宴の成果
木々に囲まれた山間で、エスピラはシジェロから貰ったカレンダーを見下ろした。
今日の数字は五。二日後もまた五。ここしばらくでは最上の運勢が続く。
(神よ)
今が、掴むべき好機か。
伝令が、エスピラに近づいてくる。
「エスピラ様。荷運び部隊の擬装陣地への集合が終わりました。変装も解いたと、レコリウス様から報告がございます」
レコリウスは元タイリー様の被庇護者でエスピラの信用が厚い百人隊長の一人である。
加えて、ディファ・マルティーマで開いた変装大会と去年開いた変装大会でチームとして上位入賞を続けている猛者だ。
「ソルプレーサ」
「封鎖にはほぼほぼ成功しています。斥候は入りこめないかと」
「成功しますでしょうか?」
とシニストラ。
「準備はやりすぎたかもしれないな」
エスピラは擬装陣地に集めた元奴隷のアレッシア人二千人を思い浮かべながらそう言った。
確かに彼らはインツィーアの戦いに参戦していた兵だが、規律を守るかは謎のところもある。軍団としての調練も足りていない。それでも、アブライカに集まるアレッシア軍に物資を届けることは可能だろう。
「ならば、確実に?」
「シニストラ。あまり私を買いかぶらないでくれ。キンラの動きばかりは確定ではないよ。神の加護と、父祖の助けがあることを祈るばかりだ」
言いながら、エスピラは羊皮紙上の今日の日付と二日後、ビュザノンテンにたどり着くころの日付に触れた。
ビュザノンテン出発から六日。物資を運ぶ進軍速度としては妥当な速度でアブライカへ向けて針路を北西に取っている。此処で物資を切り離し、ビュザノンテン郊外の保管場所への移動ならば一日半で可能だ。
「エスピラ様が居なくてもビュザノンテンの防備を固める作業が続けられるとの確信をキンラは得たのです。出発してからの六日。今から準備を始めれば不穏を感じてエスピラ様が取って返してきても防備はある程度固まっている。その上、兵数も少ない。デラノールズ、カルフィルン、アブライカから兵を引けばメガロバシラスが安全に南下できる。そうでなくても、分散しているアレッシア軍を無視して大軍でビュザノンテンに来れる。
メガロバシラスからすれば、ビュザノンテンを見捨てるとしても各個撃破の好機。ほぼ間違いなく既に動いた状態かと」
ソルプレーサがエスピラに自信を授けるように言ってきた。
エスピラも、ふう、と息を吐いてから羊皮紙から指を放す。
(神よ。私に、好機を。アレッシアに栄光を)
左手の革手袋から音が鳴るほどに握りしめ、顔を上げる。
「全軍に伝えよ。取って返す! 目標は我らがビュザノンテン。一切の妥協を許さず、首筋に牙を突き立てよ。刃向かう者は皆殺し。降参した者は放置。門を開いた者は受け入れよ。エステリアンデロスを滅ぼし、ビュザノンテンを解放する!」
叫び、奴隷に伝えた。
奴隷が外に出て走り回る。
その間にエスピラは羊皮紙をまとめ、荷物を引っ掴んだ。
「鎧は?」
「要らん。密集隊形に私が紛れ込めば、そこが穴になってしまうからな。なら、重い鎧は着ない方が良い」
エスピラはソルプレーサの顔を見ずに返した。
「まあ、不意に槍が降ってきたりもしますので。普段は着けてください」
ソルプレーサが諦めたように言った。
そうするよ、とだけ返し、エスピラは集団の前方に躍り出る。
「神々と父祖の御加護は我らにあり!」
叫び、来た道を、南東へ。
キンラが私兵を動かしたとの報告が入ったのは半日後。たどり着いたのは休息を挟んで二日目の朝早く。時間的には二日も経っていない時。
炊事の煙を目にしながら、エスピラは第一陣にすぐさまの攻撃を命じた。
指揮官はシニストラ。選ばれたのは四百人。あらかじめ長距離走っても疲れにくい者を八百人選抜し、そこから当日の様子を見た百人隊長や十人隊長の言葉を基に急遽作った大隊。故に陣形の変化は不可能。それでも、相手が発見してからアレッシアの攻撃までの時間が非常に短く、作りかけの第二の壁はすぐに突破出来た。
アレッシア人はオーラ持ちが多いのだ。
攻城兵器が無くとも、城門に近づければ壊して開けることも可能である。
相手の撤退を追うように第一の門、最初からあった壁へ。
責任者が居ないのか、あるいは意思の統一が図れていないのか、アレッシアに寝返りたい者が居るのか。
第一の門が閉じる速度は非常に遅く、追いつき、追い抜いた一部のアレッシア兵が大怪我を負いながらも門がこじ開けられた。
そのタイミングで、ソルプレーサ率いる第二陣千二百がエステリアンデロスに突入する。
負傷兵を回収し、手当をさせながらエスピラ率いる第三陣八百が最後に街の中へ。
入ってすぐにエスピラの下に伝令が走ってきた。
「武器庫、食糧庫に配備していたビュザノンテン兵が最後まで抵抗し、エステリアンデロス兵に明け渡さなかったそうです。宝物庫は予想通り逃げようとしたエステリアンデロス兵がおり、すぐに殲滅したと。キンラが居ると思われる居館の制圧はもうしばしお待ちくださいとのことです」
「良くやった」
返し、エスピラは親アレッシアの住人だと判断した者達には配っていた札を掲げていない家に八人一組で兵を向かわせる。
押し入り、意思を確認し。
ある所では殺害して、ある所では許して。
キンラに味方したと思しき者達を『粛正』しながら街の中心部へと向かう。
ディラドグマで行ったことよりはぬるいのだ。
アレッシア軍の最精鋭であることを課されている歩兵第三列に属する兵士。エスピラの腹心たちに率いられている部隊。
そんな軍団にとって、この命令は容易なモノでしかなかった。
「これは?」
たどり着いた居館の前に飾られている、逆さの死体をエスピラは指さした。
死体の男はオクレイウス。シズマンディイコウスの一人息子。
「既に飾られておりました」
ソルプレーサに預けていた百人隊長、元タイリーの被庇護者であるラーモが言う。
「見せしめか」
となると、シズマンディイコウスの私兵をも味方につけていた可能性が高まったな、とエスピラは算用した。
被害者とは言え、そのことを責め立ててシズマンディイコウスの目論見を外すことも。
ビュザノンテンの主導権を確固たるものにする方策を。紙幣を殺して武力を奪うことも。
「丁寧な葬式を行おう。ビュザノンテンを守ろうとした友好の士に。敬意を表して」
阿るためではなく、後継者と名乗るための葬儀を。
「かしこまりました」
ステッラが返事をして、さらに下の者に伝わることでオクレイウスの死体が木の杭から下ろされる。
「尻の穴から突き刺し、口から棘の先が出ていれば、流石に顔色を変えたか?」
進みながら、エスピラはステッラに聞いた。
「何も知らずに出会えば、足は止まるかも知れません」
百戦錬磨のステッラが淡々と答える。
命令ならば実行いたします、という言葉が聞こえてくるようだ。
「安心してくれ。エリポス『で』そんなことをすれば、全面戦争になってしまうよ」
「タイリー様も、枠に囚われないお方でした」
「どうも」
そして、新たに来た兵の後に続き、捕えられているキンラの目の前に出る。
「この腐れチンポ野郎!」
同時に、エスピラに強烈な罵倒の言葉がぶつけられた。




