アブライカ近郊にて
「すぐに南下しましょう!」
陣地を築き始めるなり叫んだのはイフェメラだ。
彼の奥には、門が開きっぱなしになっているアブライカが見える。
「それは出来ない。さっきも言った通り、アルモニア達もデラノールズを落としてこちらに向かってきているんだ。此処で合流して、それからメガロバシラスの軍団に向かう。そうしないと、下手をすれば各個撃破される可能性が高いだろう?」
「その間にメガロバシラスに有利な場所に布陣されてしまいます! メガロバシラスは助けに来たフリをしたいだけであるなら、今叩けば北方に帰って行くはずです!」
「そうだな。二万も引き連れてきたのはそのためだろうな」
推定二万のメガロバシラス軍を見つけられたのは既にメガロバシラスの国境付近でのこと。
先に気が付いたらしいアルモニアが、アブライカを電光石火で落とすための策を進言したイフェメラに四百の兵を与えて切り離したのだ。
ただ、イフェメラが到着した頃には既にカルフィルンを落としていたグライオ達がアブライカを落とした後であり、エスピラもほどなく到着したのである。
「加えてもうすぐ暑い盛り。戦いにはならないと言って本国に退く気が丸見えです。ならば今すぐ脅しに行くべきでしょう!」
自分が進言したにも関わらず他人が落としたと言う焦りも、もしかしたらイフェメラにはあるのかもしれない。
「その可能性が高いことは良く分かっている。私も、アレッシア本国との連絡が容易ならイフェメラの策を採りたかったさ。だが、そうではない。相手が全力で抵抗してくる可能性もある中で、相手の半分以下の兵力をぶつけるとは言えないよ」
エステリアンデロス攻略からエスピラの手元に居る二千四百。
グライオが引き連れていた五千。
イフェメラの四百。
合計でも七千八百。
一方でアルモニアの兵力は六千百。
合流してもメガロバシラスには及ばないが、今の倍近くにはなるのだ。
「カルド島の海戦ではエスピラ様は大きく劣る兵力で決戦に打って出ました! あの時も、補給はほとんど無い状態だったはずです」
「でも兵力の上限を率いてもいた。しかも船を沈めれば基本的に乗っている者を皆殺すことのできる海戦だ。今は違う。それに、こちらに向かっているアルモニア達の方がメガロバシラスに補足される可能性もあるんだ。
こっちはイフェメラが居て、グライオが居て、シニストラが居て、ソルプレーサが居る。カウヴァッロも居る。確かに倍以上のメガロバシラスと当たっても何とかなるだろう。
だが、アルモニア達は?
三倍以上のメガロバシラスと当たった時にどうなる? カリトン様もピエトロ様も経験はある。だが、撤退戦の経験が豊富とは言えない。合流しない、ということは他隊を危険にさらすことでもあるんだ」
「それは……、聞きましたけれども……!」
「アルモニアの説得に成功した分離策が君から進言されないと言うことは、有効な策も考えついていないのだろう? 夏に退きたいのであればそれで良い。どのみち、向こうが決戦を仕掛けたいと思うであろう場所は既に目星をつけてある」
「相手の欲している戦場に出て行って、逆に警戒を煽る、ということですか?」
「そう言うことだ」
会話をしながら、エスピラはゆっくりと自然にイフェメラに近づいていた。
パーソナルスペースも簡単に侵し、陣地づくりの喧騒に会話を隠せるようにする。
「場所が分かると言うことは既に資材も運んであると言うことだ。それに、この軍団に一回吸収してから奴隷から解放されたばかりの者を街に入れている。精鋭が街に入っているのか、それとも戦いから少し遠ざかっていた者が入っているのか。メガロバシラスからは判断ができないはずだ。
カルフィルン、アブライカ、そしてデラノールズまでもが落ちれば、周りの小さい都市国家は動きが止まる。村々も簡単には動けなくなる。敵にも味方にもならないが、メガロバシラスが踏ん張れば踏ん張るだけまだメガロバシラスに心を残してくれると言うモノだ。
だが、もしも圧倒的少数の兵に突撃されただけでメガロバシラスが退いたら?
確実にアレッシアの側につくだろうな。メガロバシラスは、それだけは避けたいはずだ」
「だから、退く可能性は低いと? それだとしても、相手の準備が整うのを待っているのは変わらないはずです。整いきる前に叩ける今の方が良いと思います!」
「準備を整えているのはこちらも同じだ」
ちらりと、顔も目も動かさずにエスピラは周囲の気配を探った。
聞き耳を立てているようなものは無い。
「何のために私が一度ビュザノンテンに退いたのか。ビュザノンテンの支配を確立するのもそうだが、一部の裏切った都市と繋がりのある者を必死にさせるのも狙いだ。必死に、アレッシアに味方するように。そうして、メガロバシラスの味方を減らすために。
その者たちが裏切っても問題ない。家族を売るだけだからな。それでも良いと裏切る者も出てくるだろうが、全員では無い。確実にこちらの味方は増え、メガロバシラスの味方は減る。
そのためにも此処にアレッシア軍が居座る意味があるんだ」
要するに、威圧。脅し。
「戦いは戦場だけでするモノじゃない。敵を殺すのが目的じゃない。目的は、それで何が得られるのか。
メガロバシラスが欲しているのはエリポス圏へ影響力を保持し続けること。統一しなかったのは無理に併合すれば反乱が起きると歴代の王が考えていたから。
そうなれば、確実に味方と言える存在と、その存在がメガロバシラスを後ろ盾に協力し合える体制が欲しい。そのための楔と成れるのは、第一候補としてはドーリス、カナロイア、アフロポリネイオ、そして国家の歴史的には厳しいがジャンドゥール。しかし、その全てが私の手中にある。
で、だ。
アレッシアは、今、攻めの一手を打つべきだと思うか?」
「…………いえ」
間が開いたが、イフェメラがエスピラの意見を肯定した。
「では、どのような策を執るべきだと思う?」
楽しそうに聞きつつ、エスピラはソルプレーサの無いに等しい足音を耳に捉えた。
「どのような?」
「ああ。いや、イフェメラがこれまで言ってきたことからは苦手な分野の策かも知れないが、メガロバシラスとアレッシアの大きな違いと今の季節を考えれば、君なら私と同じ考えか、それ以上のモノに至れると信じているよ」
イフェメラの意識の向きが変わったのか、雰囲気が少し変化した。
その間に、こちらに気を遣ってかソルプレーサが少しばかり足音を立てる。
イフェメラの意識は戻ってこない。
イフェメラに動きがあったのは、ソルプレーサが話しかけてくるかどうかの距離に来てから。
口を開きかけたイフェメラが、口を閉じる。
「緊急か?」
エスピラはソルプレーサに聞いた。
「緊急ですが、どうしようもないことです」
ソルプレーサが緩い雰囲気で返してくる。
「じゃあ、先にイフェメラの話を聞こうか」
笑って、エスピラはイフェメラに視線を向けた。
イフェメラの顔が、ソルプレーサに向いてからエスピラの方へと来る。
「相手に動いてもらうために持久戦を執る、ということですか? メガロバシラスはオーラ使いの数が少なく、希少で、アレッシアよりも疫病が発生しやすくなっておりますので真夏になれば弱ってくる。鎧もアレッシアの物より重く、厚いため夏場の戦いにも不向き。
だからこそ、メガロバシラスは夏場になればなるほど不利になる。
しかしながらメガロバシラスの戦法はどちらかというと待ち構えるモノ。
向こうから攻撃を決断させることで、優位性を捨てさせる、ということで如何でしょう?」
「同じ考えだよ、イフェメラ。私たちは、戦いに行くのではなく長期滞在用の陣をメガロバシラスの周りに造りに行くのさ。外に陣を築くのは、もう何度もやってきてお手の物だろう?」
言って、エスピラはにこりとイフェメラに笑いかけた。




