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やるしかない

「散らしていた、と言いますと、ディラドグマ戦までは一緒に居た者達をですか?」


 ソルプレーサが確認を取ってくる。


「ああ。その者たちを集め、トゥンペロイの近くに陣取らせよう。指揮は、そうだな。アルモニアに最終決定は任せるがルカッチャーノとよく相談して……いや、ヴィンドにすべきか。ヴィンドを中心に、カリトンにも助言を求める形で動かすことがあれば動かしてくれ」


「その二人に何か違いはあるのですか?」


 聞いてきたのはシニストラ。


 二人に違いがあること自体は分かっているはずなので、恐らくは建国五門としての違い、ということだろう。


「家格として特に違いがあるわけじゃ無い。ただ、これまでの意見を考えてヴィンドの方が他の国家との絡みを考えて動いているからヴィンドにしただけだ。

 例えば、これが勝っている段階での投入ならばルカッチャーノのままにしたよ。別に、タルキウスやルカッチャーノに何か落ち度あったわけじゃないさ」


「あくまでも介入を防ぎつつ安心させる、と言う認識でも?」

「あっているよ、ソルプレーサ」


「介入を防ぐ?」


 質問を重ねてきたのはシニストラ。


「負けたようですね。手伝ってあげましょうか? とエリポス諸都市にしてほしくないだけさ」


 ドーリスなどはしそうではある、と思いつつ名前は出さなかった。


 今回の敗北で方針転換をせざるを得なくなったのはドーリスも同じことだろう。エスピラは何年で決着をつける予定だとは言わなかったが、ドーリス王アイレスはある程度察していてもおかしくは無い。


 その察しが『今年か来年』となった時、今回の敗北があればメガロバシラス軍の兵数の大幅削減を条約に盛り込めないことはある程度理解できてしまったはずだ。


 では、どうするか。


 一番はドーリスの力を見せ、傭兵としての価値の高さを改めて知らしめること。同時に、メガロバシラス弱体化後のエリポスに於いて大きな影響力を持つことにも繋がる。


 アカンティオン同盟は何としても対メガロバシラスで動くのだ。

 腰の重くなったアレッシアよりも近場のドーリスに頼り始めてもおかしい所など無い。


「トゥンペロイに拳を振るうなら良いが、メガロバシラスにまでちょっかいを出されると厄介だな」


 カナロイアの次期国王にしてエスピラの友カクラティスはカナロイア本国に居る。


 来ているのはカナロイアの将軍。この場での主導権争いを捨て、決定的な敗北を防ぐために動いたと受け取れる。だからこそ、トゥンペロイを攻撃している軍団の中でアイレスが一度ひとたび喝を上げれば彼の思い通りになるのも想像に難くないのだ。



「と、すまない。あくまでも先々の話だ。今はアルモニアのやっている通り、エリポス諸都市を落ち着かせる行動で良い。それに、イフェメラが睨んでいるのならアリオバルザネスも簡単には動けないだろう? 一つ注文を付けるなら、ジュラメントにはイフェメラとアルモニアらとの仲立ちを任せたいってところかな。


 いつもならアルモニアに任せるところなのだが、今回はそのアルモニアが大将だからね。君しか頼めるものが居ないんだ。


 任せたよ。あまり大きく言えば問題を起こしかねないが、君は私の義弟、大事な妹を任せた男なのだから」



 目を大きくして、胸を膨らませた後、ジュラメントが勢いよく頭を下げた。


「ありがとうございます! 必ずや、ご期待に沿ってみせます!」


 そして、元気な声が執務室に響き渡る。


「うん。その元気があれば、と言いたいところだが、今は非常に疲れているだろう? ひとまずは休んでくれ。それから、私も手紙を用意しよう。伝令のような真似をさせてすまないな」


「いえ。問題ありません!」


 言い切ると、きびきびとした動きでジュラメントが退室していった。

 閉まる間際の扉では奴隷がすぐにジュラメントにつき、案内している様子が見える。


「やはり、ジュラメント様も高くかっているのですね」


 居なくなってすぐにネーレが溢した。


「義弟だからな」


 そんなわけあるか、という本音の部分はソルプレーサは見抜いていただろう。カウヴァッロも、何も言わない。ネーレに一瞬目を向けていたが、どこ吹く風を貫いている。


「さて、成果が必要になったわけだが。どうするかな」


 呟くと、エスピラは曲げた右手人差し指を唇に当てた。


「もう四番目の月が終わる。夏の盛りまで猶予は無く、終わりを待つには時間が空きすぎる。いやはや、狙ってやったことだろうが、嫌な時期に攻撃してきたものだ」


 言い終わると、エスピラは人差し指の第二関節の甲に歯を突き立てた。


「やはり、相手を敗走させるような勝利で無いといけないのですか?」


 ネーレが聞いてくる。


「小さな勝利しか挙げられない、となると民衆の見方も変わってくるからな。ちゃんと思考できる者ならば様々な要因を考慮してくれるが、集団となると近場しか見えなくなることが往々にしてある。インパクトで上回る必要があるのさ」


(誤ったか)


 言葉の選び方を。


 これでは、民衆を愚か者の集まりと断じているような者では無いか、と。

 そう思いはしたが、ソルプレーサを除いて誰も表情が悪しき方に変わることは無かった。



「敗北と言う結末にはなりましたが、タイリー様は雪の降る中で会戦を決意しております。その昔、アレッシアが占拠された時もまた暑い盛りなど関係無く戦闘行為を行っていたという記録も残っております。


 戦争はつまるところ殺し合い。折角エリポスの戦争に合わせてもきましたが、ディラドグマ殲滅戦などを行っているのです。


 此処はアレッシアを怒らせたとしてアレッシア流の戦闘を見せてあげても方がよろしいかと」



 そのソルプレーサもエスピラの言葉には突っ込まず、献策を淡々と述べた。


(中心都市か)


 厳しいな、と思いつつもソルプレーサの提案に乗るしか無いだろうとはエスピラも分かっている。


「そうだな。数が下回っている以上はアレッシア流の戦闘とはいかないが、戦うしか無いな」


 エスピラは口元にあった手を下ろした。


 考えていた策はある。

 未だに準備が整っていないからと。実行時期は東方軍が本格的な攻勢に出てからにしようと。

 そう思っていた策が。


(もう負けは許されない)


 アリオバルザネスに戦略目標を二度も砕かれ、今回もエスピラが直接関与していない場面でアリオバルザネスにしてやられた。


 痛み分けでは駄目なのだ。


 エスピラは眼力を強くすると、郎、と声を発した。


「エリポス圏外にも連絡を取る。そのために、色々な言語を一部でもいいから知っていて欲しい。望む者は全て集め、一気に伝授していく。そのことを布告してくれ。


 それから、マルハイマナにも連絡を取る。例の件、進めてくれと。ただ、基本はフィルムに任せていることも忘れないように、とも伝えてくれ。


 カウヴァッロ、ネーレ両名は精鋭を選りすぐり、訓練の強度を高めておくように。期間は十二日。それ以降は元に戻す」



 シニストラの顔がエスピラの方に動いたが、ソルプレーサが制するような視線をシニストラに送った。


 シニストラもそれを感じ取ったのか動きが止まる。


(例の件が何か、という質問だったら困るしな)


 マルハイマナと勧めている例の件など無いのだから。

 念のための誤魔化し方で、上手くメガロバシラス軍まで伝わってくれれば疑心暗鬼が広がると思ったからと言うだけの補助策でしか無いのだから。


「狙いは敵軍の撤退。王がアリオバルザネスを呼び戻すか、あるいはアリオバルザネスの軍から兵を引き抜けばある程度目的は達成したものとする。兵数差は確かにあるが、初戦に限れば傭兵を数に入れなくて良い。邪魔者もたくさんいる六千と邪魔者の居ない五千の戦いだ。ならば、これまでの訓練、道のりを信じれば我らが勝てる。問題は何一つない!」


 最後も、郎、と締めて。

 エスピラは立ち上がり、すぐさま訓練を進めるようにとネーレとカウヴァッロに申し付けたのだった。


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