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共に一歩先を狙って

「返書と共にアルモニアから戦況も聞かないといけないな」


 定期報告の前に。


「準備は整った、と?」


 ソルプレーサが声を落とした。


「大規模陽動として、こちらから攻め込むふりはできる、という話だ。こちらから攻め込むふりをして、なおかつ崩壊せずに此処を守り抜く。そのための準備は進んでいるよ。ジャンドゥールに集めていた技術者もディティキに到着したしね」


 トゥンペロイで使用した超長距離投石機は、技術者の計算よりも壊れやすく、攻撃がブレやすいと言う欠点があった。

 その改良と威力を上げるための投石機の開発を近くで行わせているのである。試作品は、既に砦の中に。


「最近は色んな国が開発資金を渡してくれてねえ。特にトゥンペロイの破壊痕は、買わせるのにも良い商品見本になるだろうさ」


「技術を流す、と?」


「最新式は渡さないさ。技術者もこちらで大勢囲う。アレッシアの前を歩くことなど許さない。必ず、アレッシアの後ろを歩ませて見せるとも」


 最後まで羊皮紙を読み終えると、エスピラは綺麗に折りたたんで懐にしまった。

 ソルプレーサは半歩離れている。


「ビュザノンテンにあまり気を配らなくて良くなったのなら、次はディファ・マルティーマの改良に入ろうか。丁度カリヨが戦車団や劇団から何が欲しいかを聞いてくれているし、アレッシア本国からの避難としても丁度良い場所になるだろう?」


「建国五門が一つ、国のために私財を簡単に投げ出すウェラテヌスの加護がある街ですから。エスピラ様はアレッシアの実権を握りつつあるアスピデアウスと家格で対抗でき、セルクラウスの後継者の一人。まさに、これ以上ない場所かと」


 大真面目ぶってソルプレーサが言った。


 態度も腰の曲げ方も表情も本気で言っているように見えるが、冗談の一種であるとは長くなってきた付き合いから分かる。深くなっている付き合いからよく見える。


「そこまでは言っていない」


 だから、エスピラは笑って返した。


 第一、ディファ・マルティーマを実質的に仕切ってきたのはロンドヴィーゴ様が中心となっているティベリウスだと付け加えて。


「冗談ですよ。怪病による死者がまた出ましたので申しただけ。今度は、テレンティウスの者も犠牲になっておりますから」


 鼻から息を吐きだしながら、エスピラは表情を沈めた。


 ウベルト・テレンティウス。北方諸部族の抑えを担当しているヌンツィオ・テレンティウスの甥の一家がやはり傷跡一つなく死亡したと言う報告はエスピラも受けていた。


 それを受けて、オピーマが警戒態勢に入ったことも。


 つまりは、自然死では無く毒殺だと思う者が増えた、という話だ。


「誰かが捕まれば良いのだけどな」


 エスピラは呟きつつ、唇を右手でつねるように隠した。

 ソルプレーサの視線を感じ、動かしていた指を止める。


「メルアの噂は聞いている。マシディリも、メルアに関しては手紙で触れなくなってきているからな。別に出歩くなとは言わない。だが、暗殺される可能性がある以上は不用意に出歩くなと言いたいだけだ。

 アスピデアウスもテレンティウスもオピーマも、アレッシア本国に今の代表の代理として名前を貸せる奴はいる。だが、ウェラテヌスは居ない。ロンドヴィーゴ様あたりはそうかも知れないが、遠い。そんな中で本国に居る者で狙われやすいのはメルア、次いでマシディリだ。どちらも私にとって最も大事な人たち。当然、懸念するだろう? それが普通だろ?」


「何も言ってませんよ」


 ソルプレーサがしれっと言ってきた。

 エスピラは目を逃がしかけて止め、片眉をあげながら首を傾ける。


「アグニッシモとスペランツァが旅に耐えられるようになったかどうかの確認を取る。乳母から可能だと返ってきたらディファ・マルティーマに移動させたい。

 その旨を伝えるのと、同時に被庇護者の家族も一部同道させよう。手配を頼めるか?」


「お任せください」

 ソルプレーサが慇懃に言う。


 エスピラは頷いてから、頬をほころばせた。


「しかし、不謹慎だがエリポスから帰れば家族に会えるのは良いな。もうひと踏ん張りできそうな気がするよ」


「そうですね。私もその気分を味わいたいので、是非とも良縁を持ってきてくださるとありがたいのですが」


「任せておけ。どんな家が良い? どんな人が好みだ?」


 ソルプレーサの皮肉交じりの冗談に、エスピラは大まじめに返した。

 ソルプレーサがこれ見よがしに溜息を吐き、それから目が斜め下に動く。


「そうですね。奴隷を纏めるのが上手く、エリポス語を扱え、五人ほど安全に産めるのは絶対条件でしょうか。それから父がうるさくなく、積極的に介入してこない者。ウェラテヌスに対する感情は問いません。年齢は若ければ若い方が嬉しいですね」


 エスピラは目を大きくして、口元を隠した。


「お前……。チアーラは駄目だぞ」


 チアーラ・ウェラテヌス。エスピラの次女。五番目の子。今年三歳になるエスピラの玉だ。


「申し訳ございません。エスピラ様がここまで愚かだとは思いませんでした。常識的な範囲内の若さ。十五歳以上で、と願います」


 そもそも、若さ以外の条件は満たしていないとも言えるが。


 唯一今から分かりそうな『父親が積極的に介入してこない』と言う条件も、エスピラの子供に対する態度を知っていればにわかには信じ難い。


「まあ、本気で結婚する気があって、自身でこれと言う人が居ないのであれば私もソルプレーサのために最上級の縁を探してくるさ。その気になったらもう一度言ってくれ」


 大真面目に顔を整えて、エスピラは締めた。

 耳は急いでいる足音を捉える。


 やってくる前に、言語習得中の者達にもしかしたら今日は此処までになること、各々で問題を出し合ってしっかりと覚えるようにと告げた。


 その間に、息を切らした奴隷が汗を拭わずにソルプレーサの後ろに控える。


「何があった」


 聞きながら、エスピラは奴隷に近づく。


「ジュラメント様が伝令として来ております」


 エスピラの目が細くなる。

 ジュラメントはエスピラの義弟で軍団長補佐だ。伝令として派遣するような者では無い。


「分かった。すぐに行く」

「執務室に、既に居ります。シニストラ様が他の者にも声を掛けるべく人を遣わしてくれてもおります」


「助かる」


 それだけ言うと、エスピラは大股で執務室に歩き出した。

 足音は立てない。それは後ろからついてくるソルプレーサも同じ。


(壊滅、は考えにくいか。裏切りは先に兆候が耳に入っているはず)


 まずは最悪の事態を思い浮かべ、想像する。


 どのような報告でも動揺を表に出さないために。軍事命令権保有者としての堂々たる態度を崩さないように。アレッシアの法務官として王に相応しい振る舞いを保つために。


 そうして、心を整えてからたどり着いた執務室では、馬を使っていたであろうジュラメントがまだ湧き出る大粒の汗を拭っていた。


 シニストラが小さく頭を下げる。表情は冴えない。


 エスピラが椅子に座り、ソルプレーサがエスピラから見て右手側に立つ。その時にはカウヴァッロが部屋の雰囲気から見れば抜けた表情で入ってきた。


 ネーレは少し遅くなると奴隷から報告が来る。


「ならば、先に報告してもよろしいでしょうか」


 ジュラメントが熱い息と共に言う。


「頼む」


 エスピラは口元を引き締めた。


「はい。アルモニア様が預かっていた東方軍ですが、先日、四番目の月の十九日にアリオバルザネス軍と戦い敗北いたしました」


(大、はついていないな)

 と思いつつ、エスピラはゆっくりと瞬きをして続きを待った。


「敵被害は不明、恐らく軽微なれど、こちらの被害は三百名は下らないかと。私は第一報の情報しか持っておりませんが、その時点で既に二百八十四名。恐らく、増えているでしょう」


 エスピラは、シジェロから貰ったカレンダーを思い浮かべた。

 四番目の月の十九日。その日は三。悪い数字では無い。


(が、これはあくまでも私の運勢、と言うことか)


 今日の数字は一。最悪の数字。


 エスピラは握りしめた左手をゆっくりと解きながら、「詳しく」とジュラメントに告げた。


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