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望むところ、か

「そちらの言いたいことも理解している」


 メンアートルがエスピラが置いたコップを睨んでから言った。


「流石は宰相様。話が早い」


 何故エスピラが『カリヨ・ウェラテヌス・ティベリの訴追状』の中身を語ったのか。

 エリポス人ならばその意図に気が付くとは思っていたが。


「メガロバシラス国内の全アレッシア人奴隷の解放と引き換えにアレッシア軍はカルフィルン、アブライカ、デラノールズからの撤退を完遂させる、と言うので良いな?」


「それは私たちがその三都市を落とす前の条件でしょう。話になりませんよ」


「国民を見捨てるのか?」


「ほっとしたのはそちらでしょう。流石に、奴隷を全員解放すれば国は立ち行かなくなりますから」


 ばちり、と視線がぶつかった後、如何にも身を乗り出すためのようなしぐさでメンアートルが自身のコップをエスピラ側に寄せて来た。


「汚名は全てセルクラウスが背負うと? いつまでウェラテヌスとの蜜月が続くと思っているのか、お聞かせ願えますかね?」

「蜜月などとうに終焉しております」


 指で机を叩くかのような一拍が開く。


「それは大変だ。婚姻関係を結びなおす必要があるでしょう」


 セルクラウスだけでなく、機能しないティバリウスのことも、ビュザノンテンのアグネテのことも言っているのだろう。


「女性に従軍義務が無いのは出産があるから。妻は、私の子を七人も産んでくれております。これは七度の従軍と同じこと。あるいはそれ以上。しかも、子は皆すくすくと育っている。凱旋行進を打診された私よりもよほど妻の方が功績があります。何故手放すことがありましょうか」


 ティバリウスの言質も、まだ利用価値があるアグネテに関する言質もとらせず。

 エスピラは、笑みを貼り付けて返した。


「ああ。従軍と言ってもエリポスのモノとは違います。アレッシアは、文字通り命懸けですから。戦場で兵一人一人の降参の合図があるわけではありません。もちろん、それはハフモニも同じでしょう。マルハイマナも東方ではそうだと伺っております」


 そう、笑顔で続けて。


「メガロバシラスだけではなく、他のエリポス諸都市も侮辱しておいでか?」

「侮辱に捉えられるようなことが何かございましたでしょうか?」


 メンアートルの唸るような声にもエスピラは笑顔で応対した。


「この交渉を何だと心得ている」

「まとまらなくて困るのはそちらだと心得ております。アレッシアは幾らでも付き合いますよ。此処で冬を迎えても構いません。日を、改めましょうか?」


 あたかも終わりかのようにエスピラは姿勢を僅かに後ろに倒した。


「そう致しましょう」


 エスピラの挑発に乗らず、メンアートルが先に席を立つ。


「お見送りは?」


 エスピラも言いながら席を立った。

 人に聞いておきながら、コップに入っている酒を飲み干す姿を見せつける。


「では、豪華なモノでお願いいたします」


 堂々と言って、メンアートルが笑みを見せて来た。

 コップに口を着けたままエスピラはメンアートルに目を向け、もう一度飲み干す動作をしてから机の上に戻す。


「カウヴァッロ。精鋭騎兵五十を並べろ。それから、ステッラにも自慢の盾を持って一個大隊を陣の外まで通路を作るように並べさせてくれ。その間を、メンアートル様がお通りになる」


「かしこまりました」


 カウヴァッロが代表で答え、伝令が流麗な動作で天幕から出る。

 出てからは駆け足の音。おそらく、走っているのだろう。


「外は暑いですから。少々お待ちください。もちろん、見ても構いませんがね」

「気温はさして変わりませんから。優秀なアレッシア軍団を見学させていただきます」

「どうぞ」


 互いに心底では無い笑みのまま会話をし、エスピラが道を開けた。


 メンアートルが先に外に出る。続いてエスピラ。エスピラの前に出ようとしたメガロバシラスの者はシニストラと肩がぶつかり、後ろへ。エスピラの次に出たのはシニストラ、そしてソルプレーサ。それから出ようとしていたメガロバシラスの者。


「暑い中、兵たちも大変ですな。訓練は常通りに行っているのですか?」


 メンアートルが日差しを嫌うかのように顔をゆがめ、聞いてきた。


「手を抜く必要がございましょうか?」


 エスピラは笑みを貼り付けた能面のまま答える。


「それはそれは。兵たちも大変でしょうが、エスピラ様もさぞかし大変でしょう」


 好々爺ばりにメンアートルが笑った。


「私などはむしろ文字の書きすぎで手が疲れそうですよ」


 エスピラはメンアートルの雰囲気に合わせる。


「それに、アレッシアは食料補給が間に合っておりますから」

「気遣ってくださっているのであれば、日時を決めて決戦を行ってくれても良いのですよ」

「お戯れを」


 そして、会話の間にも兵の整列が終わった。


「どうぞ」


 素早い整列にもメンアートルは何も言ってこず。

 エスピラの声に従って歩き始めるだけ。


 微動だにせず、馬すら鳴かない中を粛々と。変わらぬ太陽が落とさせる汗の音すら聞き取れるのではないかという静けさの中で、土の音だけが一定間隔で鳴り続ける。


 その先にメンアートルが乗ってきた馬と馬に乗るための台を持っている奴隷。目標に近づいても速度は一切変わらずメンアートルが近づき、馬に乗った。

 見目の良さにこだわった、脚の細いあまり丈夫ではなさそうなエリポス特有の馬である。


「では、これにて」


「またいつでもおいでください」


 頭は下げない。むしろ顎、首を見せるように。


 メンアートルも馬の上から見てきたが、ついぞ何も言わずに自陣に戻って行った。


「交渉になっていないように思えましたが、何か、手ごたえはあったのですか?」


 陣に戻りながらシニストラが聞いてきた。

 同じく交渉を聞いていたルカッチャーノやカウヴァッロも声が届く範囲に居るようである。


「長期戦はメガロバシラスも望むところらしい」


「はあ」


「つまり、マルハイマナをすぐさま動かすことはメガロバシラスには出来なかった、ということだ。小国家群を相変わらず味方につけていくか、あるいは時間をかけてマルハイマナを味方につけるか。それは分からないけどね」


 天幕をめくり、奴隷を追い出す。

 中に残るのはエスピラ、シニストラ、ソルプレーサ、カウヴァッロ、ルカッチャーノ、そしてファリチェ、フィルム。


「どうされますか?」


「オリュンドロス島を始めとする、昨年アレッシアが踏みつぶした島々をマフソレイオの休憩基地にしてもらおう。もちろん、臨時の時で構わない。それから、金を払ってマフソレイオから人を借りよう。ビュザノンテンの完成を急ぐ」


「マルハイマナへの圧力でしょうか? 逆に、暴発しませんか?」


 ルカッチャーノが言った。


「送り込んだエリポス人奴隷を使った植民都市の建設。それに対する現地部族の反発。反乱の用意。大規模攻勢に打って出る可能性が無くなるわけでは無いが、まだ時期じゃないと判断する可能性の方が高いだろうが……」


 言いながら、エスピラは目をフィルム・タンブラに向けた。

 マルハイマナの言葉を学んでいる最中で、前回の交渉の場にも居た人物である。


「フィルム。クリマティンシスモズのジャラスは覚えているか?」

「はい!」


 フィルムが立ち上がりながら元気よく返事をした。


「あのレベルなら格も釣り合う。何より、向こうがアレッシアとの交渉相手に示してきたのだ。行って、確認だけしてきてくれ。エレンホイネス陛下までたどり着く必要はない」

「かしこまりました」


 フィルムが頭を下げる。


「あと、すぐにすべきことはメガロバシラスが『一撃を加えたうえで』交渉という方針に決めた時、か。

 よし。スコルピオを五台退き上げさせよう。逆に、本陣は歩兵第三列とグライオの率いていた大隊、それからカウヴァッロに騎兵と軽装歩兵の一部を預けた五百。これだけにする」


「挑発ですか?」

 とルカッチャーノ。


「ああ。相手の最大点を打ち破らないと力を見せつける意味合いは小さくなるし、本陣に背を向ければ逃げるのと同じだからな」


「乗りますか?」


「さあな。だが、長期戦になると踏んで砦の完成に力を入れ始めた、と捉えてもおかしくは無い行動だろう?」


 言って、エスピラはフィルムに近くに来るように言った。

 幾つか伝え、奴隷にも紙を持ってきてもらってマルハイマナへの手紙を書く。


 その間にソルプレーサが伝令の多くを呼び集め、作戦の変更が伝わって行った。


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