どれも正解、どれが正解
試作型の投石機を近くの親アレッシア派の都市国家にピエトロと四百の兵と共に預け、アレッシア軍はメガロバシラス軍の目の前へと急行した。
偵察の兵を多く出し、虚報も流し、極力戦場選択の主導権を奪われないようにしつつメガロバシラス軍の目の前へ。しかしながら選べた地は確かにメガロバシラス側に近く、南下を防げたとも言えるが川を挟んだ土地。
数的優勢の相手と戦うには絶好の場所。
今回は数が多いアレッシア軍としては選ばされてしまった場所。
冬の近さからの持久戦になってしまえば、先の勝利の価値が薄くなってしまいかねない場所であった。
しかし、選ばざるを得なかった事情もある。
ここを逃せばアレッシアに近い都市国家が狙われかねないのだ。防壁の無いディラドグマ周囲に陣を張られかねないのだ。
確かに、奪い返せはするだろう。
だが、自分たちが危険に晒されると分かったエリポス諸都市がどう出るか。
少なくとも、今より協力的になることは無い。未だに蛮族として見られても居るのだから、当然だ。
「向こうはこちらが冬を待つと思っているはずです。その隙に、一気に渡河して決着をつけるべきです。山越えは即ち帰りも山を越えざるを得ないことを意味しております。しかも、川に比べて兵一人一人なら逃げられる。集団を打ち砕くことは、そう難しくないと思います」
地図を広げた天幕で、状況報告が終わった瞬間にヴィンドがそう提案した。
「ヴィンドの話は、渡河ができれば、の話だ。アリオバルザネスが本当に先の戦いでメガロバシラスの采配を変えた人ならば、渡河中に多くの兵が死にかねない」
イフェメラが否定する。
「渡河が可能な地点なら既に幾つか見繕っております。すぐに決められれば、相手も何かする前に攻撃できるかと。何より、敵軍に本当に騎兵が居ないのであれば、相手から川を渡るつもりはないと言っているようなものだと感じますが」
ルカッチャーノがヴィンドに味方する。
「冬の渡河はすぐに兵を動けなくします。そりゃあ重装歩兵が中心のメガロバシラスは渡河しないでしょう。ただでさえ防御型の兵種なのですから。待てば良い。数も少ないならなおさら。この戦場自体既にアリオバルザネスの戦場。戦うべきでは無いと言っているのが何で分からないんだ!」
イフェメラがルカッチャーノにも噛みつく。
後半に行くにつれ少し言い過ぎなほどに強い口調ではあったが、イフェメラの父、ペッレグリーノ・イロリウスは冬の川を渡河する作戦を取ったタイリーを止められなかったと言う思いがあるためか、誰も何も言わない。
「暗い内に遠方から渡河し、体を十二分に温めてから襲い掛かっては?」
言ったのは騎兵隊長カリトン。
立ち上がり、地図に手を伸ばしている。
「一軍は敵正面に近い場所から渡河を開始する。相手をそこに引き付けたうえで、あらかじめ渡河させていた軍団が側背を突く。密集陣形の最大の弱点は敵右翼。右側。そこに最大の一撃を加えれば勝利はこちらのものかと思います」
カリトンの目はエスピラに。
声を大にして反対しているイフェメラをなだめる目的もあるのだろう。
「攻めるならばその手だろうな」
エスピラは、意図的に話す速度を落としてカリトンに同意した。
イフェメラがエスピラを見るが、何も言わない。歯噛みしているようである。
「メガロバシラスが偵察通り八千ならば、こちらが数的優勢。その状態で攻め込まず、冬を待つ策を積極的にとったとなれば結局メガロバシラスとは戦えない軍団と見られてしまうんだ。だから、こちらが攻め込むしかない」
ヴィンドがイフェメラに噛み含めるように言う。
「相手もそれが分かっているのなら、なおさら攻め込むべきではありません」
「なら、予備戦力をディティキから向かわせたらどうですか?」
ジュラメントがイフェメラの直後に言った。
「どこに余剰戦力がある?」
ルカッチャーノの指摘に、すぐにジュラメントの目が泳ぐ。
ほらな、という空気が流れ、建国五門が一つ、ナレティクス一門のジャンパオロが「カリトン様の策で行きましょう」と同意した。
エスピラはイフェメラを見た。イフェメラは、険しい視線を怪訝なモノに変えてエスピラを見返してくるだけ。
(そもそもが戦うべきではない、という考えか)
少しだけ、自身にない策を期待してはいたが。
エスピラはイフェメラから視線を外すと、指を開いた状態で右手を首の高さまで挙げた。全員の視線がエスピラに集まり、言葉が止まる。
「皆の言うことは間違っていない。此処で手をこまねいていては折角作り上げた基盤が揺らぎ、エリポスでの活動時間が伸びてしまう。そうなれば当然攻め込むことになり、攻め込むならばカリトンの策が一番だろう。
だが、イフェメラの言うことも尤もだ。
アリオバルザネスの能力は未知数な部分も多いが、間違いなく今のメガロバシラスで一番の将軍。メンアートルらが戦略としてこちらが戦わざるを得ないことを伝えていたとすれば、こちらが攻め込むことを前提で戦術を考えているだろう。
私は、敵の選んだ戦場では戦いたくないと何度か言ってきた。此処は敵の選んだ戦場だ。まずは主導権を握り返すことが大事となる。
即ち、この戦場を使えなくするか、戦場をこちらが選ぶか」
「大王の遠征記録で、川が増水して使えなくなった戦場があったと言うのが、確か」
アルモニアがぽつり、と呟いた。
「それは雨が降る季節だったからです。今、この場で行おうとすれば水の量が不自然に減り、相手に露見します」
イフェメラが再び身を乗り出した。
「ああ。だから、相手も可能性が低い方として考えているだろう。故に実行する」
此処で、エスピラは言葉を区切った。
逡巡。迷い。
作戦が漏れる可能性と、あるいは漏れても伝えた方が良いのか。
そして、口が開く。
「ただし、囮だ。本命はトゥンペロイ。アレッシアの当初の目的はトゥンペロイの攻略ならば、これは逃げたことにはならない。相手の動きを封じ、かつ主目的を達成する。
相手の動きを封じるために、戦場を自由に選ばせないために高速機動を行う。そのためにと偽って攻城兵器を置いてきたのだ。最速で取って返し、トゥンペロイを急襲する」
「相手の方が距離的には近いと思います」
ソルプレーサが言った。
直線距離では無い。使える道として、だ。
「ああ。だから、残す部隊はまだ大軍が残っていると誤認させると言う大事な役目がある」
全員の顔が引き締まる。
「私はアルモニア、カウヴァッロ、ジュラメント、ジャンパオロと四千の兵を残そうと思っている。だが、決定事項では無い。迷っている。他に、もっと良い案がある者はいないか?」
アルモニアはまとめ役として。カウヴァッロは撤退上手なのと少数の兵を扱うのが上手いことから。ジュラメントはアルモニアの補佐。そつなくこなせる以上はアルモニアも何でも任せやすいだろう。
ジャンパオロは、申し訳ないが最悪の事態になった時の殿。一門の名誉を回復するためにも死んでくれ、という話になってくる。
「戦場が変わるのであれば、これ以上ない策かと」
イフェメラが最初に同意した。
「向こうは山中を知り尽くしておりますが、こちらは山中の地図は無く案内役にできる現地民の協力もありません。同じく、移動できるならばそれが良策かと」
ソルプレーサが続く。
「物資をまた置いていくことになります。流石に、兵の維持が危険では無いでしょうか」
反対意見はルカッチャーノから。
「商人の流通経路がある。物資なら心配するな。金もまだ蔵がある」
エスピラがそう言えば、ルカッチャーノはそれならばと頷いた。
「真に迫るためにも上流の工事中は兵を多くしておいた方が良いのではないでしょうか」
言ったのはカリトン。
エスピラは、続けてくれと目線をやった。
「相手が気が付くまではこちらも本当に上流の工事をしている必要がありますし、あまりにもあっけなく引くことはできません。私とシニストラ様かソルプレーサ様と言うエスピラ様の腹心を後発部隊として残しておいた方が良いかと思います」
「トゥンペロイの城壁は弱いものではありません。兵力をこれ以上削るべきでは無いのではありませんか?」
言ったのはヴィンド。
エスピラもその点は同意している。
「そのトゥンペロイにアリオバルザネス将軍が来てしまっては元も子もありません。それに、成功確率が低い作戦だとエスピラ様も認識していると相手も思っていれば、さほど激しい戦にはならずに終わるでしょう。すぐに追いつけます」
カリトンが力強く頷いた。
「分かった。任せる。シニストラも、頼んだぞ」
「エスピラ様!」
シニストラが嘆くように吼える。
「誰から見ても私の隣には君が居たのだ。逆もまた然り。シニストラが居れば、相手を欺ける可能性もまた高くなる」
納得はあまりしてくれていないようだが、シニストラも一応は頷いてくれた。
斯くして、作戦は決行される。
工事に取り掛かり始めると同時に、エスピラは本隊七千を率いてトゥンペロイに急行したのだった。




