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嫌な勝利。良い敗北。

 剣を手にかけ、エスピラは前を見る。


「フィルム。剣で殺すのも投石機で殺すのも同じだ。壁を壊したついでに人が死ぬのも、直接狙うのも同じだ。殺し方にこだわるのなら、別のところを紹介する」


 それだけ言って、完全にフィルムを意識の外に追いやった。


 オーラは、誰が? という声も聞こえてくる。それだけの広範囲をどうやって示すのか。敵に届かせるのか。

 そう言った質問も、フィルムではなくステッラやファリチェなどから聞こえて来た。


 エスピラは答えない。

 手段は、一つ。

 躊躇うのはただただ愛妻のことを思うが故に。


(露見、した、ところで)


 今のアレッシアが、エスピラを排除することはしないだろう。


 必要なはずだ。エスピラの力が。判断が。アレッシア人らしからぬこともアレッシア人にとって避けたいことも厭わない性格が。


 そして、エスピラがメルアを大事にしていることも分かるはず。


『東方世界に強大な帝国を築き上げれば良いのです』と、ズィミナソフィア四世の声がエスピラの脳内でささやき始める。


「黙れ」


 私はウェラテヌスだ。アレッシアを守るべき建国五門が一つ。その誇りだけは失わない。誇りに殉じて来た一門の、当主だ。と。


 ならば、今、やるべきことはただ一つ。

 アレッシアを勝たせるために。勝つために。


 アリオバルザネスだけは亡き者に。


「問題は、何一つ無い」


 エスピラは大地を揺らすほどに低い声で言うと、力をみなぎらせた。

 が、それも一時的なモノ。


 エスピラは力を抜くと、大きく一息ついた。


「再現している途中の投石具を使う。ファリチェ。持ってきていたな」


 この投石具は、マールバラの投石兵が持つ道具である。


「はい」


 ファリチェが五つほど、と続けた。


「石にオーラを纏わせた後、敵軍の奥に投げ込め。乱雑にで良い。狙ったところに正確に投石機の攻撃を当てるには時間が足りないからな」


 言って、エスピラは投石具と投石に使えそうなものを配らせた。同時に、押し込むための突撃を前方にさせる。少しして撤退。メガロバシラスは隊列を再び整えていた。その隙に、第一陣の投げ込み。


 メガロバシラス軍の動きが僅かに止まった。

 アレッシア軍の怪我人の撤退も完了する。


「標的が、見えたな」


 エスピラが呟いた。


 少し遅れて、一部のメガロバシラス兵が剣を抜いてアレッシア側を見て来た。

 ただし、移動は足並みを揃えて。そこは違えない。孤立はしない。集団戦闘を磨いてきたアレッシアに単独で挑まないようにと言う徹底があるのだろう。


 だからこそ、エスピラらも相手にあわせて距離を取れる。


 そうしている間に、飛来物が降り注いだ。


 狙いは粗い。

 光る石の近くに落ちるのもあれば、少し離れて落ちるのもある。ただ、光る石の出所の方へは行かないようにメガロバシラス軍の後方を何度か巨石が襲った。


 悲鳴と呻き。

 荒げられる声とそれでも乱れ切らない足並み。


 少し遅れて、街に向けられるべき攻撃が一度止んだ。

「かかれ!」という叫び声が聞こえた気がした。


 メガロバシラス兵が駆けだした。


「前列、亀甲隊形。後列は槍でも石でも投げろ」


 投石用の石を集めさせるのも忘れずに。


 前列の者が盾による甲羅を完成させた。メガロバシラス兵の突撃に合わせ、エスピラが指示を出して不意に前進させる。盾による激突。敵兵を少し後退させ、後列から投げ槍用では無い槍や石による攻撃。体重の軽い者が盾の上に乗り、一撃を加える。亀甲隊形で道を作り、撤退。その間に側面から白と赤のオーラがメガロバシラス軍に突っ込んだ。


 今度はある程度オーラが散見して見える。そこにいる、という合図だろう。

 エスピラはそれを認めると、再び投石を開始させた。


 完全に味方の居ないところに五つの小さな光が飛んでいく。

 遅れて、大地の揺れ。投石機の第二撃。


 大きな音の後、鬨の声。


 赤のオーラが砦の方から幾つも出てきて、突撃を開始した。

 推定できる数だけでも五千ほどが全方向からメガロバシラス軍に襲い掛かっている。


 エスピラは機を見計らって、撤退の合図を出した。

 オーラが離れる。そこに、再び光を浸透させた。


 最早言うまでもない。投石機による、第三撃だ。


 味方に当たる危険はこれまで以上に高かったが、味方の損耗を防ぐにはやるしかない。

 投石が終わる頃には、ちらほらと盾を投げる者も現れ始めた。


 エスピラが突撃の合図を出し、投石機の準備が整うだけの時間を図ってからまた撤退の合図を出す。食いつく敵は亀甲隊形で押しとどめ、再びの歩兵による投石。


 メガロバシラス軍の中から白い光が立ち上がった。

 しかし、何もなくすぐに白いオーラも消える。メガロバシラス軍の鳴り物が鳴り、鬼気迫る表情で食らいついてきていたメガロバシラス兵が数歩引いた。その者らも、盾を捨てる。


 エスピラも、第四撃の合図は出さなかった。


(アリオバルザネスは、やったか?)


 やっていなければ、投石機をぶつけさせた意味は無い。不評を買うだけ。

 エスピラは闇を睨みながら、剣を鞘に戻した。


 松明を持った者達がエスピラの横に並び、正面、メガロバシラス側へ向けて道を作る。


 その中を歩いてくるのは、数多の傷がついた立派な鎧を着た男性。四十代後半か、五十代か。耳の下から頬の下を通り、顎や鼻の下全てを立派な黒ひげが隠している。ただし、毛の長さは長くは無い。眉は太い方でありながら、それなりに整えられていて、目は夜にも関わらず爛々と輝いているようであった。


 その覇気に満ちた、堂々とした姿に、エスピラは作戦が失敗したことを悟った。悟らざるを得なかった。


 あれが、アリオバルザネスだと。言葉を交わす前に分かってしまった。


 本音を言えばこのまま攻めてしまいたい。首を取り、そして他の者には一気にメガロバシラスを追いかけろ、と。王の首を取れ、と。


 だが、できない。


 エリポス圏の他の国家が黙っていないからだ。

 仮に大勝利を修めたならば、余計にうるさくなる。


 そのことも理解して、ゆっくりとアリオバルザネスは歩いているのだろう。

 主君を遠くに逃がすために。確実に自分の役目を果たすために。


 アレッシア兵の何割かが鼻筋を引くつかせ、態度を悪くする中、アリオバルザネスがついに松明の道に入った。


 堪能するように歩き、エスピラの方へと近づいてくる。


 またしても時間をかけてエスピラの前に到達すると、男が大仰に背中のマントを後ろに、空気を入れるようにして広げた。そのまま、またしてもゆっくりと片膝を着いて頭を垂れる。


「エスピラ・ウェラテヌス様とお見受けいたします」


「如何にも」

 エスピラは、苛立ちを隠してどっしりとした声で答えた。


「私は王の忠実な臣下にしてメガロバシラスの将軍、アリオバルザネスと申します。王の民を預かる身として、これ以上の犠牲を出すべきでは無いと判断し、恥を忍んで命乞いに参りました」


 味方になるつもりはない、という話だ。


「許さん。と、言ったらどうする?」

「エスピラ様の狭量をあざ笑い、自らの手で首を刎ねてごらんにいれます」


 迷いなくアリオバルザネスが返してくる。


「見事な覚悟だ。その気持ちに免じ、投降、いや、助命嘆願を受け入れよう」

「ありがたき幸せ」


 アリオバルザネスが、再度頭を下げた。

 鷹揚に頷いた後、エスピラはアリオバルザネスを下げさせる。



 メガロバシラス脱出戦。

 この戦いにおいて、メガロバシラスはイフェメラの襲撃をも受けて最終的な被害は二千を超えた。物資の多くも置いていかざるを得なかった。


 此処だけ切り取れば、メガロバシラスの大敗北だと言えよう。


 しかし、エスピラとしては目標としていた者の首は取れず。

 イフェメラも、先に逃げる者、立派な一団を見逃した後に襲撃する手法を取って被害を大きくはさせたが、それは即ち王の傍に居るであろう宰相のメンアートルを絶対に見逃す作戦を選んだと言うことだ。


 多くの者に作戦を伝えると漏れる危険性がある。

 エスピラは、それでも作戦を伝え続けてきたが、今回は最も大事な目標を共有することが出来なかった。


 それが、あらゆる手札を切ってまでも目的を達成できなかったことに繋がったのである。

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