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制圧完了

 手を縛られて座っているキンラの横顔を、横に居たアレッシア兵が思いっきり槍の柄で殴りつけた。キンラがはじけ飛ぶように地面にぶつかる。追撃の蹴りは、しかしエスピラが手を挙げて止めた。


 キンラが唾を吐き捨てる。


「野蛮な獣め。私の土地を穢しやがって。貴様らのような発達の遅れているグズが神聖なエリポスの大地を踏めるだけありがたく思いやがれ」


 エスピラは、アレッシア兵が動き出す前にキンラに拍手を送った。


 アレッシア兵が止まり、エスピラを見てくる。


「ありきたりすぎる普通の罵倒。どうもありがとうございます。獣だの蛮族だの、私は本当に聞き飽きておりますので。ああ。とは言え、武装した兵の前で言ったのはこの遠征中では貴方が初めてですから。その勇気には敬意を表してあげますよ。いや、無謀、でしたかね」


「貴様のような品の無い獣が言葉を使うなっ」


 強く押さえつけられ、顔が赤くなっているキンラがなおも悪態をついた。


「一度は手を取り合った仲ではありませんか」


 言いながら、エスピラはキンラの前にしゃがんだ。


 キンラが口をすぼめる。唾。エスピラの顔めがけて発射された液体は、エスピラにかかることも無く地面に落ちていった。


「獣の言葉は分かんねえな」


 アレッシア兵によってさらに強く押さえつけられながらも、キンラが毒を吐き続ける。

 エスピラは上を向いて、ため息を吐いた。


「キンラの妻と娘をアレッシアの娼館に送れ。何。教養がある以上は良い娼婦になるだろう。で、だ。息子はどうする? 死ぬか、それとも鉱山奴隷にするか。選ぶと良い」

「小さな半島の未開な蛮族がっ! 必死に我らの真似をするだけの愚図共が上から目線で何かを言うだと? ふざけるな」


「ディラドグマよりも寛大な処置だぞ?」


 言いながら、エスピラは羊皮紙を取り出し、キンラの前に投げ捨てた。書かれているのはメガロバシラスとキンラの取り決め。


 しかし、キンラは一切見ようとはしない。


「所詮は真似しかできない後進国がうるさいんだよ」


 エスピラはキンラから目を切って、二度、三度と頷いた。

 それから、立ち上がる。


「拷問にかけろ。死んでも構わない。ああ。シズマンディイコウスが拷問をしたいと言えば変わってやってくれ」


 言って、追い払うように手を振る。

 アレッシア兵がキンラの両脇を掴んで、持ち上げた。


「貴様のチンポなんか腐れ落ちてしまえ!」


 喚きながら殴られながら、キンラが運ばれて行く。

 声は最後まで響き、品の無い言葉が居館に行き渡って。


「ソルプレーサ。キンラの縁者は全員殺しておいてくれ」

「そのことなのですが、こちらに」


 ソルプレーサが言いにくそうに言って、エスピラに合図を出しつつ歩き出した。


 エスピラが続けば、ステッラや他のアレッシア兵も続いてくる。


 向かった先はキンラの居館の奥。鎧も着ていないエリポス兵がちらほら見え出す場所。

 その最奥の部屋。


 重い顔をした見張り番のアレッシア兵が、ソルプレーサの頷きを合図に扉を開ける。


 エスピラに届いたのは独特の異臭。


「実は、既に逃げられないと悟ったエステリアンデロス兵によって」


 そして、見たことのある顔をした死体たち。所々に赤い手形がついている肉塊。千切れた服が散乱し、血もちらほら。キンラの愛人も全員此処に。誰も布を纏っていない状態で。


「…………丁寧に、埋葬してやれ」


「かしこまりました」


 合図とともに、恐らく掃除用具を取りに数人のアレッシア兵が出て行った。

 流石に他の男のモノなど触りたくはないのだろう。


「エスピラ様。少し、よろしいでしょうか」


 次はウェラテヌスの奴隷がやってきて、腰を低くエスピラを呼んだ。


「人は人だ。そこに、違いなど何もない」


 溢して、エスピラは部屋を後にする。

 奴隷についてたどり着いた先は別の奴隷が五人いる部屋。その五人から少し距離を取るようにマルハイマナ出身と思わしき見た目の女性と怯えているようなディミテラが居た。


 ディミテラとエスピラの目が合う。

 ディミテラに握られている女性の服の皺が、少し減った。


「狼藉者は皆倒しました。ご安心ください」


 エスピラは穏やかな笑みを顔に張り付けると、物腰やわらかく言った。


 急ぎすぎず、遅すぎずの速度で近づくと、ディミテラに顔の高さを合わせるように腰をかがめる。


「キンラ様は……?」


 ディミテラのか細い声がエスピラの耳に届く。


「まだ生きております。ですが、ビュザノンテンに敵を招き寄せた元凶ですので、残念ですが死は免れないでしょう」


「ビュザノンテン……?」


「ええ。エステリアンデロスはもう滅亡しました。今より此処は、正式にビュザノンテンと、アレッシアの植民都市にして交易拠点ビュザノンテンになります」


 ディミテラは十一歳。少しばかり身体的な成長は遅い方ではあるが、理解できない年齢では無い。


「エリポスじゃないの?」

「エリポス内のアレッシア領です」


「敵、なの?」

「少なくとも、ディミテラ様にとっては味方です。私は、正当な理由なく奴隷に鞭を打ちませんから」


 打つとすれば、それはアレッシア人であっても鞭うたれる様な事案を起こした場合のみ。

 決して、自分へと頼まれた伝言を他者に伝えたと言って殴る蹴るの暴行を加えはしない。そもそも、その人の奴隷でなければ主人に抗議を伝え、その奴隷を二度と遣わせないようにと厳命する程度だ。


「お母様と結婚するから?」

「いいえ。私の妻はメルア・セルクラウス・ウェテリただ一人。ウェラテヌスにはお金もありませんし、順調に子供も増えておりますので愛人を持つ必要もございません」


「味方なの?」

「ディミテラ様を害するつもりは一切ございませんよ」


「お爺様が怖いから?」

「ディミテラ様がお望みなら、その怖いお爺様を取り除くことだって私にならできます」


 ディミテラの動きが止まった。目は泳いでいる。だが、エスピラから隠れるように動いている訳では無かった。意識もエスピラの方では無い。どこか遠くへ行くような。自身の内へと行くような。


「大丈夫ですよ、ディミテラ様。秘密にしておきますから」


 しー、と自身の唇に人差し指を当ててから、ゆっくりと立ち上がった。


「程よく温かい飲み物と甘いものをディミテラ様とこちらの女性に。それから、信頼できる女性を誰かつけておいてくれ」


 指示を出し、離れる。

 ディミテラの足が動きかけ、止まった。顎が上がるかのように動いたが頭は下がっている。


「ご安心ください。ディミテラ様の信用できる者が迎えに来るまでは私もビュザノンテンに留まりますので。不安なことがあれば遠慮なく私のところに来て良いですよ」


 エスピラが優しく声を掛ければ、ディミテラの顔が上がった。頷いて、エスピラを見送ってくれる。


「エスピラ様。申し訳ありません」


 部屋から離れれば、ウェラテヌスの奴隷の一人が謝ってきた。


「何か、謝るようなことでもしたのか?」


 威圧しないように気を付けながらエスピラは尋ねる。


「エスピラ様から、自分の命を大事にするようにと言われたのに逃げ遅れ、エスピラ様から逃走中の生活費として頂いた宝飾の衣をエステリアンデロス兵の懐柔に使ってしまいました」


 懐柔した兵の居場所を伝えながらも、奴隷の顔は下がって行く。


「気にするな。君たちの命があったのであれば、行動の是非は問わないよ。成功した結果が最善の結果だ。また、私の元に戻ってきてくれたことに感謝する」


 エスピラは優しく奴隷たちの肩を叩き、休むようにと伝えた。


 人の好い笑みで幾つか声を掛けた後、奴隷からも離れる。


 近くにはソルプレーサとステッラのみ。


「宝飾の衣は回収してきましょうか?」


 ステッラが聞いてきた。


「そうだな。頼んで良いかい?」

「お任せください」


 ステッラが頭を下げ、離れていく。


「衣はどうする気で? 流石に、軍団内では使い辛いのでは?」

「イェステス様にでも差し上げるさ。個人的なお礼としてね」


 これまでの物資援助の金額には到底届かないが。

 個人的な贈り物ならば値段をつけたわけでは無い。


「アグネテ様を愛人にするつもりがないと言ってしまったのは不味かったかと」


 ソルプレーサが小さく低い声で言ってきた。


「まあ、そうだな。期待を持たせて引っ張るのが最善だよな。でも、メルアの機嫌を悪くなるのはなるべく避けたいんだ。何。金があればまだ目があるとでも曲解してくれれば更なる活動資金が手に入るさ。何とかなるよ」


「完璧な人間よりは兵も慕うとは思いますが、家族のことがエスピラ様を焼くことにならないように私も祈っておきます」


「苦労をかけてすまないな、ソルプレーサ」

「家族を見捨てないからこそ、ウェラテヌスが繋がり、ウェラテヌスの繁栄はラビヌリの存続にも繋がりますので。ご心配なく」


 頭を下げるかのようで下げなかったソルプレーサに笑いかけ、エスピラはキンラ派残党の処理に乗り出したのだった。


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