結論の同じ、異なる二人
「師匠! 今夜、もう一度攻撃があると思います!」
叫びながら本陣に入ってきたのはイフェメラ。少し離れて、ヴィンド・ニベヌレスも入ってくる。
「何故そう思った?」
エスピラは手紙を書いていた手を止め、イフェメラを見た。
横では今日の会戦の被害状況をまとめていたソルプレーサも動きを止めている。
「私がメガロバシラスの立場だった場合、脱出するなら今夜だと思うからです。普通の人ならば戦闘のあった今夜は警戒しません。故に、奇襲の好機となるわけですが、師匠であればそのことを知っている。だから、普通の敵なら今夜は動かない。
しかし、メガロバシラスの動きは既に変わってきております。
ですので、師匠が今夜は動かないと考えると考え、本陣から遠い所を襲撃して撤退する。
私ならそうします」
奇襲とは、どちらが表でどちらが裏かを想像することである。
この場合、普通の人ならば夜の襲撃が奇襲。
少しかじったことのある人ならば夜の襲撃は普通の攻撃。
エスピラが相手を評価して、後者を採用すれば再び夜の襲撃が奇襲となる。
「ヴィンドも、同じ意見か?」
エスピラは鼻息を荒くしているイフェメラの横を見た。
どことなく亡きメントレーの面影を残しているような、イフェメラの一つ上の若者だ。
「いえ。私の場合は、どちらを取るのかを考え続けると頭が熱を上げてしまいますので別の視点からの意見になってしまいます」
要するに、結論は同じなのだろう。
「構わないよ。聞かせてくれないか?」
エスピラは優しい声で続きを促した。
「はい」
ヴィンドが深く頭を下げてから、一歩前に出た。
「メガロバシラスの今回の遠征の目的は味方を増やすこと、作ることでした。おそらく、最低でもビュザノンテンよりもメガロバシラスに近い都市には影響力を残したいでしょう。そうなると、今日の戦いを点で終わらせてしまえば悪影響しか残りません。
ですが、今日の戦いが作戦の一つだと認識させられれば話は変わります。
アレッシアに敢えて負けることで油断を誘い、完璧な囲いから脱出する。
メガロバシラスの負けはほぼ確定なのです。この認識は変えようが無いでしょう。
しかし、アレッシアの弱点も露呈させれば話は変わります。油断と、兵数の少なさ。つまり、今夜と言う油断に付け込み、本陣から遠めのところ、兵数的に守りが少ない所をついて逃げる。
メガロバシラスにもオーラ使いは少数ですがおります。時間をかければ突破して逃げることも可能でしょう。何より、先の戦いでメガロバシラス兵は生きるのに対して必死さが出てくる可能性もあります。本陣への攻撃は、確かに勝利を修める可能性も高いですが、リスクが大きすぎます。夜陰に乗じる脱走兵が多くなるかも知れません。
そのように考えた結果、メガロバシラスは味方を増やすためにも今夜、敗戦を隠すために脱出を図るものだと思いました。
私にメガロバシラスの王の性格は分かりません。ですが、エスピラ様が『次の戦い』までは王が自ら指揮を執ると予想していたと聞いております。その予想を裏切るような動きがあった場合、つまりは王が納得した場合。王の自尊心を満たせる何か、勝利を望めるような何かを代わりに提案しているのではないかと思いました」
なるほど。ヴィンドの言うことは、筋が通っている。
「メガロバシラスに限らず、エリポス圏の国家は基本的にはアレッシアのように平民と貴族が同じ卓を囲うことは無い。ただの貴族ならあり得ないわけでは無いが、王族となると限りなく低いと言えるだろうな。
その中でアリオバルザネスは軍事功績のみでのし上がったような男だ。妻は貴族だが、有力貴族とは言えず、基盤としても弱い。仲間は軍団の者であるため、政権内部にも完全な味方は少ない人だ。
イフェメラ。イロリウスの歴史も、似ていたな。結婚によって有力な家系と結びつくわけでは無く、戦の才で新貴族まで成り上がった。
例えば、イロリウスの父祖が今の状態のメガロバシラスに居たとしても今夜脱出するか?」
エスピラは会話の前にヴィンドに尤もだ、という表情を向けてからイフェメラに言葉を投げかけた。
イフェメラが頷く。
「アレッシア軍団の建築能力が優れていることは理解できるはずです。そうなれば、一刻も早く脱出しなければならないとは常々思っていたかと。それが出来なかったのは、くだらないプライドだと思います」
「誇りで死ねば愚か者ですが、誇りなく死ねば獣と同じ。イフェメラ様。戦場以外でも功を挙げようと思えば気を付けるべきだと思います」
イフェメラに強い声音でぶつけた後、失礼いたしました、とヴィンドがエスピラに小さく謝った。
「自身を死に追いやるようなプライドを果たして持つのは賢い行いなのか?」
しかし、イフェメラの口は止まらない。
よりによってそれをウェラテヌスの前で言うか、と思いつつも、エスピラは両者に右手のひらを向けた。
閉じながら、横にずらす。
「暑い中一月以上も滞陣して気が立っているのは分かる。だが、今は味方同士だ。その憤りは、是非ともメガロバシラスにぶつけてくれ」
「かしこまりました」
「はい」
二人が返事をして、横に並ぶ。
「さて。夜陰に乗じて逃げる、というのはドーリスを味方につけるのを諦めた、と見て良いだろうな。そうなればこちらの作戦の幅も再び広がる。
それを踏まえてだが、本陣の警戒はあげない。私が指示した通りにする」
二人の顔が同じタイミングで動いた。
目が大きくなっているのも同じ。
「早まるな。今度こそ動いて欲しいからこそ、最初に私が考えていた通りの動きに偽装するのだ。配置換えもしない。だが、イフェメラとヴィンドにはいつでも移動できる体制をすぐにでも整えてほしい。グライオの監督していた部隊もこっそりと移動させよう。
あくまでも、こちらの被害を少なくしたうえで妨害してくれ。無理に留めなくても良い」
「かしこまりました」
ヴィンドだけが頭を下げる。
イフェメラは、少し身を乗り出して。
「師匠。できれば、スコルピオを持って行ってもよろしいでしょうか」
「エスピラ様の守りを薄くするつもりか」
すぐに反応したのはヴィンド。
イフェメラはヴィンドを一顧だにしない。
「奪われないと約束できるなら構わないよ。攻城兵器も自由に使うと良い」
「ありがとうございます!」
イフェメラが頭を下げる。
ヴィンドは、何も言わなかった。
「静かに襲撃に備えるとなると時間が無いだろう。軍団の配置の変更は任せる。だが、くれぐれも越権行為だけはするなよ。他隊の力を借りるのであれば、それはその隊の監督者に許可を貰え。良いな?」
「はい! 必ずや、師匠にお休みをプレゼントいたします!」
返事をして、ありがとうございます、とイフェメラが天幕を出て行った。
ヴィンドもイフェメラを見送る。
「イフェメラ様ではありませんが、もし、今夜の警戒を薄めることがエスピラ様の休みをとることであるのであれば、そうしていただいた方がよろしいとも愚考致します。その、私が訪ねた時に家族からの手紙を読んでいる時に遭遇したことはあっても休んでいたところに会ったことはございませんから」
言い終えると、名門らしい丁寧な所作でヴィンドが頭を下げた。
そのまま外に出て行く。
「ソルプレーサ。念のため、命令の周知と手配を頼む。それから、シニストラとカウヴァッロを呼んでくれ」
ふう、と息を吐きながらエスピラはソルプレーサに顔を向けた。
ソルプレーサが慇懃に頭を下げる。
「アリオバルザネスだけは必ず殺せ、とのお達しでしたら、私から伝えましょうか?」
「気持ちはありがたいが、他にも伝えることはある」
「おー、それは」
少しふざけた調子で首を曲げながらソルプレーサが頭を上げた。
「エスピラ様は寝なくて良い、なんて噂がこれ以上広がる前に休む姿勢を見せるのも大事だとは思いますがねえ」
「善処しよう」
眉を下げながら、エスピラはそう返した。




