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じわじわと

 誰にどの仕事を割り振るかを決めても、実際に動き出すまでにはズレが生じる。


 エスピラはその手続きをわざと煩雑化し、漏れにくくしている間にカウヴァッロとネーレを襲撃部隊として派遣した。


 本当はソルプレーサも派遣したかったが、流石にそれは出来ず。


 グライオを呼び戻すことも考えはしたが、マールバラが再びの襲撃に来ていたのでできなかったのだ。それに、グライオを呼び戻せたところで本当に派遣したいのは東方。実質的な指揮をグライオに任せ、アルモニアは副官の仕事に専念させる。そしてジュラメントを呼び戻してこちらに置き、その間にソルプレーサを襲撃部隊にする。


 それが最善だが、最善が採れないのは仕方が無い。


 エスピラはアルモニアにディティキから移動するとの連絡を渡すと同時に一年半前に築いた砦に移動した。季節は三番目の月の終わり。山の上の雪も見えなくなった頃。

 カウヴァッロとネーレの襲撃は、大成功こそ無いものの確実にメガロバシラス軍に影響を与えていた。


 食糧輸送部隊に居るメガロバシラス人の割合が増えたのである。


 当然と言えば当然だ。


 王を始めとした上の者が信用しているのは傭兵よりも自国の兵。これはアレッシアでも同じ。エスピラも、来てあまり時間の経っていない傭兵に大事な兵站を任せはしない。特に襲撃を受けているともなれば物資の持ち逃げだって発生しうる。前線と言う最も損耗の激しい場所に傭兵を配置するのも、エスピラだって同じことを行った。


 そして、誰しもが同じことを行うと言うことは傭兵も自分たちが消耗品だと知っていると言うこと。言語が違えば統率もすんなりとはいかず、メガロバシラスからの攻撃が鈍ることに拍車をかけていた。


 そのことへの対策か、メガロバシラスが大量のオリーブオイルを用意したことを最早惰性になりつつある後方襲撃部隊が察知する。報告を受けたエスピラは、昨年夏の包囲戦の経験をもとに設置点に持って行けばすぐに完成する壁を作らせた。切り離しも簡単に行えるようにし、投石機の照準も幾つかは最外郭の壁へ。


 燃え上がった瞬間に砕いて敵へも飛ばしたのである。

 奥まではいかなかった。前に居た兵を焼いただけで、自陣の壁にも泥をかける必要は出て来た。


 だが、それでも傭兵の士気を下げることには成功したのである。


 この時には比較的安全になっていた後方にメガロバシラス兵が多いのもメガロバシラス軍に分断を生みかねないのだ。


 そうなれば、溝を埋めるためにも攻撃の手が緩む。その隙にスコルピオを正面から出し、襲撃した。死者と言う意味では与えた被害は少なかったが、誰も前には立ちたがらない。確実に貫かれることを知りながら走り出す者は傭兵には居る確率が低いのである。メガロバシラス兵も全員の士気が高いわけでは無い。


 本当は数が多いのはメガロバシラスなのだ。二倍以上なのだ。


 エスピラとて兵の気持ちは理解できる。

 理解できるが、その躊躇っている兵を投石機の標的とした。


 直撃。圧砕。血の池の顕現。


 この時にはスコルピオの弱点である機動力の無さが露見していたが、それを逆手に取りエスピラはメガロバシラスに打撃を与えることに成功した。


 冷静に考えればそれでも被害は少ないと分かる。攻めあぐねる、と言っても時間を考えれば落ちていないのは当然で、まだ何も分からないと言った方が適当だ。


 しかし、メガロバシラスには敗北続きと言うディスアドバンテージがある。

 やっぱりか。またか。

 そう思う者も少なからずいて、大衆の意見を形成していく。


 例えば、ドーリス王アイレスやカナロイアの次期国王カクラティスはその目的を見抜くだろう。見抜いたうえで何も言わない。言ってこない。むしろ、その目的を理解して協力体制を維持し続けてくれるはずだ。


 国力差を考慮して、その中でエリポスでの覇権争いの一環として。あるいは、今も強敵になり得るものを振るい落とすために。


「エスピラ様。ヴィンド様とルカッチャーノ様の連名で羊皮紙が届いております」


 東方からやってきた各部族に加え、トーハ族の言葉の一部を教えている最中、そう言ってソルプレーサが近づいてきた。


 簡単な言葉を幾つか教えるだけではあるが、この仕事はエスピラが監督せざるを得ない。故に、ソルプレーサも何も言いはしないのだ。


「アルモニアでは駄目だったのか?」


 エスピラは三人一組でしっかりと覚えるようにと指示を出し、離れた。

 羊皮紙は離れながら受け取る。


「ビュザノンテンの統治に関するお話です。ピエトロ様にも見せたところ、自分ではどうしようもないからエスピラ様にお伝えするようにと言う流れになったと」


 ソルプレーサの言葉は羊皮紙の前半部分に書かれていることだった。

 おそらく、伝令が簡潔に伝えたのだろう。


「なるほどな。二人の言う通り、シズマンディイコウスやアグネテがこっちにやってきては厄介だ」


 何度も使われ、削られた跡のある羊皮紙を読みながら、エスピラは呟いた。

 そのため、エスピラが遠くにいる今は近くにいる者の誰かがビュザノンテンの政務の総まとめをすると言う提案である。


 そのまとめも、最後はエスピラが見ることが大前提。二人以上が連名でビュザノンテンを仕切り、あくまでも一番目の民はエスピラ。その体裁を保ちつつ、シズマンディイコウスの目的であるビュザノンテンの支配を得るにはエスピラでは無い実行者の二人に近づかねばならない状況にする。


 そうして、距離を取らせることを意味しているのだ。


 それだけでは無い。

 例えば、ここでアグネテが動きを変えればそれは節操無し。かつ、公然の秘密だったシズマンディイコウスとアグネテ親子の狙いを秘密では無くすことになる。惚れた腫れたは関係無い。完全に利害の関係。愛人では無く結婚が狙い。


 禁止はされていないが、そんなことをすれば国で動き出す者も出てくるのだ。

 そうなれば、シズマンディイコウスに勝ち目は無い。


 同時に、ヴィンド、及びルカッチャーノ、あるいは此処にピエトロを入れた者達の間で、「イフェメラ、ジュラメント、ヴィンド、ついでにカウヴァッロあたりもアグネテを口説き落とせる見込みは無い」、という話でもあるのだろう。


 だからこそ、作戦を変えねばならないと。


 もちろん、エスピラが遠くに居る以上、その仕事の負担を軽減させることも目的ではあるようだ。


「どういった内容か聞いても?」


 読み終わるのを待っていたらしいソルプレーサが聞いてくる。


「ビュザノンテンの統治計画だ。過剰に発展させてはならないことをピエトロから聞いているうえ、ピエトロも関わらせることができるなら許可しようと思う」


 アレッシア本国から遠い所には拠点が必要だが、敵に回った時になす術無しではいけない。

 そのことを理解してくれているのなら、エスピラとしては重要度は高くないからと言う考えもあってのことである。


「ルカッチャーノ様とヴィンド様に?」

「ああ。様子次第ではエクラートンの統治を任せることになるかも知れないな」


 エクラートンはカルド島にある国。

 元はアレッシアの朋友であったが、今はハフモニについている。代替わりと共に寝返ったのに、王が殺され乗っ取られたらしい。


「エスピラ様がカルド島に再び上陸する可能性は高くは無いように思えますが」


 ソルプレーサが言う。


「グライオがトュレムレを堅持できればぐっと近づくさ。マルテレスはマールバラに当て続けなければいけない。サジェッツァとタヴォラド様はどちらかが出ればどちらかが本国に居ないとまだ回らない。スーペル様とティミド様ではカルド島全土は荷が重い。私と、どちらかが居れば動きは変わるだろう?」


「グライオ様がマールバラによる二度目の侵攻も防げたそうですので、可能性は低くはありませんが。早く戻らねばなりませんね」


「全くだ」


 ディラドグマを消滅させ、一時的にとは言え緑のオーラを使えるアレッシア人が居ないと通れない土地に変えた。


 マフソレイオ、マルハイマナから近い位置にあったエステリアンデロスを乗っ取りビュザノンテンに変え、アレッシアの植民都市とした。


 アレッシア人にとって違法すれすれである他国の軍を戦場に持ってきた。


 まさに、今。決着をつけねばならないのである。


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