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廃墟の王から遺跡の王へ

「では、如何されるおつもりで?」


 聞いてきたのはソルプレーサ。


「少し賭けに出るつもりだ」


 言いながら、エスピラは再びシジェロの作ったカレンダーに目を落とした。

 暑い盛りが終わり、そろそろ戦闘の再開も見えてくる時季。にもかかわらず、運勢は向上しないらしい。


「賭けに」


 ソルプレーサが噛み締めるように言う。


「攻撃を誘い込む。後は、処女神とフォチューナ神の加護を信じるのみだ」


 そのために使者に陣内をほとんど隠さずにおいているのだ。

 兵が少ないことを話してもらわないと困る。


「囮陣地を建設していたおかげで砦はほとんど完成しておりますが、まだ道路上の工事は進んでおりません。攻城兵器を使われでもすればすぐに壊れてしまうと思います」


 シニストラが声を落としながら言った。


「機動速度を上げるために攻城兵器は持ってきていないそうだ。まあ、こちらも露見しないことを第一にし過ぎたせいで背面の隘路以外の封鎖に思ったよりも時間がかかってしまっているのだが、攻めてくるとすれば本陣になるだろうよ」


「何故ですか?」


「意地だ。どのみち、メガロバシラスは夏場が過ぎて食糧が無くなる前に、そして冬になる前に本国に帰らなければならない。ならば、背を向けて逃げるよりも本陣を突破した方が力を見せられる。

 兵数が少ない上にせっかく作った砦の内側に居るのだから、合理的でもあるだろう? 攻城兵器も周囲に配って本陣には少ないしな」


「兵を戻しますか?」


「いや。迎え撃つ準備自体は整っている」


 言って、エスピラは耳を澄ました。

 聞き耳を立てているような輩は、おそらくいない。


「グライオの率いていた部隊を前面に配置し、奥に誘い込んだメガロバシラス兵を歩兵第三列と精兵騎兵、精鋭軽装歩兵で殲滅する。もちろん、スコルピオも使うし、必要となれば投石機も使っても構わない」


「敵重装歩兵を千ほどの兵で止められるとは思えません。危険すぎます」


「おそらくだけどね、シニストラ。スコルピオが本陣にあるのならば、重装歩兵をいきなりは突撃させて来ないよ。

 伝統的な槌と鉄床戦術は精鋭騎兵と精鋭軽装歩兵を使用して敵の一翼を破壊し、鉄床となる重装歩兵で挟むことを目的としている。だが、スコルピオがある以上は重装歩兵が崩壊しかねない。鉄床が壊れかねないのだ。しかも、メガロバシラスは重装歩兵を大事にし過ぎている。

 かなりの確率で騎兵と軽装歩兵の突撃から始まるはずだ」


 この部分に賭けが多分に入るのだがな、とエスピラは最後を苦笑いで締めた。


「ですが」

「シニストラ。私は君を信用している。君への信用は誰と比べても上回ることは無い。その君に背中を預けるのだ。運要素は、敵の突撃部隊の一点に限られているよ」


「エスピラ様。それはよろしくない丸め込み方かと」


 納得しかけているシニストラを横目にソルプレーサが呟く。

 納得しかけていたシニストラは、表情を硬いモノに戻すと、いや、と小さく首を振って納得した顔にまた変えていた。


「ディラドグマで最前線を張った兵。シニストラやソルプレーサ、そしてタイリー様も重用した百人隊長たちと最精鋭に仕上げた歩兵第三列。それにスコルピオ。


 此処を突破するなら全軍を以って突撃を仕掛けるか、少数でかく乱するしかない。そうしないと持ちこたえられている間に囲まれてしまうからな。


 だが、全軍突撃するような根性があるのなら、もっと前にしている。囲まれることは分かっていたのだから、ちまちまと決断を先延ばしにせずさっさと突破に向けて動いていたはずだ」


 もちろん、配下がやっと説得に成功して全軍突撃をかけてくる可能性も無いわけじゃない。

 だが、例えそうなっても持ちこたえることはできる。


 歩兵第三列は本来ならば最終手段なのだ。


 持ちこたえている間に外に配置しているカリトンやイフェメラが駆けつけてくる可能性は高い。彼らに少し遅れるだろうが、ヴィンドやルカッチャーノやジュラメントも動くだろう。


 そうなれば、硬い陣地を使いながらの包囲の形を取れる。


 そのことを考えれば、進言できるのかどうか。自分の意見を押し切れるのか。


 エスピラなら、タイリーやペッレグリーノと言った者が上ならば意見を熱烈に押すこともできるが、グエッラやバッタリーセならば不可能だ。死者を酷評することに抵抗はあるが、特にバッタリーセのような一つの功績をいつまでも誇るような輩に厳しい判断が下せるとは思っていない。


 メガロバシラスと言う遺構に縋る今の王も、似たような者だろう。


(遺構は失礼か)


 思いながらも、エスピラは葦ペンを手に取った。


 目の前には表面を削ってまた書けるような状態にした羊皮紙。使うこと自体は普通だが、目上の者には使わないのもまた常識である。


「遺跡の王へ。廃墟の王から」


 エリポス語で呟き、綴る。


「宰相様ならば先々を見据え、賢明な判断が下せるものだと信じております。あそこまで遅きに失した講和条件。それは王への説得が遅れたが故の事故。次は、そのようなことがございませんよう、重ねてお願い申し上げます」


 口角を緩めて、すらすらとエスピラは書き連ねた。


「少々危険な入りでは?」


 ソルプレーサが言う。


「誰が遺跡の王で、誰が廃墟の王かなど言っていない。同一人物かもしれないし、宰相のことが入っているかも知れない。どうとでもするさ」


「戦後を考えた時、必ずや政敵に突っ込まれます」


「カウンターにもなる。もしかすると相手の政治生命を絶つことすら可能な、ね」

「エスピラ様はアレッシアを割りたくないはずでは?」


 聞いてきたのはシニストラ。

 エスピラはソルプレーサから目を外し、シニストラを見た。


「私も割らないように努力する。割りたくないからな。国が割れて利するのは敵だけだ。だが、人間である以上は私のことを嫌ってくる者もいる。


 例えば、だ。この『王』について突っ込んでくるとなると、明確に私を排除したい意思があると言うことになる。少し考えれば理由は分かるはずで、私に説明させれば良いだけの話だからな。それでも、となった者は、残念ながら芽を摘まねばならない。


 その者の勢力が大きくなる前に。あるいは削減した後で。国の方針に影響を与えないようにさっぱりと。一瞬で片を付ける。そのための指標の一つさ」


「ですが、このまま功績を積み上げることで言えば、エスピラ様、ペッレグリーノ様、タヴォラド様、マルテレス様、サジェッツァ様あたりが次の主導権を握っていくことになるのではないですか? 

 そうなった場合、エスピラ様はサジェッツァ様とマルテレス様とは親友であり、ペッレグリーノ様は弟子の親。タヴォラド様は義兄です。激しい争いになるような政敵などいないように思えます」


 シニストラが言う。


「私が仲が良いからと言って、ソルプレーサやシニストラがサジェッツァやマルテレス、あるいはその下で働いている者と仲が良いのか? 義兄で言えばティミド様もそうだったが、私との仲は良いとは言い切れない。


 そう言うことだ。


 残念だが、私を慕ってくれる者を制御しながら、慕ってくれている者が別の誰かと争わないように気を遣い続けていれば完全に争いが消えるわけでは無いさ」


 エスピラは溜息と共に返した。

 シニストラの眉が少し寄る。


「グライオを重用していたのは、そう言った自己主張がほとんど無いから、ですか?」


 そして、いつもより低めの声で。


「純粋な実力の評価だ。争いを避ける気持ちが先行するあまり、国のためにならないことはしたくない」


 エスピラはさらっと受け流し、奴隷を呼び入れる。

 手紙を渡して、使者への言伝を頼んだ。


「シニストラ。それと、ソルプレーサも。私は何でも叶えられるわけでは無いが、出来得る限り君たちの望みはかなえてあげたいと思っている。この話を聞いたからと言って変な気は遣わないでくれ。国のためになることをすると言う点において、恐らく戦後に権力を握る者もその者を支える者も道を違えたりはしないさ。良くない例を見たばかりだからね」


 そう言って、エスピラは今日の話を締めたのだった。


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