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九番目の月の十七日 暗闇の中

 素早く音の方を向くと同時に剣を抜く。硬質な音と共に剣が弾かれ、合わせてエスピラは引いた。先ほどまでエスピラが居た場所を風切り音が通っていく。


 身長はエスピラと同じくらい。体格は細身。髪は短め。目つきは鋭く手は節くれだっている。右手にファルカタ、左手に小型の盾。剣を防いだのは盾だろう。


 敵の男も若いので潜入や暗殺の教育をずっと受けてきた者だと、エスピラはあたりをつけた。


「エスピラ・ウェラテヌスの住居と知っての狼藉か?」


 神殿に入ってきた連中の仲間なら、自分の名前を隠しても仕方が無い。


 男が黙ったままだったので、エスピラはハフモニ語で同じ言葉を繰り返した。

 男は何も返しては来ないまま、姿が見え辛くなる。


 神殿での戦闘が無ければ余裕の無さから多少は動揺したが、今はそんなことは無い。黒いオーラだと、簡単に分かるのだ。


 エスピラは直剣を構えると、ゆっくりと逃げ出した。


 時は九番目の月。雪すらも望める季節で夜の森は冷え切っており、星明りもほとんど届かない。舗装された道もあるが、基本的には足場が悪いのだ。


 その中をエスピラはついてくる音に耳を傾けながら走る。幼い頃、五歳の頃から知っている森だ。年や日によって様相が変わってくるとは言えども、十五年間の蓄積はエスピラに有利に働く。


(ついてくるか)


 相手は夜目が利くのか、数日で相当通いこんだのか。

 完全に有利なポイントで討ち取ると言うのは難しいと、エスピラは判断した。


 行き先を変え、この森の中では水気の多い土のある場所で止まる。この時期なら、落ち葉も多く、傾斜はほとんど無いが全力疾走すれば足を取られる可能性もある場所だ。


(メルアの家だが攻め込むのはこちら、か)


 主導権があるのは、場所の選択権を持っていたエスピラ。

 落ち葉なら、黒のオーラによって様子が変わることが少ない、地形がエスピラの把握しているもののままであると言う利点もある。


 後ろ。


 エスピラは左足に体重を移動させながら剣を振った。金属のぶつかる感触が伝わり、エスピラは切っ先を男に向ける。男が盾を構えた。そのまま引いていく。


 アレッシアの剣技の基本は刺突戦闘だ。


 突き刺して殺す。振り回すよりも味方に影響が少ない。だが、相手は盾や鎧があるので、刺突向きの剣と言えどもレイピアなどの細い物ではない。がっしりとした、折れにくい剣である。本来はこれを盾と共に扱う。

 機動力重視のファルカタと小型の盾に対し、組み合えば有利を取れるのだ。


 まあ、今のエスピラに盾は無いのだが。


「インクレシベの仇討ちか? お門違いだってのに」


 プラントゥムの言葉で話してみるも、言葉は返ってこない。

 代わりに、男の顔をも黒いオーラが覆うように黒くなった。


 範囲が狭い黒のオーラと言えども、暗い夜の上に影の多い森の中ならば剣や顔などの一部にさえ展開できれば姿形をほとんど隠せる。そこからの不意打ちでオーラを流し込めば、ほぼほぼ音もなく勝てるだろう。暗殺にも向いているのだ。


 厄介に思いながらも、エスピラは耳を、目を、肌を研ぎ澄ませる。

 周囲に人は無し。目の前の男だけ。


「神よ。見守り下さい」


 エスピラは革手袋に口づけを落としながら、オーラを発動させた。

 緑色の光が広がっていく。足元は照らさず、胸より上の高さに帯を敷き詰めるように。


 緑の効能は病魔の快癒。範囲は一番広くまで届くが、唯一戦闘では何も役に立たないと言われている。


 赤の破壊、黒の死は言わずもがな。

 白の回復は前線に立ち続けることができ、青の精神安定は過剰に言えば死を恐れぬ集団を作り上げられる。動揺を誘う作戦や恐怖に打ち勝てるのだ。


 対して、緑は疫病を防いだり乳幼児の死亡率の低減には繋がるが、直接戦闘には何ら向いていないとされている。


 だから、男が黒のオーラを消されることだけを嫌がる程度で、かわしはせずにエスピラのオーラを受けているのは不思議な話では無いのだ。


 エスピラは男の変わらない表情を読み解こうとして、やめた。

 光源の確保やオーラを纏った動きの制限程度にしか考えていないだろう。実際、それが普通の考えだし、それだけでも十分な効果があるのだから。


 男が姿勢を下げて駆け出す。エスピラはオーラの幕を腰まで下げた。男がファルカタだけを幕の下にして、緑をかき分けるように進んでくる。


 間合いが詰まったところでまずは小型の盾による押しが来た。かわした先に来るファルカタは剣で受け止め、オーラ量で圧倒して直接オーラを流し込む。近距離で盾の攻撃。エスピラは左腕を伸ばして激突を受けた。痛みが走る。それ以上に、エスピラのオーラが男に流れ込む。


 エスピラとしては組み合った体勢で押し込みたかったのだが、逆に押されている。


 男にもそれは分かっているのだろう。だから、武装的には不利な組合でも離れることはしない。できない。

 離れた隙に突かれるのを困っているのだろうから。


(マルテレスなら)


 いや、そもそも友人ならば一撃で終わっていたか、とエスピラは余計な思考を閉じた。


 力を抜いて受け流そうとする。男も力を抜いた。今度は力任せに押し返す。男の腰が落ち、しっかりと止められた。


「ファルカタの使い方として間違っているだろ。主兵装すら上手く使えないとは、民族の誇りが無いのか? そりゃあ侵略者を甘んじて受け入れるしか無いだろうさ」


 挑発も効果無し。

 これほど格好悪い瞬間も無いだろう。


 だが、相手からしても押し切れないのは事実。


 エスピラは、再度力の入れ方を変えた。

 重心移動に合わせて男も再度離れる。今度は、オーラで隠れない。隠れても無駄だからだろうが、エスピラのオーラの中にいる。


(一刀剛撃では無いが)


 エスピラは、腕を絞って直剣を大上段に構えた。


 アレッシアの剣は基本的に片手で扱うことを前提としているため、柄は短い。それは、鞘の先端が丸く広がっており、鍔の部分が水平に広がっているという少々異質な形状をしているエスピラの直剣でも変わらないが、ギリギリ両手で持てないことも無いのだ。


 男が盾を着けている左手をやや上にして、突っ込んでくる。


 真正面からは流石に来ないので、男に合わせてエスピラが向きを変えた。


 主導権は敵。待ちの構えをした以上、それは仕方ない。


 二度、三度と方向を変えさせられた後、四度目の足の組み換えのタイミングで男が間合いに入った。力は入り切る形ではない。それでも、振り下ろすしか無いのだ。


 攻撃は一瞬。

 その一瞬で男は剣の軌道上に小型の盾を入れた。


 合せてきた男の左腕ごと押し込み、エスピラは男の頭に多量のオーラを叩き込む。物理的な衝撃は、男の左腕から額へ。揮う予定だったらしい男の右腕は力を失いつつも、ファルカタだけは手放さなかった。


 エスピラは突きへ移行する。繰り出した切っ先は、しかし、全力の振り下ろしの後で整えた間があったため致命傷にはならずに男に距離を開けられた。


 だが、流し込んだオーラは十分。


 エスピラは追撃には向かわず、剣先の血を拭った。

 荒くなりかけた息を、大きく吐き出して整える。


 隙であると判断したらしい男は、その意思に基づいた行動を完遂する前に目を見開いた。喉を縦に引き裂く血を絞り出すような声が出てくる。

 血走った眼で、首をかきむしり、身を悶えさせ地面に転がった。落ち葉を砕き、破片にまみれ、体を元気の良いミミズのようにくねらせ始る。


 免疫システムが男自身の体を攻撃し始めたのだ。もちろん、エスピラはそんなことを考えてはいない。毒を治すときのような行動を過剰に引き起こさせた、程度の認識である。

 それでも、幼少の頃より圧倒的に使い慣れた自身のオーラは毒の要らない毒殺が可能であるとエスピラは知っている。タイリーは知っている。

 マルテレスには、伝えていない。


 全身に裂けるほどの力を入れている男がファルカタを逆手に持ったので、エスピラはその手を弾いた。

 組み合った時は力負けしていたはずだが、最早簡単に剣を弾き飛ばせる。


「苦しんで死ねと言っている訳じゃない」


 そして、エスピラは男の胸元に自身の剣を突き刺した。


「ファルカタの傷跡だと、都合が悪いだけだ」


 ファルカタはアレッシアの剣より幅が薄く、刃は大きい。

 肉体に残る形状が異なってしまうのだ。


「無事に、神の御許に」


 祈ると、エスピラは剣を抜いて、ゆっくりと男を地面に横たえた。


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