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私は今日、この日を呪い続ける

 イフェメラ、ジュラメント、ヴィンドのアプローチをかわしつつエスピラにアプローチを仕掛けてくるアグネテを、エスピラは家族の話を常に出して一定の距離を保ちつつ。


 やはりちょっと厳しかったかと思ったのはビュザノンテンに帰って二週間が経過した時だった。葉はすっかりと色づき、朝晩の冷え込みは日に日に厳しさを増していく。


 そんな中届いたのは二通の手紙。

 一つはグライオで、一つはメガロバシラスから。


「どうしてこうも良い報告と悪い報告は重なるのか」


 エスピラは、メガロバシラスからの手紙を机に乱雑に落とすと、そう嘆いた。


「悪い報告だらけにならないだけまだ良いかと」


 ソルプレーサが生真面目に言う。


 エスピラの目の前では、チーズのはちみつ和えにありつけると聞いてやってきたのであろうカウヴァッロがおかわりを所望していた。


「グライオは、なんと?」


 エスピラの近くに控えていたシニストラが聞いてくる。


「メタルポリネイオを含む半島南部の西側諸都市はマールバラに落とされてしまったが、トュレムレは守りきれたそうだ。見張り部隊は本隊が居ないかを確認してから、随時追い払っている、と。とは言え、報告を見る限りエリポスに戻ってくることは厳しそうだ」


 はあ、とエスピラは大きな溜息を吐いた。


 ビュザノンテンの開発はピエトロが上手くやってくれている。そこは問題ないのだが、やはり高いレベルで何でもやってこなせる、任せられる人がいないのは辛い。調整、諜報、戦闘。特化に近い傑出した能力は今の面子にもあるが、全てを、となるとそうはいかないのである。


「いない者を嘆いても仕方がありません」


 ソルプレーサが言う。


「溜め過ぎないようにすぐに本音を溢せるのがここしか無いんだ。見逃してくれ」


 エスピラは鼻から大きく息を吐きながら首を横に動かした。


「メガロバシラスは解放ですか?」


 シニストラが話を変える。


「ああ。メガロバシラス国内に居るアレッシア人奴隷男性八百七名、女性四百十一名に加えて金銀二艘と先の戦いの捕虜全てを交換しようと言ってきたよ」


「応じるのですか?」

「応じるしか無いだろうな」


「何故ですか?」

「破格の条件だからだ。少なくとも、他のエリポス諸都市からしてみればな」


「応じなければ、アレッシアは臆病で卑怯な者だと見限られると言うことですか?」


 シニストラの言葉に、エスピラは頷きで返した。


「アカンティオン同盟なんかは応じたことでそう言う感情を抱くかもしれないがな。全く。先の戦いの成果が全て消えたと言っても過言では無いな」


 完全にエリポスを物にできていれば話は違う。しかし、現実はそうでは無い。


 エスピラは多くのエリポス国家と協力体制を築けてはいるが、それは強固な結びつきでは無いのだ。強固にするようにと力を入れていたカナロイア、ドーリス、ジャンドゥールは問題ないが、全てになど到底手も時間も足りないのである。


「メガロバシラス国内のアレッシア人奴隷は、ほぼ全員が解放されると言っても良いかと思われます」


 ソルプレーサが集めた情報を言ってくれた。


「それは嬉しい限りだな」


 エスピラは、一応、声音に喜色を加えた。


(捕虜を交換して、メガロバシラスが動き出して。いや、後手に回るのは不味いか)


 エスピラとしては極力戦いを避けたいところではあるが、メガロバシラス国内でアリオバルザネスが態勢を整えるのを待つ方が怖い。


 纏まらない思考を一度横に置いて、エスピラはカウヴァッロを眺めた。

 美味しそうにおかわりを食べており、沈んでいた気が少しだけ晴れる。


「クイリッタが、剣術の稽古を嫌がっているそうだ」


 返事は、無い。

 ソルプレーサもシニストラも互いの顔を見合わせたような空気だけが流れてくる。


「自分の身を守るためには是非とも習ってほしいのだが、お得意の駄々をこねていて困っていると。手紙にはきちんとやるようにとは告げたのだがな」

「それは、良きことかと」


 構わず続けたエスピラに、シニストラが返事をくれる。


「私も家族と離れることは嫌なことだ」

「お気持ち、良く分かります」


「それは皆同じだろうか」

「おそらく」


 シニストラがエスピラをひたすら肯定してくれる。


「だが、同時に私は敵の家族を奪わねばならない。そして、驚くほどそのことに躊躇いを覚えないよ。いかなる手段を使っても。それがアレッシアのためになるのなら」


「まさしくアレッシア人の模範かと思います」


 此処でもシニストラが肯定してくれた。


「アリオバルザネスを解放しよう。捕虜交換が決まったことを伝え、それまでの最後の期間は客人としてもてなす」

「エスピラ様の家族自慢の犠牲者が増えますね」


 ソルプレーサが軽口を言った後、かしこまりました、と頭を下げた。

 シニストラが「犠牲者は無いと思います」とソルプレーサに苦言を呈している。


「ジャンドゥールで養っている技術者は、確か超長距離型の投石機の試作型を幾つか作り上げていたな。捕虜交換が終わり次第、あれをトゥンペロイにぶつけてみようか」


 城塞都市トゥンペロイ。

 メガロバシラスが東から南下してくるときに通る都市であり、メガロバシラス側についている都市。近くには隘路も平野もあるため、メガロバシラスも戦場として選びやすい立地だ。そして、戦場として選びやすいと言うことは見捨ててしまえば大きな問題になる土地でもある。


「ビュザノンテンとジャンドゥールは距離がありますので、すぐにでも呼び寄せた方がよろしいかと」


 ソルプレーサがエスピラに提言する。


「いや、捕虜から露見すれば防備を固められてしまう。交換が終わってからの方が良いと思うが」


 エスピラは否定しつつもソルプレーサにどう思うかを視線で再度尋ねた。


「それも一理あるかと。準備だけにしておきましょう」

「ああ。頼む」


 言って、エスピラはメガロバシラスへの返書をまとめた。


 捕虜交換の日時。場所。連れていける軍勢の数。立会人。

 全てを細かく決めつつもほとんどエスピラの希望が通る形で行われたのはそれからほどなくして。


 エスピラは、その完遂を待ってから一気にジャンドゥールから試作機を呼び寄せ、先の戦いに参加した兵を引きつれ約二か月ぶりに再度出陣したのだった。


 目的地はエリポス圏の東端。同じ東端のビュザノンテンから北上した先にあるメガロバシラスとの国境付近。都市国家トゥンペロイ。


 メガロバシラスの帰還を確認し、準備を急ぎ、素早く出発した。

 そのつもりだった。


 しかしながら、道半ばで方向を変えざるを得ない報告がやってくる。


「山を越え、アリオバルザネス率いる軍団がメガロバシラスから南下してきました」


 余りにも速すぎる高速機動の本家の進軍に。

 雪が積もりかねない季節の山越えに。


 マールバラの登山ほど高くは無く、冬でも無く、土地勘もある場所ではあるが完全に想定外の山越えに。


 エスピラは捕虜から露見することを恐れてジャンドゥールから試作機を動かさなかった自分の決断を呪ったのだった。


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