」


 嫌味を無視して。

 シズマンディイコウスがおせっかい親父のような声を出す。


「アグネテ様よりもディミテラ様の方がお会いしたかったですね。あのようなことは、大きな傷跡になるでしょうから」


 エスピラは痛ましい表情を作り、それからやさしい目をディミテラに向けた。


 シズマンディイコウスの表情は、それよりも凄惨な光景を幾つも作りながら何を言うか、と宣いたいようにも見えた。


「キンラのことは今でも私の傷です。息子まで奪われたわけですから」


 しかし、悪いことは何も言わずシズマンディイコウスも痛ましい顔で頷く。


 痛ましい顔を作ってはいるが本当か? ともエスピラは思った。


 土地をその内没収されかねないのはシズマンディイコウスも分かっているはずだ。つまり、此処で息子に継がせるよりはアレッシア人に嫁がせた娘に継がせる。そして孫へ。


 そう考えた結果、息子を生贄にしてキンラの裏切りを誘ってもおかしくは無い。


「痛ましい話でした。今は無きエステリアンデロスでの最後の戦い。ビュザノンテンになってからはそのようなことは無いようにしたいものです」


「その心意気は非常に見事なものだと思います」


 二度、シズマンディイコウスが頷いた。

 そのまま孫であるディミテラはもちろん、娘であるアグネテにも発言をさせずにシズマンディイコウスが続ける。


「しかしながら、私が思うに一つの都市に二人の支配者が居たからこそ悲劇が起きてしまったのだと思います」


「ならもう何も起きないな」

「でしたら大丈夫かと」


 シニストラとルカッチャーノの言葉が重なった。


 先に口をつぐんだのはルカッチャーノだが、強い口調で言ったシニストラもそれ以上は言わない。それを見て、再度ルカッチャーノが口を開いた。


「現在ビュザノンテンを管理しているのは私とピエトロ様。されど、私たちの上に立つのはエスピラ様ただ一人。悲劇は起きようがございません」


 笑顔のままシズマンディイコウスはルカッチャーノを見て、目を外した。


「私もそのように思っては居りますが、住人の中には私がエスピラ様と同格だと思っている者も多く居ります」


「お前が、の間違いだろ?」

 シニストラがごく小さな声で溢した。


 シズマンディイコウスに聞こえたかどうかは分からない。この男が前線に良く出て、偵察にも良く向かう者であったのなら聞こえていてもおかしくは無いが、シニストラの武勇を知っていれば黙っているのも頷ける。


「住人に多く居るのならそれは問題だな」


 エスピラも、特段咎めない。

 元よりシズマンディイコウスはマルハイマナと繋がりがあった。エスピラも、そうなるように誘導したような面もある。


 繋がりは残しつつも徐々にマルハイマナに近づけさせ、将来の開戦事由にしたいのだ。


 敵対的な空気は歓迎するところである。


「ええ。本当に大きな問題です。あのような悲劇は二度と御免ですから。

 そこで提案なのですが、私のビュザノンテンの領土を全て差し上げましょう。代わりに、メガロバシラスの旧領内に新たな土地を用意してくれませんか? そこと交換いたしましょう。


 エスピラ様はビュザノンテンを完全に支配できる。さらにはメガロバシラスの土地に監視の目を残せるのです。メガロバシラスの旧領は統治が難しいことが予想されますが、いやあ、私もエリポス人ですから。アレッシア人が統治するよりも易いと思います。


 私の得にはなりませんが、いやはや、エスピラ様のためになるのであれば引き受けましょう。それが巡り巡って娘のためにもなりますから」


 提案しているのか強請っているのか。

 心の内では当然のこととして上から見ているのだろう。声も顔も自分の言うことを聞いて当然と言う妙な自信に満ち溢れていた。それこそ、つつけば自信の汁が滴り落ちるほどに。


「失礼ながら、理由が良く理解できません」


 エスピラは、そう悠然と言った。


 シズマンディイコウスの表情は変わらない。笑みのまま。


「支配者が二人いると、エステリアンデロスの悲劇が再発する、と言うのが最大の理由です」


「それがおかしい」


 酒のつまみを話すようにエスピラは言った。


「ビュザノンテンの開発、統治、治安維持。それらは全てアレッシアが行っております。それは揺ぎ無き事実。統治者は複数人おりますが、全てアレッシア人。意思の統一も心配ありません」


「しかし、住人はそうは思っておりません」

「そこを説得するのが貴方の仕事では?」


 扱いは仲間では無く配下。

 流石にその空気を無視はできないらしい。シズマンディイコウスの顔から笑みが消えた。


「支配者だと言うのであれば、説得するのはそちらの仕事」


「支配者では無く統治者です。貴方のいつも使う言葉がエリポス語であるのであれば、そこは正確に」


 硬い笑みになったシズマンディイコウスに、エスピラはやわらかい笑みを返した。


「どちらにせよ、同じこと。自身のみがと思うのであればそれもこなしてこそでしょう」


 シズマンディイコウスの横のアグネテも作った笑みのまま。

 ディミテラは沈んだ表情のままである。


「エリポス人風に言うと、やはりあまり伝わりませんね」


 エスピラは言って、重心をやや後ろに下げた。


「私だってアレッシアのために動いてくれた者に報いたいとは思っております。ですが、それは功績があってこそ報いることが出来ると言うもの。努力を評価したいとは思いますが、それでは結果も出した者が報われません」


「私に功績が無いと?」


「あるのですか?」

「私は、息子までも犠牲にしたのですよ?」


 シズマンディイコウスが流石に笑みを止めた。

 戻る気配も無い。


「結果が出なければ努力では無いと言うつもりはありません。それは己か敵に対して言うことですから。


 しかし、エステリアンデロスの悲劇で活躍したのはアレッシア人。貴方は息子どころか孫まで危険に晒し、守れなかったのです。確かに恩も感じてはおりますが、親族に対しても説得に失敗した貴方をより難しい土地に就けることは無いでしょう。私でなくとも、誰でも。同じ結論になると思います」


「ならば二度も作戦を失敗したアルモニアが貴方の副官に居続けているのは何故だ」


「貴様と一緒にするな。アルモニアは交渉、調整に於いて多大な功績を残している。軍団が一度も飢えなかったのも、武器が足りなくなることが無かったのも、アルモニアの力だって大きいのだ」


 エスピラも威圧で返してから、雰囲気を一転させた。


「シズマンディイコウス様。そのような穴の突き方は、貴方に見る目が無いと周りに思われるだけですのでお控えください」


 エスピラは非常に優しい声で。

 シズマンディイコウスは真顔のまま。


「ただ、そうですね。私でも一つ貴方の恩義に報いることが出来る。貴方の今の土地を、ディミテラ様に継がせることに同意いたしましょう。アグネテ様を嫁に迎えた誰かでは無く、貴方の直系に。もちろん、ディミテラ様が成人されるまでは誰か後見が必要だと思いますがね。そこは、ご自由にどうぞ。何も言いません」


 嫌なら取り下げる。

 全く別の条件にする。


 そう言った雰囲気を醸し出しつつ、エスピラはシズマンディイコウスに言った。


 シズマンディイコウスも、撤回は望むところでは無いだろう。

 メガロバシラスの土地が欲しいのも事実。だが、彼にはきっと、失った土地を取り戻す算段もあった。


 しかし、此処で継承の話を断ったとなれば今後に響いてくるのである。


 本当に、先祖代々の土地が要らない、と。


「随分と、ありがたいお話を」


 シズマンディイコウスが視線を切らずに腰を曲げた。

 ルカッチャーノの目がシズマンディイコウスの腰回りへと動く。カウヴァッロの視線はシズマンディイコウスらの後ろへ。


「まあ、正式な話ではありませんから。今は全て忘れ、マルハイマナからの特使も出迎えた盛大なパーティーを楽しみにしましょう」


 そう笑って、エスピラは三人を下がらせたのだった。


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