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誰がどう動くのか

 トーハ族がメガロバシラス領に侵入したと言う報告がやってきたのは二番目の月の初め。女子供も一緒の移動のため、数は優に五万を超えていたらしいが、向かったメガロバシラスは推定五千。大規模な戦闘は起こらず、トーハ族が馬や家畜に草を食ませ、メガロバシラス軍は見守っているだけらしい。


 厭らしいが、トーハ族としては最良の手だ。


 騎馬民族であるトーハ族は広範囲を移動している。アレッシアもメガロバシラスも、本気で事を構える気ならばその全ての範囲を抑えなきゃいけないのだ。しかも、騎兵が相手。基本的には農耕民族は壁を用意して引きこもる形で戦うしかないのである。範囲が狭まるのはトーハ族も痛いだろうが、それ以上にアレッシアもメガロバシラスも出費が痛くなる。


 だから、互いにとりあえず約束はギリギリ果たしたからとして見過ごすしか無いのだ。


 そして、一番の懸念であるアリオバルザネスは未だにメガロバシラス本国で軍団の調練中。


 エスピラもディティキ近郊で行軍訓練と陣の組み換えの訓練を施し、徹底し、同時に一年半前に作り上げた簡易的な防御陣地に更なる強化を重ねていた。ジャンドゥールで開発した攻城兵器も運び込んである。地形を変え、敵の攻城兵器も丸裸にし、敵の設置地点を一方的に叩けるように計算も重ねた。


 エスピラにとって最高の展開はアリオバルザネスが大軍を率いて西方、エスピラ側に攻めてくること。その間に比較的与しやすい大王の軍勢が東から来て、それをアルモニアが率いる本隊が打ち破ること。


 メガロバシラスの首都は東方なのだ。


 東方軍がそのまま攻め上る方が都合が良い。エリポス諸都市の目の前で勝つことでその後もやりやすくなる。


 最悪なのは東方で打ち破られ、一気にエリポス諸都市軍が砕かれること。

 そうなれば、一気に盤面はひっくり返るだろう。


 打ち破られて悪い展開になるのは西も同じ。


 こちらは、ディティキを抑えられればアレッシア軍が本国との連絡を絶たれてしまう。全軍の安全という点で言えば、こちらの方が大事とも言えるが、エリポス圏内への影響力で言えば東方が打ち破られる方が危ういのだ。


 どっちの危険に自分で対処するべきか。


 エスピラは、アレッシア軍団の士気を考えて、彼らの安全を守る方を取ったのである。


「エスピラ様。エリポス諸都市軍がトゥンペロイに向けて動き始めました」


 との報告がエスピラにもたらされたのは二番目の月の末。続けてメガロバシラス軍の訓練内容が変わったとの報告が届き、エスピラはアルモニアに出陣命令を下した。


 入れ違うようにメガロバシラス軍が南下し始めた話が届く。


 潜入させていた者や商人、メガロバシラスの中でアレッシアに通じている者の話を統合すると、トゥンペロイの救援に向かったのはアリオバルザネスを大将とした軍団。恐らく昨年の冬に率いていた軍団の生き残り七千を主軸にメガロバシラス兵で八千。マルハイマナからの傭兵が三千ほど。


 対して、西方はメガロバシラス兵が七千。傭兵が六千。大将は王が自ら務めている。

 そして、国内には傭兵と混合で二千に満たない兵が残っているらしい。


「三倍には届かないまでも、二倍は優に超す兵力差、ですか」


 情報がある程度出た後のディティキでの会議でネーレが眉を顰めて言った。


「途中にある城塞都市で千から二千ほどは置いていくと思われますので兵力差は縮まるかと」


 ソルプレーサが丁寧に訂正する。


「それでも倍以上ですか」


 ネーレの眉間の皺が濃くなった。

 エスピラは頷きながらもネーレに優しい目を向ける。


「だが、こちらが待ち受ける側。防御陣地もしっかりとしている上に攻城兵器の質も追い抜いているだろう。ディラドグマの兵力、質ですらこちらも手間取ったのだ。むしろ二倍では足りないと引き出させてやろうじゃないか」


 メガロバシラスの立場になれば、そうはならないことは分かっているが。


 アレッシアは共同戦線を張らないという伝統があるが、メガロバシラスからすれば本当に手を組まない保証は無いのである。その中で九千弱のアレッシア軍団と一万近いエリポス諸都市軍が居る戦線から一万強のアリオバルザネス軍を引き抜く。


 そんなことは余程の危機にならない限り行わないであろう。


「こちらから仕掛けますか?」


 言ったのはシニストラ。

 エスピラのこれまでを考えれば当然のことでもある。


「そうだな」


 意識をシニストラに向けないままエスピラは口を開いた。

 視線は地図の上。地形も詳しく書き込まれた後であるし、エスピラ自身歩いてきているので簡単に思い描ける。


 どこで野営するべきかも。どこに食糧を貯めておくべきかも。


 完全に全てを予想することは無理だとしても、大規模なものはエスピラの考えとそう大きくは変わらないはずなのだ。

 通るべき道がアレッシアが防御陣地を築いた隘路になってしまうのと同じで、どうしても限られてくるのだ。


(それを破られもしたが)


 その例は数少ないからこそ、それが奇襲となるのである。


「まずは、敵の食糧を狙おうか」

「メガロバシラスは本国内での戦闘になります。すぐに補給されるのではありませんか?」


 エスピラの言葉に、ネーレが当然の疑問をぶつけて来た。

 ただし、ネーレの目は地図上で考えられる食糧の一時的な保管地域を見ている。


「だろうな。長期戦も望むところでは無い。戦いに大きな影響をもたらすことは無いだろう」

「戦いには、と言うことですか」


 ネーレが顔を上げ、エスピラを見て来た。



「ああ。戦後、失った物資をどう補給するか、どこから持ってくるか、と言うのを問題にしたい。


 戦っている最中ならメガロバシラスに勝ってほしい者達が援助をしやすいが、戦後ならばメガロバシラスも敵の一つになっている。食糧を渡すにしても見返りが大きくなっている可能性も高いはずだ。そこで復活に時間がかかればかかるほど、講和した条件が守られる可能性も高くなる。


 とは言え、努力目標だけどな。流石に、完全に上手く行くとは思えない」



 普通に考えれば、エスピラが指揮を執っている以上、後方への攻撃は警戒されて当たり前。


 多数の軍団が少数の軍団に劣っているのは食料などの物資の確保の点なのだ。しかも、メガロバシラスが自国の領内で戦うことになれば、補給の主軸である略奪が行えない。行い辛い。


 それに、即席の多部族軍の欠点を知っていれば予想もできる。


 負けが許されないのだ。


 例え小規模でも、負ければ分解が近づく。アレッシア人で出来た軍団、此処に半島の民を加えても良いがそう言った軍団は負けても崩れにくい。だが、金で繋がったり言語の通じない精神的負荷がかかり続けている軍団では崩れやすくもなる。


「どうやって目を逸らすかが重要になってくるかと」


 ソルプレーサが言った。

 他の人の話を待っても良かったが、エスピラはすぐに口を開く。


「陽動部隊は奇をてらうつもりは無い。最も大事なことはディティキ、アントン、トラペザを落とされないこと。それを守るために防備を固める動きを付け、少数部隊による襲撃を警戒するために隘路以外も警戒する態勢を作り上げる。そのための工事を行うこと自体が陽動にもなるだろう?」


「工兵としてディティキの民も使うと言うことでしょうか」


 ネーレが言う。


「使うこともあるが、どこまで信用して良いのかという面もある。前には出さず、ディティキからの道路の整備などが主な任務になるだろうな」


 住民台帳を見て、ディティキ攻略戦やそれ以前の様子を調べて、なるべくアレッシアに悪い感情を抱いていない物を探して。


 ふと。エスピラはソルプレーサの視線を感じて手を止めた。

 その視線の真意を悟り、エスピラは心の中だけで溜息を吐く。決して表には出さず。


「ディティキを管理していた者達に住民帳からアレッシアに協力的な者を集めさせてくれ。資材の方はエリポスだけでなくロンドヴィーゴ様にも融通してもらおう」


「ロンドヴィーゴ様の場合は命令を下されれば十分かと」


「それもそうだな」


 ソルプレーサの言葉に頷いて、エスピラは本日書く手紙を一つ増やした。


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