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一人でも多く

「本格的な要害を作る、ということですか?」


 イフェメラが至極真面目な顔つきで言う。


「向こうがどれほど持久戦に応じてくるかにもよるけどね。余りにも長ければ、まあ、そうなるな」


 エスピラも返しながら、そろそろ、とソルプレーサに目を向けた。


「報告しても?」


 エスピラの視線を受けて、エスピラに、というよりもイフェメラに対してソルプレーサが発した。


 イフェメラが少し下がり、空気に谷間ができる。


「メントレー・ニベヌレス様が亡くなったそうです」


 その谷間にソルプレーサが大きな火を流し込んだ。


 横目で窺ったイフェメラは、目を少し大きくしただけ。乱れてはいない。むしろ、数瞬後には研ぎ澄まされたように冷徹な空気を纏いだした。


「メントレー様は、出陣はされていなかったな」


 エスピラはソルプレーサに目を戻しながら聞いた。


「はい。朝、中々起きてこないメントレー様を奴隷が起こしに行った時に亡くなったのを確認したそうです」


(天命か)


 つい二年前はオルニー島の奪還に向かい、元気に戦場を駆けまわったと言うのに。

 いや、そこで老体に火を灯したからだろうか。


「師匠。ヴィンドを一時的にビュザノンテンに返すべきではないですか?」


 イフェメラが冷たい声のまま、続ける。


「仮にヴィンドがティミド様のように言うことを聞かなくなった場合、非常に厄介になります。ティミド様よりも自らの失言で崩れる可能性が低く、セルクラウスよりも位の高い名門です。ウェラテヌスに匹敵できるだけの家です。メガロバシラスとの戦いを控えている以上、危険は排除するべきかと」


 エスピラは明るい調子で小さく笑い、固まった空気をほぐした。


「私の妻はセルクラウスの者で、私の子供たちは直接的にセルクラウスを父祖に持つのだがな」


 イフェメラが小さく声を上げた。


「そのようなつもりでは……」


 そして、小声も零れてくる。



「冗談だ。


 確かに、ヴィンドは大きなミスをせず、自己主張を激しく行うことも無く、裁量を取って代わろうとする野心も無いからな。ビュザノンテンの守りに回しても問題ない人材だろう。

 それはそれとして、優秀な部隊長はメガロバシラスとの戦いで数多く必要になる。一人でも欠かしたくは無い。同時に、今のうちに見極めたい気持ちもある。


 心配してくれたのはありがたいが、ヴィンドは外さないよ。すまないね」


 穏やかな調子で、小さく少し賑やかな晩餐会で詩でも朗読するようにエスピラは言った。

 いえ、とイフェメラが頭を下げてくる。


「折角纏まったところ申し訳ないのですが、そのティミド様。カルド島への派遣部隊に入ることに決まりました。今年はスーペル様の指揮下で、となりますが、翌年は正式に軍事命令権が支給され、スーペル様とティミド様がことにあたるそうです」


 ソルプレーサの言葉に、イフェメラの目がかっぴかれた。


「あの男には軍事命令権や決定権を何一つ与えないはずでは無いのですかっ!」


 叫びに、幾人かの兵士がイフェメラに振り向いた。


 エスピラは手を振って、作業を続けるように苦笑いを振りまく。


「あくまでも私ならそう使う、というだけだ。人も足りていないのだろうしな」


「同じセルクラウスでもタヴォラド様やフィルフィア様が居るではありませんか!」


 ティミドの異母兄にしてセルクラウスの当主であるタヴォラド、そしてティミドと同母兄のフィルフィア。

 イフェメラの言葉通り、この二人はアレッシア本国に居る。


「サジェッツァは軍事命令権保有者でもあるからな。その間、タヴォラド様が本国の調整をする必要もあるのだろう。メントレー様も亡くなった今、混乱は大きいだろうからね。それに、カルド島の住人からすれば一度はカルド島をまとめた者がカルド島に来る意味は大きい。そうなって欲しいと言う願いもあるんじゃないか?」


 エスピラは周りをなだめながらもそう口を動かした。


「おそらくはエスピラ様の言う通りかと思います。カルド島駐留部隊だった者の内二千人がお二人と一緒にカルド島に渡るそうですから」


「なら、エリポスが終わり次第エスピラ様がカルド島の鎮圧に向かうのですか?」


 ソルプレーサに噛みつくようにイフェメラが言う。


(それは、厳しいだろうな)


 笑みを崩さずに、エスピラは心の中だけで否定した。


 ハフモニの次はメガロバシラス。そしてマルハイマナ。

 この順で行くとすると、今回の戦いで基盤を築けた場合はエスピラも重要になってくる。発言力が増すことになる。


 そんな人物に、元老院が更なる栄光を与えようとするだろうか。


 答えは否。


 恐らく、誰かが大きく力を持つようなことにはさせない。エリポスとの連絡を遮断するのも大事な任務であるため、エスピラをディファ・マルティーマから動かさないだろう。


 そんな国の中で、アレッシア人の一人目になれたタイリーは、余程の才気に恵まれ、好機を一度たりとも逃さなかったのだ。


「カルド島を攻略した部隊にはマルテレスやアルモニア、グライオも居たからな。もちろん、ソルプレーサとシニストラも。個人的には、マルテレスかアルモニア、三番目にグライオの可能性が高いと思っているよ」


「ということは、師匠の中ではグライオ様が、ということですか?」


 イフェメラが眉をしかめ、目を一瞬アブライカの中へと向けた。

 文句を言いたげでありつつも認めているかのようである。


「なんでそうなったのか、聞いても?」


 エスピラは表情を変えずに声だけ小さくした。


「メガロバシラスに対して用意した別動隊の編成と今回の編成。師匠は私の戦術眼をかってくださっていますから。その両方の編成とアルモニア様とグライオ様に割り振る任務を見れば軍団を分けることになった時の別動隊の隊長が誰かは推測がつきます。

 どうして軍団長補佐筆頭止まりなのかも。師匠の唯一の欠点とも言えるメルア様への妄執を見れば。愛妻に手を出したベロルスは到底許せない、ということでしょう」


(少し違うが)


 訂正するかは迷い、あながち間違ってもいないかと訂正はしないことにした。


「その理屈で言うなら、セルクラウスもエスピラ様の討伐対象、ということでしょうか?」


 ソルプレーサがイフェメラに言って、何かを言い返される前に後ろを見ろと言わんばかりに顎を動かした。

 エスピラも後ろを見る。アブライカの奥、議場からグライオが出てきていた。


「たまにはアレッシアにも運ぶか」


 奴隷となったエリポス人、アブライカの民の一部を。


「マルハイマナは良いのですか?」


「下手すれば十年後には大虐殺だからな。流石に、それは勿体無い。人的資源は貴重だよ」


 イフェメラの顔がやってきた。


「師匠は、もしかして」

「目的は何か、だよ。イフェメラ。そこを違えちゃあいけない。良い例が近くに居るだろう?」


「良い例?」


「マールバラ・グラムだよ。会戦で勝つ。圧勝する。軍団を纏める。それらはアレッシアに勝つための通過点だったはずなのに、気づけばそれ自体が目的になってしまっている。目的を遂行するためならばハフモニ本国の議会を自分で握らないといけなかった。

 まあ、そんなことをすればタイリー様に実力を感づかれる危険もあっただろうがね」


「しかし、マールバラに勝てる者は今のところマルテレス様しかいないのでは?」


 イフェメラが言う。


「そうだな。しかも、マールバラは何度も圧勝している。なのにアレッシアは降伏しなかった。有力者も多く死亡し、インツィーアの戦いでは大軍が消滅したにも関わらず戦い続けている。

 ならばあとは全滅するまでアレッシアは戦うのを止めない。それだけの兵力がマールバラには残されていないのにな。


 長期戦になるのであれば本国との強い繋がりが必要だった。全滅させるのであればその後の復興に数多くの人材が必要にもなる。


 ディラドグマとは規模が違うんだ。

 アレッシア全域を、新しい人無しで治める? しかも言葉の違う者が? アレッシアから膨大な恨みをかった者が?


 仮にハフモニが勝ったとしても、先の無い階段を一足跳びで登ったにすぎないさ。

 古くから国が最大版図を築いた直後に転げ落ちるのは良くある話だよ」


 言っている間に、グライオの姿が大きくなる。

 エスピラは、グライオがまとめ上げたアブライカ占領政策を確認するために、最も実力を信用している部下に近づいて行った。


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