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美味しくない食事会

 その日、形ばかりに身なりを整えているとアルモニアとグライオが飛び込んできた。

 エスピラは一度だけ目をやると、再び革手袋の紐を手首に巻き始める。


「どうした?」

「メガロバシラスが幾つかの都市の調略を完成させたようです」


 アルモニアが言う。


「幾つか」

「はい。まだ、正確な数は分かっておりません。第一報を基に急ぎ来た次第です」


(第一報のみか)


 本当だとすればメガロバシラスとの連携不十分だとも考えられる。


 今も暑いが、これから本格的に暑くなるのだ。冬もそうだが真夏も戦争は避けるのが暗黙の了解。だからこそ攻められにくい時期に反アレッシアを打ち出して防御態勢を整えたかったのだろうが、攻められた場合メガロバシラスは南下しにくいのである。

 そして、見捨てることはメガロバシラスの威信の低下につながるのだ。


「場所は?」

「規模、地形的に大きいのはデラノールズ、カルフィルン、アブライカの三都市かと。此処を抑えれば自然と火は小さくなります」


 グライオが言って、地図を取り出した。

 近くに広げて、近くにあったモノを置いていっている。


「しかしながら、三都市ともメガロバシラスに近く、此処がひっくり返ればディラドグマからビュザノンテンが分断されます。ディティキへの通路も脅かされるでしょう」

「カルフィルンは外から川を都市に引き込んでいたな。グライオ。幾つ思いついた」


 カルフィルンは最西方。ディティキ側にある。


「現時点である情報では三つほど」


「良し。グライオ、カウヴァッロ、ルカッチャーノ、ネーレ、フィエロの計五千を率いてすぐに進発してくれ。高速機動で構わない。近くにある補給地点を全て空にしても良い。必ず落とせ」


「かしこまりました」


「アルモニアはカリトン、イフェメラ、ジュラメント、ヴィンド、ジャンパオロ、ピエトロと六千五百を連れてデラノールズへ。先に落とした方からアブライカに進め」


「はい」


「私は会談が終わり次第残りの兵と攻城兵器を連れてすぐにアブライカに進む。そこで落ち合おう」

「かしこまりました」


 二人の返事が重なって、慌ただしく出ていく。


「全て予想地点で助かりましたね」


 着替えが先に終わり、不動の姿勢を保っていたシニストラがようやく口を開いた。


「そうだな。まだ、人となりが分かる者がメガロバシラスの主導権を握っているらしい」


 エスピラはしばらく地図を睨みつけながら、口だけ動かしてシニストラに返した。


 そのままエスピラの目が地図上を何度か往復する。メガロバシラスにも行き、平野部にも行き。食糧保管地点としていた場所の幾つかも目に映る。


「お忙しい所申し訳ありませんが、アカンティオン同盟や商人らが解放した者達も連れていくのですか?」


「訓練の施していない四千を加えるよりも訓練済みの連携が取れた二千四百の方が強い。それに、大きいと言っても最大の試算で二千にも届かない。おそらく、訓練を受けている、すぐにでも戦場に出せる兵で言えば千以下だろうな」


 地図を睨んだままエスピラは返す。


 アレッシアも国民皆兵だが、本当に全員がすぐに兵として使えるわけではない。規律や隊列、順序、上官。色々覚えること、変わることは多いのだ。


「攻囲戦は、何より赤のオーラ使いの数と攻城兵器の精度、内応者の有無、防備が整うまでに攻め込めるかの速度が大切だ。即時囲めば、こちらに親しい者も中に居る以上、門は開きやすい」


 返しながらも、エスピラは幾つかの状況をシミュレーションし終えた。


 メガロバシラスが来るかどうか。来るとしたらどこに? こちらが勝てるのはどの位置?

 あるいは、他の援軍が来るのかどうか。ビュザノンテンもといエステリアンデロスの内部はどうなるのか。


「グライオならば心配いらないと思うが、念のためマルハイマナの動きももっとしっかりと探っておくべきか」


 地図からやや体を離し、エスピラは指でメガロバシラスが南下してくるときの東回り通路をなぞった。


 今、制圧しておきたい都市で東回り通路から一番近いのはデラノールズ。


 最悪、此処を落とせないまでも此処をエサにメガロバシラスをおびき寄せたい。

 一年前と違って味方を作り始めたと言うことはこちらを警戒していると言う事であり、味方を作るためには自分たちの力を示し、助けにくることを示さないといけないのだから。


 そうして降りて来たメガロバシラスを、今度は全力で叩く。新型の攻城兵器の組み立てにも兵は慣れたのだ。威力が低くても問題は無い。


「しかし、デラノールズはエサにするにしては大きすぎでは?」


 ソルプレーサが言って、指で別の場所をさす。

 よりメガロバシラスに近い土地。トゥンペロイ。


「隘路からの出口となる平野を領有しているため、メガロバシラスも戦いに応じやすく、街も大きすぎない。こちらの準備如何に関わらず出てこざるを得ない立地かと」


「そこが最善だが、まだエサにはしたくないな」


 ソルプレーサが何かを言う前に扉が叩かれた。

 ウェラテヌス邸から連れてきている奴隷が入ってくる。


「旦那様。キンラ様の準備が整いました」


 キンラ・ボテズベルト。彼はエステリアンデロスだった時の街の長だ。


 メガロバシラスとも繋がっていたが、即時門を開けたため同じような位置につけ続けている。あくまでもエスピラは防衛力として。つまり、軍事の責任者。街の統治はキンラ。


 ただ、街の改造はエスピラらが主導で行っているため、完全にお飾りである。


「すぐ行く」


 言って、エスピラは念のための賄賂、精巧な銀細工の留め具と貴族から没収した金細工を袖の中に隠すと奴隷に続いて外に出た。シニストラ、ソルプレーサと続く。


 目的地は食事会場。室内。ラフな服装をしたアレッシア兵が守りを固めているという体で外部との接触を遮断している場所。


 奴隷がエスピラの到着を告げたのち、扉が開き、エスピラは堂々と中に入った。


 会場の飾りつけ自体はキンラの主導。


 ウェラテヌスにとってはあまり好きではない、どちらかというとナレティクスやセルクラウス向けの立派な絵画や酒や食べ物がこぼれても良いようにたっぷりと敷き詰められた干し草もある。しかも、この草も良い匂いなのだ。加えてまだ陽はあると言うのに火も焚かれており、その周りには金などが配置されてさらに明るくなっていた。


 正直、煤で汚れるのだから火の近くに置くだなんて馬鹿々々しいとエスピラは思っている。

 もちろん、タイリーなどもそのやり方は使っていたが、エスピラを呼ぶときはそこだけはしていなかった。エスピラを理解し、下の立場の者にも気を使っていたのである。


(比べるのもおこがましいか)


 観察している間に近づき終わると、エスピラは人の好い笑みでまずはキンラ、次にキンラが連れて来た三人に会釈をした。


 キンラが頬についている巨大なやけど跡、皮が引きつっている頬を隠すように会釈を返してくる。本人は気にしているようなのでエスピラはその傷に何も言わない。言わないが、個人的には隠す必要は無いと思っている。それも個性だ。分かりやすく、覚えやすい。覚えやすいと言うことは実力を皆が認知しやすいのだ。


 とは言え、エスピラもそう考える人は少ないことは分かっている。


「シズマンディイコウス様。こちらがアレッシアの将軍のエスピラ様です」


 キンラがまずは来ると聞かされていた老年の色男、シズマンディイコウスにエスピラを紹介した。

 残りの二人、若い女性と十歳かそれより少し上に見える女の子についてキンラは何も言わなかったが、エスピラは既にシズマンディイコウスの娘と孫であると知っている。


「エスピラ様。こちらが紹介していた私の義兄弟のシズマンディイコウス様です」


 シズマンディイコウスはエステリアンデロス近くに大きな土地を所有している男でもある。


「お会いできて光栄です」


 紹介の後、エスピラが手を伸ばした。


「こちらこそ、今やエリポスで最も強い軍団の長にお会いできて嬉しい限りです」


 シズマンディイコウスもエスピラの手を取り、にっこりと笑ってくる。

 数秒間手を握り合うと、エスピラとシズマンディイコウスは一歩ずつ離れた。


「そして、私から紹介して良いものかは迷いますが、こちらがエリポス東部一の美人と名高いアグネテ。私の姪ですので身内びいきと言われるかも知れませんが、これ以上の美人はそう居ないでしょう」


 キンラの紹介に、アグネテが少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 演奏隊の者達の動きが僅かに乱れた空気が感じ取れる。シニストラとソルプレーサにはほとんど動きは無い。


「私も、比較対象に妻を連れてくる日があるとは思っても居ませんでした」


(外見だけだけどな)

 との本心は隠して、エスピラもアグネテに会釈を返した。


「こちらはアグネテと死別した夫との間の子のディミテラです」


 キンラではなく、シズマンディイコウスが紹介してくる。

 よろしくおねがいします、と可愛らしい声でディミテラが頭を下げた。


「よろしく」

 と、エスピラは視線の高さをディミテラに合わせて返した。


「噂通りのお方の様だ」


 シズマンディイコウスが言う。


「噂?」


「子供にやさしいと。ディミテラは父親を知りませんから、エスピラ様がよろしければ多少なりとも目にかけて頂ければ幸いです。いえ。国家の主は民の父とも申しますから」


 やっぱりそう来たか、とエスピラは心の中だけで嘆息した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 嫁さんのかわいらしさ。 メルアちゃんの悋気も嫉妬も毒舌も独占欲のなせる業であって、さみしさの裏返しと思うとかわいらしさ爆発です。かなり痛そうですが(笑)。 離れたところの敗退、戦捷も、主人…
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