九番目の月の十七日 日付の変わる頃
一人と見せかけて一人じゃないと言うのは既に見ている。
エスピラは残りも居ることを考え、足音を立てながら家に向かった。
道中は何も無く、動くモノの気配は無かったが、家は明かりが零れている。既に大分遅い時間なのに、明かりがある。
自分が暗殺者なら明かりをつけるか。
否。
暗殺の時、暗ければ先に目を慣らしてエスピラは殺してきた。基本はオーラをゆっくり流し込んでの殺害だが、剣でやったこともある。アレッシア人にとっては不名誉な敵の排除方法であるため選択することは少ないが、殺害現場に明かりは要らない。
別の場所、とも考えたがエスピラはエスピラとしては早足で、傍から見れば明らかに走って家に向かった。勢いそのままに家の扉を開ける。
鼻についたのは心をかき乱すメルアの匂い。
視界の隅で存在を訴えるのは新たな死体。腐ってはいない。新鮮だ。動き出しかねないほどに肌は綺麗だが、苦しんだ後が爪の先や眼球、口元に残っている。
次いでやってきたのは紫。
エスピラは緑のオーラでそれをかき消した。
オーラの霧の先には、一瞬だけ目を見開いて、次に不機嫌な顔を作ったメルアが居る。
羽織っている厚い布は、羽毛を絹の布で包み込んだ物だ。エスピラが三年前にメルアに買った物だからこそよく覚えている。指先には短剣。音を立てないように置いたつもりだろうが、エスピラが戦った三人に比べれば随分と稚拙な隠蔽である。
「遅い」
エスピラが何かを言う前にメルアが地を這うような声を出した。
「帰ってくるならそう言いなさいよ。そしたら今日ぐらいは男を呼ぶのを控えたかも知れなかったのに」
嘘だ。
流石に、エスピラだって確信が持てる。
結婚してからこの一年、処理してきた男たちは肌状態が綺麗で外傷はほとんど無かった。メルアも薄着で、短剣を持ってはいない。
だから今回は呼んだわけでは無く、偶然。様子からも怖がっていたのだろうと予想がつく。
「ねえ。何も言わずに帰ってくるのは帰ってくるので迷惑なんだけど?」
では、綺麗な男たちは?
情事の後に殺したのか? 油断した隙に? だから綺麗なのか。その嫌な考えが、当たるのか?
エスピラの奥歯が音を鳴らす。
鋭い目つきは、これまでの男を代表して死体の男へ。剣よりも鋭く刺すように。
「聞いてるの? ああ。巫女と懇ろだから私のことなんてどうでも良いと。お父様に言いつけようかしら」
「黙れ」
口は悪いが、父親にたかればもっとの質の良い最新の防寒具さえ手に入れられるのに、エスピラがプレゼントをしたものを使っている。
そのことによる愛おしさと、それでも男を呼ぶ浅ましさへの怒りと。
「あら。妻に『黙れ』は無いんじゃない?」
今だって、エスピラは罷免の危険どころかアレッシアを捨てる覚悟までして、父祖が家を傾けてまで守ったモノを捨てる決断を一瞬でしてまでここに駆け付けたのである。誇りも名誉も名声も、自分の命も。おおよそ、自分の大事なモノの乗った天秤はメルア一人に勝てなかったのである。
「無視? 言うことに事欠いてそれ?」
それなのに、他の男が触れる? メルアに。
楽しむのか?
幼いころから一緒で、いつから恋心を抱いたかもわからない相手を?
母はすぐに死に、父からは引き離され。間違いなく自分が一番愛情を注いでいると断言できる相手を。ぽっと出の者たちが。奪う?
「ねえ。何とか言ったら」
そんなこと許せるはずが無い。
自分だけが我慢を強いられて、甘い蜜を他の者がすすることなど許せることでは無い。
そんな者たちがアレッシアを、父祖が守った地を我が物顔で歩くことすら許せない。
いや、アレッシアよりも。
「エスピラ。聞いてる?」
続きそうだった言葉を、エスピラは強引に口づけて封じ込めた。
口腔を文字通り蹂躙して、羽毛の布を剥ぎ取る。その下の服も、そう言えば見覚えがある。選んだ覚えがある。
(ああ)
一日に三戦。途中は必死の思いで贖罪をし、一度は全てを捨てる決断をしていた。
今のエスピラの思考は完全に常のソレではない。文字通り、常軌を逸していた。
「聞くつもりは無い」
エスピラはメルアの膝下に手を回し、持ち上げた。
どんどんと足音を立て、大股でメルアの寝室に運び、放り投げるようにベッドにメルアを置く。
メルアが抗議の声を上げる前に左手で髪の下から首を押さえ、首筋を露出させて噛みついた。右手は押さえつけた状態でも剥ぎ取れる場所から布をはいでいく。
「良いな?」
歯形がくっきりとついた白い首筋をひっくり返せば、メルアが頬を紅潮させ、艶やかに挑発的に笑い返してきていた。




