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状況は猫のように

「汚名を被る気はないよ」

「被せる気の方が無いのでしょう?」


 ふう、とエスピラは軽く肩をすくめた。


「で、何の用事があったんだ?」


 そして、エスピラは話題を変えた。


「悪い知らせが二つほど」


 ソルプレーサも話題転換に乗ってくれた。


 エスピラはソルプレーサの顔を見て、少し前のめりになる。右ひじを机について、人差し指にいくにつれて伸び気味になるように軽く握る。


「当ててみよう」


「暇なんですか?」


 ソルプレーサの言葉は、無視。


(緊急度はそこまで高くない。あるいは、これからどうなるかが重要か)


 例えばマルテレスの話であれば真っ先に挙げるはずである。それこそ、最初の家族の話を振らずに。


 となれば。


「エクラートンの王が亡くなったのが一つ。もう一つは、ヌンツィオ様かオノフリオ様が敗死されたか?」


「ご賢察の通りです。

 一つ目はエクラートンの王が変わりました。これまでエクラートンがしてきたような援助をアレッシアがしてくれるのであれば同盟を結んでやっても良いと言っているそうです。

 二つ目は、オノフリオ様が殺されました。首謀者は不明」


 エスピラの目が大きくなった。


「暗殺か……?」


 オノフリオが戦場での敗死では無く暗殺ならば、話は全く違う。


「戦闘になった話も形跡もないことから、恐らく」

「軍団は?」

「奴隷の軍団ですから。国家よりもオノフリオ様に従っていたようなモノ。エスピラ様の思う通り、もう使い物にはならないでしょう」


 下手をすれば、山賊が増えたと言うことになる。


 戦術としては見事の一言だ。

 暗殺できる距離まで近づくと言う難易度こそあるが、失う兵数を少なくしたうえでアレッシアの一個軍団を解体できる。しかも、補給を脅かす山賊付き。


(一歳では、まだ厳しいか?)


 家族をディファ・マルティーマまで動かすのは。


「しかし、暗殺か。国威高揚には繋がるだろうな」

「ええ。対ハフモニに於いて、これ以上ないほど国民の団結を促せるでしょう」


「暗殺によって得をしたのは、ハフモニ勢とサジェッツァか」

「まあ、タヴォラド様が自分の腕を切り落とせない人間かどうかは怪しい所ではありますが」


「ソルプレーサは、アレッシアには親族が居なかったな」

「居たらエスピラ様の家で寝泊まりしてませんよ。たまに聞きたくも無いのに聞かない方が良い艶やかな声が聞こえてきますし」

「忘れろ。思い出したら二度と聞こえないように耳を削ぎ落してやる」


「眠気がピークの時に思い出して、恐怖に震えておりますので。ご安心ください」


 何が安心だ、と思いながらも、エスピラは防音を強化することを強く決心する。

 必ずや作り上げると。否。すぐさまディファ・マルティーマで実験しようと。


「話を戻そう。今、本国で準備が完了しているのは二個軍団一万六千だったな」

「はい」


 マルテレスが再度編成しなおした二個軍団二万を率いて対マールバラに。

 サジェッツァとオノフリオが各々一個軍団一万を率いてアグリコーラ奪還に向けて。


 ヌンツィオが一個軍団九千を用いて北方諸部族の抑え。

 ペッレグリーノが二個軍団一万五千でプラントゥムのピオリオーネに籠っている。


 カルド島には南方の同盟諸都市を中核に形成した二個軍団二万が。


「エクラートン攻略に兵を出さねばならないだろうが、一個軍団では少ないな」


 舐められて終わりだ。


「とは言え、サジェッツァはアレッシア国内の政務もある。オノフリオ様が居なくなったところを埋めないとマルテレスに対してマールバラが数的優位を作って攻撃してくるかもしれない。そうなれば、流石に厳しいだろう」


「考えても仕方が無いことだとは思いますが、エクラートンを放置して二個軍団はアグリコーラに送るのではないでしょうか。数を増やして、一気にアグリコーラを落とす。半島の安定感はそれだけで大違いです」


「そうかも知れないが、アグリコーラは簡単に落ちる都市ではない。アレッシアを一度裏切った以上、命がないことは知っているだろうしな」


「エスピラ様ならばどうされますか?」


 ふむ、とエスピラは口元に手を当てた。


「タヴォラド様を副官か軍団長に据えて一個軍団をオノフリオ様が担当していた区域に送る。オノフリオ様ほどでは無いだろうが、奴隷の回収もできるだろう。その後は戦わずに解放奴隷にするだけでも大きく違う。


 もう一個軍団は来年の貴族側の執政官をスーペル様にすると言う名目で同じく副官か軍団長に入れてカルド島へ。いや、別にスーペル様を執政官にしなくても良いな。あくまでも相談役として入れておき、その力を借りて再度カルド島をまとめ上げる。混乱を鎮める。

 そうするかな」


「では、サジェッツァ様ならば?」


「船のでき次第では海上封鎖からの海と陸からの攻撃でアグリコーラ近くの港町をどこか落とす。山賊と化した奴隷は放置して、マールバラの移動をも制限させる、かな。カルド島にスーペル様を送るのは変わらないだろう。もしかしたら、メントレー様を送るかも知れないが、メントレー様は体調を崩されることが多いと言う話を聞いているし。どうするかだな」


 それ自体がエスピラにもたらされている虚報かも知れないが。


「そのこと、皆との会話で述べても?」


 ディファ・マルティーマでの集合以来続けている、意見の共有会で、だろう。


「構わないよ」


 エスピラも暇があれば顔を出しているが、エステリアンデロスを占拠して以来、中々行けていない。


「ああ。サジェッツァならば自分の持つ軍団を執政官のどちらかに預けて、一個軍団をそのままスーペル様とかに渡してカルド島に送るかもな」


 言いつつ、エスピラは常に袖に隠し持っている羊皮紙を取り出した。


 書かれているのはエスピラが離れて以来処刑された者のリスト。詐欺まがいのことを国に仕掛け、それで殺された者もいればアグリコーラの反逆に関わったとして殺された者もいる。


「気になることでも?」


 ソルプレーサがさらに声を潜める。


「いや。今のところは無い」


 足音が聞こえ、エスピラは羊皮紙を丸めてまた袖の中に隠した。


 派閥争いは、残念ながら無くなったというよりも一時休戦のような形だ。処刑された者も、基本的には派閥争い関係なく、その罪に於いて行われているようである。


 ソルプレーサが扉の方を向き、そしてエスピラの居る机から離れた。


 数秒して、扉が開かれる。現れたのはフィルム・タンブラ。マルハイマナの言葉に興味を持っていた若者である。祖父が護民官だった男だ。


「エスピラ様。マルハイマナより使者が到着いたしました」


「階級は?」

「クリマティンシスモズの財務官相当だそうです」


 クリマティンシスモズはマルハイマナの植民都市の一つである。

 エスピラは目を横にやり、部屋の隅で布を被っている賄賂を視界に入れた。


「此処に通してくれ。出迎えは要らない」

「はい」


 フィルムが出ていく。


「エレンホイネスは歳で耄碌としたかな?」

「あまり悪い手には見えませんが」

「現状だけを考えればね。とは言え、王の印綬を持っていればまた話は変わるし、確かに早計だったかもしれないな」


 エスピラが返せば、また増えた足音が近づいてきた。

 ソルプレーサも何も言わずに脇にずれる。エスピラは適当に机の上の書類をまとめ、横にずらした。


 とてもじゃないが高官を迎える体制ではない。


「失礼いたします。ジャラス・アブー・クィルイ様をお連れ致しました」

「入れ」


 だが、その状態でエスピラはマルハイマナの使者を迎え入れた。

 使者ジャラスの髪は綺麗に耳が出るまでに切りそろえられた黒髪。瞳の色は濃い茶色。


(エリポス系か)


 恐らくではあるが。移民か、元奴隷か。


「お初にお目にかかります。私はクリマティンシスモズの財務官、ジャラス・アブー・クィルイにございます」


 綺麗なエリポス語で、ジャラスが頭を下げた。


「ご丁寧にどうも。私がエスピラ・ウェラテヌスだ」


 エスピラはマルハイマナの言葉で返す。ただし、名乗りはアレッシアでのモノと同じ。


「早速だがジャラス様。君個人への友好の証としてあれをやろう」


 言って、エスピラはソルプレーサに目で合図を出した。


 ソルプレーサが部屋の隅に移動し、布を取る。中から現れたのは金銀の刺繍が施された一枚掛けの衣服。布。金持ちが逃走の際に着る、自身の財を少しでも持ち運ぶための工夫がされた服だ。


 もちろん、高級品。


 ジャラスもきちんと価値が分かったのか、目が大きく開き、黒い部分が非常に多くなった。


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