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滞陣と急報

 アルモニア率いる六千百が合流したのはグライオが占領策をまとめ上げてから三日後。


 メガロバシラス軍が布陣した場所が分かったのはそれから二日後。山を後ろに二つの隘路から撤退できるような盆地に陣を張っていた。川も近くにある。


 暑さ対策と水の確保も兼ねた場所。予想ができる場所である。エスピラから誘う形にはできなかったが、問題は無い場所だ。


 エスピラはカリトンとアルモニアに隘路の出口を封鎖するように伝えると、大回りをしてメガロバシラス軍の前へと軍団を進めた。

 背後にカナロイアやジャンドゥールへと続く道を持つ、メガロバシラスも予想したであろう場所。そしてメガロバシラスとは違い、陣内に川を入れず、川から少し離れて二つの陣を作った。


 一つはエスピラ率いる本隊。八千。

 もう一つはグライオ率いる別動隊。四千。


 強固な本陣を築いてから、スコルピオを川の両端に押し出し、それから橋を作る。

 メガロバシラスからの妨害は、驚くほどに無かった。川の上流を抑えられているとは言え、やってきたのは木の板を流すような雑で、でも効果的な妨害だけ。


 エスピラ達は、これを『スコルピオの威力を知っているから』と判断した。

 ディラドグマで派手に使ったのだ。きちんと情報収集をしていれば、当然のことと言えるだろう。


(しかし、暑いな)


 橋が完成した後、エスピラは川から水を引いて陣地内に池でも作る気でいた。

 だが、これはピエトロやルカッチャーノの反対にあってしまう。


 曰く、上流はメガロバシラスが抑えているため、川に細工をされれば一気に戦力が削られてしまう、と。

 エスピラとしては緑のオーラがあるとも思ったが、毒に対して絶対では無いのだ。

 言うことも尤もだとして、エスピラは池造りを諦めて所々に屋根を設置するに留めたのである。


「メガロバシラスの水源も川だと確定できれば問題ないんだがなあ」


 ほぼ間違いないのは知りつつも。隘路を塞ぐ工事と周囲に掘りを巡らすために人手を割いているために裏を取り切れてはいない。

 一応、事前調査では川だけの可能性が高いが、地下を掘り進めることはできていないのだ。


 ふう、とエスピラは息を吐いて川から上がる。


 左手は川に持ち込んでいた布で隠し、乱雑に切り取り短くなった髪を右手で撫でつけながら水を払う。


「もう少し入っていても大丈夫だと思いますが」


 護衛としてついてきてくれていたシニストラが言った。

 その間にウェラテヌスの奴隷が布を持ってきてくれる。少し離れた場所では今日の水浴びを許された兵がまだ川を楽しんでいた。


「いや、十分堪能できたよ」


 布を受け取って体を拭き、ある程度の水けを取り終わるとエスピラは奴隷に布を返した。

 そのまま奴隷を下がらせて、手袋を手に取ってから左手に巻いた布を取る。エスピラの体に比べてかなり白く緑の静脈が見える手をすぐに神牛の革で覆った。ぐるりと手首に紐を巻き付け、完全に履き終わる。そこまでしてから、衣服をまとうために奴隷を呼んだ。


 シニストラはエスピラの水死体のような左手にはもう何も言ってこない。


「知ってるか、シニストラ。指の間に見える糸は少し赤黒いんだ」

「意識したことはありませんでした」


 シニストラが自分の指を見ながら言った。

 シニストラは体がきちんと日焼けしている。


「まあ、だからと言って何かがあるわけじゃないんだけどな」


 エスピラは奴隷から衣服を受け取って、少し迷った。


 着るか、否か。


 下は着るが、暑いのでもうしばらく半裸でいたい気もする。が、エスピラはアレッシア人の中では細い方であるのだ。筋骨隆々な兵に囲まれている身としては、アレッシア人らしく出していてもらしさにかけると思ってしまう。


「エスピラ様」


 呼ばれて、エスピラは衣服から音も無くやってきたソルプレーサに顔を動かした。

 いつもとあまり変わらない声を出していたソルプレーサだが、頬から垂れる汗は暑さ以上のモノが見て取れる。


(何かあったな)


 急ぐようなものが。


 そう判断すると、エスピラはすぐに衣服を羽織った。


「どうした?」


 鎧はつけずに帯を着け、剣を腰から垂らす。


「リャトリーチが来ております」


 リャトリーチはソルプレーサの血縁者だ。

 ロンドヴィーゴの見張りのようなこともしている。


「……グライオも呼んでくれ」

「既に使者を発しております」


「カリトン様とアルモニアは?」

「同様に」


 頷くと、エスピラはペリースも羽織った。


「余程の緊急案件か」


 エスピラの指示を待たずにグライオどころか遠方で守っている者達まで呼び出すと言うことは。


「はい。下手をするとロンドヴィーゴ様が暴走する可能性もある、とリャトリーチが言っております」


 川から上がった時とは違って、今度は思い溜息がエスピラから零れた。


「悪い人では無いのだがな」

「元老院に対して強い影響力を持っていない貴族と言う時点で、ある程度は致し方無いかと」


 じゃないとボロボロのウェラテヌスとの婚姻など認めないよな、という自虐は飲み込んで。


 身なりを自身で確認した後に奴隷にも確認してもらい、エスピラは天幕へと向かった。

 本陣に居る者達は既に集まっており、少し遅れてグライオ、ルカッチャーノ、フィエロがやってくる。


 カリトンとアルモニアを待っていれば時間がかかりすぎるため、彼らは待たずに会議を始めた。


「さて、リャトリーチ。急ぎの用件とは何だい?」


 立っている高官たちに見つめられ、リャトリーチが口を開いた。


「は。マールバラの次の攻撃目標がトュレムレとのこと。半島南部の諸都市は兵を集め、トュレムレに詰めさせるつもりの様です。ロンドヴィーゴ様も自分の伝手で一個大隊四百人を集め、ディファ・マルティーマの兵を率いて向かう気に満ちているご様子でした」


 半端にエスピラの眉が動く。

 口は閉じたまま口角は上がり切らず、二度、三度と右手の人差し指が下唇を撫でた。


「色々、あるが……。そうだな。まず、いつからロンドヴィーゴは軍事命令権を保有していた? 誰か、聞いている者はいるか? 私が聞き落していた可能性も十分に考えられるしな」


 ロンドヴィーゴの子、ジュラメントの顔がさっと下がった。


 ディファ・マルティーマの高官、フィエロはバツの悪そうな顔で視線を少し下げている。

 他の者は変わらず。イフェメラなど一部の者は目だけで少し上を見て、呆れたように力を少し抜いていた。


「勝手な徴兵と防衛任務を放棄することは許さない。これは、アレッシアの歴史に認められていることだ。確かに柔軟性が大事であることは認めよう。しかし、だ。ディファ・マルティーマの陥落はそのまま我らの死亡、そしてエリポスで築いたモノの崩壊を意味する。下手に徴兵して軍団を増やすことは出費の増加を意味し、同時に食糧生産を減らすことも意味する。まあ、此処で言っても仕方のないことか。


 それに、ロンドヴィーゴ様を擁護するとすれば、ディファ・マルティーマと同じく良港を保持するトュレムレが落ちないことに越したことはない上に、落ちればディファ・マルティーマの目の前に敵拠点ができることになるのだ。


 別に、できても良いし他の南方都市が生きているのであればトュレムレを完全に封鎖できる。だが、見捨てたとなれば他の街の士気が落ちるのは確実だろう。理想的な判断とは言い難いが、トュレムレ救援はせざるを得ない決断だよ」


 誰にと言うと、自分に言い聞かせるように。

 夏の暑さと軍団を保持し続けること、そしてエリポス人からの嫌味で多少擦り切れていたから怒りが出てしまったのだと自分の心をなだめるために。


 すらすらと言うと、エスピラは顔の近くから手を外した。


「やはり、マールバラの狙いはトュレムレ救援に動いて親アレッシアの者が減った同盟諸都市の攻略となりますか?」


 その後、すぐにイフェメラが聞いてくるような形で断定した。


「流石に精度の良い攻城兵器を運搬していれば発見できるはずだからな」


 多少の攻城兵器を得れたとしても、トュレムレを落とすには足りないはずだ。

 アグリコーラをアレッシアに攻撃されている状況で、悠長にトュレムレを囲んで落とすような真似はしないはず。


 となると、マルテレスの所為で互角になってしまった野戦の評価を覆すために実力で再び街を奪う策のはず。


 虐殺が解放政策と矛盾するとしても。

 いや、矛盾するから街の人には手を出さないかもしれない。


(夏に動いたのは、示し合わせることが出来ていたのか)


 エスピラは、メガロバシラスの方に行きかけた鋭い視線をゆっくりと瞬きすることで押しとどめた。


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