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破滅の宴

「いやあ、しかし、本当にエスピラ様は良くやっていると思います。アレッシアで育ったにも関わらず、しっかりとした教養を身に着けていらっしゃる。おっと。これはシニストラ様もそうでしたね」


 シズマンディイコウスがシニストラにも笑みを向けた。

 シニストラが慇懃に頭を下げる。


 シニストラのはらわたは煮えくり返っているだろう。


 それでも、シニストラは嫌悪感を隠した表情でシズマンディイコウスに話を合わせるのだから、流石はアルグレヒト一門。場慣れしている、というべきか。


「キンラ様」


 エスピラは隣に来ているアグネテの、緊張感を孕む初対面特有の会話直前の気配を感じ取りながら、キンラに顔を向けた。体も少しばかり傾ける。アグネテとの間に空間が起きるように。


 キンラの表情が僅かばかり緩くなった。観察し続けていたからこそ分かる程度に、やわらんだ。


「実はアルモニアをすぐにビュザノンテンから出さなくてはいけなくなってしまいまして。少しの間、私の手が空かない時の取次ぎをソルプレーサに任せてもよろしいでしょうか?」


 キンラの表情が、エスピラがアグネテから距離を置く前に戻る。


(さて。何度乱高下したかな)


 キンラの感情が。思惑が。


「ソルプレーサ様はエスピラ様の信任厚き奴隷。何の不満も」

「奴隷ではなく、被庇護者。自由市民です」


 エスピラは気分を害すると知っておきながらキンラの言葉の途中で訂正を挟んだ。


 ソルプレーサの雰囲気は一切変わっていない。


「これは失礼。ソルプレーサ様はエスピラ様の信任厚き者。不満などありませんよ」


「認めて頂きありがとうございます。アレッシアでは何も気にする必要は無かったのですが、エリポスはアレッシア以上に気を遣いますから」


「なれれば気を遣うなどと考えずにできるようになりますよ」


(さて)


 シズマンディイコウスはこのやり取りをどうとったかな、とエスピラは視界の端に意識を集中させた。


「エスピラ様」


 その、エスピラとキンラの途切れ目を狙ったかのようにアグネテの澄んだ声がエスピラを呼ぶ。


「どうかされましたか?」


 顔を動かし、態勢を戻しがてら確認した視界では、シズマンディイコウスがシニストラとの会話を終わらせにかかっているようだった。


「白身魚とリンゴがお好きだと聞きましたので用意したのですが、お口に合いませんでしたか?」


 アグネテが、エスピラのたいして減っていない皿を見て言う。


「話に華が咲いてしまいまして。料理は、非常に美味しくいただいております」


 シニストラから一瞬だけ視線が来た。

 普段のエスピラならば「妻の好物でもあります」とでも返しているからだろう。


 シニストラには後で説明するとして、エスピラはアグネテの娘、ディミテラに笑みを向けた。


「欲しいのかい?」


 指さしたのはカツオをカリンと酢で酸っぱく味付けしたモノ。エスピラの皿をじっと見つめていたディミテラが驚きつつも、小さく頷いた。アグネテが窘める。


 エスピラはアグネテを止めて、ディミテラにカツオを分け与えた。


「エスピラ様」

「私はまだこれも残っておりますから」


 言って、エスピラは白身魚のサラダを小さく持ち上げた。

 下では、ディミテラが笑顔でエスピラからもらった皿からカツオをとって頬張っている。


「キンラ。言葉とは違って些か棘が見えたぞ」


 小声でシズマンディイコウスがキンラに言っていた。


 エスピラはシズマンディイコウスの声に反応せず、美味しそうに食べるディミテラの頭を右手の甲の小指側で軽く撫でた。はしたないと注意を飛ばしていたアグネテが注意をやめる。


「エスピラ様。アレッシアならば兎も角、エリポスで不用意に人の子を撫でるべきでは無いかと」


 ソルプレーサが硬い声を出した。


「構いませんよ?」

 と笑うのはシズマンディイコウス。


「いえ。やめておきましょう。此処はエリポスですから」


 エスピラは静かに返し、ディミテラから手を放した。

 ディミテラは気にせずに食事を楽しんでいるようである。


「ビュザノンテンぐらいではエスピラ様もアレッシアと同じように過ごされた方が良いのではありませんか? エリポスは疲れますでしょう?」


 シズマンディイコウスの言葉に、キンラとの決裂を感じ取ったのはエスピラだけではないだろう。


「キンラもそう思うだろう? エスピラ様が此処に腰を落ち着けてくれれば、お前の立場も安泰ってものじゃあないか?」


 だからだろうか。

 シズマンディイコウスがキンラにすり寄るような態度も見せた。


「もとよりそのつもりでお前を呼んだのだ。エステリアンデロスを所有する私と、その近郊の土地を持つシズマンディイコウス。その土地を保証するエスピラ様。この関係が築かれれば互いに高い利益を得る。

 エスピラ様は守りの硬い軍団の根拠地を得られて、私は大国に睨まれているこの土地を武力的にも治められるようになる。シズマンディイコウスが物資を提供することでエスピラ様の軍団は長く生き延びることができ、街の外に居るお前たちも守られる。

 義兄弟共にこれからも続く混乱を生き延びようではないか」


 キンラが寝っ転がったまま堂々と述べた。


 シズマンディイコウスが物資を持ってエステリアンデロスに入ることでキンラが上だとも認識させることができる、と言うものキンラの利点の一つ。シズマンディイコウス側がどこかの国と繋がっている証拠を掴めれば滅ぼし、自分の土地にできると言うのも一つ。


 今回の会合はそのための監視と、人質でもあるのだろう。


(無駄に終わりそうだが)


 エスピラが愛妻家で、アグネテになびかないのを信じてくれているのであれば個人的にはキンラの方を評価したい。


 だけれども。政争の火種は少ない方が良い。エスピラがエスピラの意思で大きくできる火種だけの方が好ましいのである。


「叔父様、お父様。難しい話はしないように、と最初におっしゃっておりましたのに、難しい話になっておりますよ。ディミテラにも分かるようにお話しください」


 アグネテが楽器のような声で男たちを窘め、満足そうに皿を空にしたディミテラを抱えた。

 ディミテラがエスピラとアグネテの間に座らされる。


「叔父様もお父様もディミテラを可愛がってくれるのですが、同じ話ばかりでして。エスピラ様が何か話してはくれませんか?」


 ディミテラの顔は上がらない。エスピラでは無く食事に向いている。いや、食事にでも無い。


 ただ、向こうではシズマンディイコウスが「私もキンラやエスピラ様が忙しい時に話をしておきたいので」とソルプレーサに声を掛けていた。キンラも誘い、どのような人物かを探るためかのような論の展開で。キンラも知っておいた方が良いと。


「私の可愛い子供たちの話でも致しましょうか?」


 思惑から外れているであろうことを言うが、アグネテの笑みは変わらない。

 男心をくすぐるような笑み。ズィミナソフィア三世のものとの違いは、妖艶さではなく愛らしさが多い所か。


 ふむ、と算段を立て、エスピラはそれとなくシニストラに合図を送った。


「エスピラ様」


 合図に反応してシニストラが声をかけてくる。


「どうした?」


 エスピラは何も知らないかのようにシニストラに問いかけた。

 シズマンディイコウスの視線が一瞬やってくる。


「エスピラ様のご自慢の家族の話は私以外の者からすれば長いと言う話を良く聞きますので、先に話を中断しかねないことを済ましておいた方がよろしいのではありませんか?」


「それもそうだな」


 返して、エスピラは一度席を立った。

 少々お待ちください、とアグネテに品の良い笑みを向け、キンラとシズマンディイコウスに礼をして。部屋の外に出る。


 本当にお手洗いの方向に向かいつつも、エスピラは『キンラに忠実な』奴隷を見つけると、呼びつけた。


 アレッシア兵は遠く、他の奴隷は居ない。


「シズマンディイコウス様は素晴らしいな」


 小さく言いながら近づき、エスピラは豪華な、エリポス人の好きな金細工を奴隷に握らせた。奴隷の顔はあまり変わらない。少し目が大きくなっているだけ。


「シズマンディイコウス様に、アグネテ様によろしくお伝えください、と夜遅くならない内にそれとなく伝えておいてくれ。この会合のために私は今日の分の仕事を終わらせてあるのでね」


「……かしこまりました」


 言って、奴隷が離れる。


(さて、どっちに転がるか)


 どっちに転がっても良い。アレッシア兵を連れて、一度ビュザノンテンを出ることは決まっているのだから。


 だが、エスピラは呼び出しに成功した時の話題として使うことになるメルアと娘達に申し訳ないと心の中で謝ってから部屋に戻ったのだった。


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