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敵の盤上

 山道を駆け抜け、一気に取って返す。持ち物は己の武器と十日分の食糧のみ。


 そんな軍団を出迎えてくれたのは残してきたピエトロ達であり、新たな補給はエスピラ達の到着に遅れてビュザノンテンから送られてきた。


 攻略の開始は即座に。


 イフェメラやソルプレーサが「念のため」と提言してきた後方への備えとしての簡易的な堀と柵の建設を認めつつ、同時に四千八百の兵でエスピラはトゥンペロイに攻撃を仕掛けた。準備の整っていなかった隙に兵を入れ、城壁を攻撃するとともに内部から開けさせて突破する。


 この戦闘は、投石機の組み立てと狙いを定めるための三日と攻略のための半日で片が付いた。


 しかし、あらかじめ想定していたのか。街の中は堀と不格好な石畳の道に変わっており、ディラドグマの様にはいかない。城壁を壊した瞬間には既に街の中に新たな簡易的な壁があったのだ。建物を壊し、伏兵が容易な地形に変わっていたのだ。


「一度離れたことでトゥンペロイに時間を与えてしまったか」

 と嘆いたところで新たな不幸を呼び寄せるだけ。


 敵の来襲を告げる知らせがトゥンペロイ攻略中のエスピラの下に届いたのである。


 エスピラの下には、まだカリトンもシニストラもたどり着いては居ない。報告も無い。

 トゥンペロイの攻略も、完全に足が止まってしまっているのに、だ。


「状況は!」


 トゥンペロイの囲いをルカッチャーノとヴィンドに任せ、エスピラは三千二百を連れソルプレーサとイフェメラの元に合流した。


「メガロバシラスは八千。おそらく、全軍で来ております」


 ソルプレーサが言う。


「今となっては防御陣地を作っておいて良かったと言うべきか」

「その戦力ですぐにでも落とした方が良かった、とも言えますが」


 ソルプレーサが呟きつつ、手書きの地図を広げた。


「囮部隊の敗走は届いておりません。おそらく、こちらの兵が減ったのが露見し、囮部隊をだます形でこちらに来たのかと」


「カリトンとシニストラはどうした?」

「工事のため山中に。おそらく、気づいてから下山し、こちらに駆けてきていたとしても道の問題で一日二日は遅れるでしょう」


「こちらは五千四百騎兵無し、か」


 戦力を分散された状態。最初は数的優位だったのに、もう劣勢である。


 完全に術中。

 あるいは大失策だ。


「トゥンペロイもいつまで防げるか。確か、マルハイマナ出身の私兵が居たのですよね?」


「ああ。ご丁寧にエレンホイネスは私兵の持ち主の首を私に送ってくださるそうだ」


 エスピラが問い詰めるよりも先に届いた謝罪の手紙では。


 もちろん、謝罪のつもりなど無いだろう。最初からそのつもりなのだ。


 トゥンペロイは地峡にも近いのだから。そこまでアレッシアに抑えられたくはない。そう言う考えが透けて見える。


「どうするかな」


 トゥンペロイの兵数は推定千二百から二千。残した兵は千六百。全力を出されれば囲みは突破されるだろう。

 そうなれば挟み撃ちだ。勝てる見込みは無い。


 つまり、速攻でメガロバシラス軍を追い払い、トゥンペロイに戻る必要がある。


「今日中。下手をすれば数時間もすれば現れるでしょう」


 ソルプレーサが淡々と言う。

 ピエトロが舌打ちでもしそうな顔でソルプレーサを睨みつけた。


「エスピラ様。私に、食糧を燃やす許可をください」


 そんな中で出てきたのはイフェメラ。


「戦う前に兵が逃げるわ!」

「逃げる兵など此処には居ない!」


 一喝してきたピエトロを、イフェメラが怒鳴り返した。

 やめよ、とエスピラは下に手のひらを向けて小さく振る。


「イフェメラ。続けてくれ」


「はい。トゥンペロイの周辺で、燃やせるモノは何でも燃やすのです。奪った街を燃やすことは稀ですが、急いでいるのであればあり得る話にもなります。


 メガロバシラス軍が迫っているから焼いた。既に落ちた後だ。


 相手にそう思わせるか、その可能性を探りだした時が好機。


 その隙に四方から兵を突撃させ、全軍で攻め込んでいるように見せかけるのです。

 上手く行くかは指揮官の目にもかかってきます。相手の状況を遠くから見抜かないといけません。燃やすタイミングも重要です。


 エスピラ様。賭けではございますが、どうか私に賭けてくれないでしょうか」


 熱意と確固たる意志を感じさせる。そんな言葉であった。


 反対していたピエトロも黙り、誰も文句は言わない。代案も出てこない。


「賭けよう」

「ありがとうございます」


 イフェメラが大きく頭を下げる。


「放火のタイミングはソルプレーサ。突撃部隊はイフェメラ、ネーレ、それと、百人隊長からもステッラやレコリウスなどを参加させる。そう言う腹積もりだと思ったが、どうだ?」


 アレッシア軍と言う形式上、人事命令は軍事命令権保有者からの命令というモノにするためにエスピラはイフェメラに聞いた。


「はい。私の提案も同じにございますが、できれば師匠にも突撃部隊の指揮をお願いしたいと思っております」

「そうしよう」


 ピエトロが口を開く気配がしたが、それよりも早くエスピラはイフェメラの提案を認めた。


 質問は受け付けず、すぐさま襲撃部隊の編成へ。


 防御陣地にはピエトロやフィエロと言った経験のある高官と八百。

 放火部隊はソルプレーサと八百の兵。


 残りは全て細分化して配置。最大の兵数はエスピラの率いる四百。最少は一部の百人隊長レコリウス・リュコギュの率いる七十二。


 放火を待たずして各々、山や平野に見えても丘や谷になっていて見え辛い場所を通ってメガロバシラス軍の方向へと進んでいった。


 エスピラがメガロバシラス軍を視界に収めたのはそれから三時間もしない内に。

 振り向けば、トゥンペロイの方角から煙が上がっていた。


「止まれ」


 言って、待つ。

 乱れるのを。動きがあるのを。


 メガロバシラス軍が足を緩めた。数人が走り出す。幾人かは部隊が隠れている方向へ。幾人かはトゥンペロイの方へ。メガロバシラスに緩みは無い。しっかりと立ち、二人一組であらゆる方向を睨むように立っている。


 わっ、と声が上がった気がした。方向はイフェメラらの居る方。エスピラの耳は捉えたが、他の者は動いていない。遅れて大きく木々や草葉が動き出し、伏兵が露見する。


(いや)


 敢えて、露見させたのか。


 メガロバシラス軍の注意がそちらに移った。二人一組も大分減っている。体の向きも、変わった。


「今だ!」


 エスピラは叫び、部隊を突撃させた。


 すぐにばれ、こちら側のメガロバシラス兵が向かってくる。準備は万端。密集陣形は乱れつつも出来上がってもいる。到着するころには突撃を受け止めることはできるだろう。


(だが、此処だけでは無い)


 恐らく、イフェメラがエスピラが突撃することを信じて場所をあえてばらしたように。

 エスピラの部隊の数が囮となって、他の少数部隊が突撃を仕掛けられるようにもなる。


 少し遅れて、小さな石が斜面からメガロバシラスの方へと降り注いだ。威力は余りなく、盾に弾かれたり見当はずれな方へ行ったり。ファリチェも入れた投石部隊の攻撃だ。


 さらに後ろからは別の部隊が。さらに別の方向からも。

 密集陣形が崩れ、陣形同士でぶつかり、隙間ができる。


 そこを、ネーレの軽装歩兵が一気に駆け寄ってこじ開けた。遅れて重装歩兵。穴を塞ぐはメガロバシラス。その頃にはエスピラも到着し、槍を剣で受け止めながら道をこじ開けた。赤のオーラを使える者が盾を狙い、他の者は赤のオーラ使いを槍から守るべく奮戦する。


 移動続きの疲れ、緩みからの緊張。多方面から湧いて出た数の分からない敵。


 メガロバシラスが押される要因は幾つもあっただろう。だからこそ、一気にアレッシアが有利に立てたのだろう。


 だが、やはり優れた将と言うべきか。


 戦地に踏みとどまり、困惑と喧騒の中でも一部隊ずつの数は少ないと見抜いたらしいアリオバルザネスがメガロバシラス軍を立て直す。取り回しが不自由だからと槍をあっさりと捨てさせ、盾に身を隠した一点突破でまずは距離を取ろうとしてくる。


 その攻撃を、組織的に防ぐ術はアレッシアには無い。


 追撃と反撃と怒号。


 次に有利になるのは数に勝るメガロバシラス。纏められ、あるいは孤立させられ。アレッシア軍がすり潰され始めた。

 エスピラも部隊を纏めるように指示を出すが、メガロバシラスの壁は越えにくい。破り難い。


 その状況を打破したのはトゥンペロイに居るはずのルカッチャーノとヴィンドの八百。比較的元気な兵。鎧を捨てた快速の進軍。新手が密集陣形最大の弱点である右側面を突き、再度メガロバシラスが崩れる。遠くではソルプレーサのものと思われる部隊が大声を上げて走り回って。


 数の分からぬ新手に、メガロバシラスはついに撤退した。



 時間にすれば七番目の月に行われたメガロバシラスによる脱出戦よりも短かったが、アレッシアの被害はあの時よりも多く。疲労も色濃く。


 その戦いはまさに、この二年間におけるエリポスでの最大の激戦であった。


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