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戦後を語れば

 何故エステリアンデロスが降伏したのか。

 様々な理由はあるが、大きく分けた場合は二つのことが挙げられるだろう。


 一つ目は立地。


 マルハイマナ、メガロバシラス、マフソレイオ。その三国がエリポス圏南部に勢力圏を広げようと思った時、防衛の要となるのはエステリアンデロスである。故に、エステリアンデロスへの援軍はそのままその国が占拠することに繋がるのだ。他の国の攻撃対象になることに繋がるのである。


 二つ目はアレッシアの仕置きだろう。


 即時降伏は許す。

 これは攻められてすぐ、抵抗しなかったエテ・スリア・ピラティリスの民がそのまま生かされている、あるいは出世していることからも確定である。


 少しでも抵抗したら金に。

 これはアントンでのメガロバシラスの降兵が商人伝手で売られたこと。エテ・スリア・ピラティリスの民の中にも奴隷になった者がいたこと。売られた者がいたこと。先に街を追い出されたディラドグマの民の扱いからも明らかだ。


 最後まで抵抗すれば皆殺し。

 これは、ディラドグマの街を見れば分かる。死体も転がったままのあの土地は、緑のオーラ使いが複数人居ないとしばらくは疫病が蔓延するため近寄れないだろう。

 つまり、通れるのはアレッシア人のみ。


 そう言うこともあり、エステリアンデロスは投降したのだとはエリポス圏の共通認識のはずだ。


 エスピラならばマフソレイオとも仲が良く、マルハイマナとも『関係を取り持った』と見える。メガロバシラスとは明確に敵対意思を示している。

 即ち、取り合いとして戦時の中心点にはならない。そう言う目論見だろう。


 そして、エスピラはその期待に応えた。


 徹底抗戦を主張していた者は皆財産を没収のち、奴隷に。

 内応をした者は街の高官に。

 何もしなかった者は一部の財産を『徴収』して。

 アレッシア人奴隷は全員を解放する。


 エスピラにとって何よりも大切なのは『アレッシア人奴隷の解放』だ。


 例え諸都市の目論見通りになったとしても、アレッシア軍の通ったところでアレッシア人が全員解放されていけば国内のアレッシア人奴隷がエスピラに同調する可能性がある。そう危険視させれば十分。


 ドーリスやジャンドゥールと言った新たな友好国がすぐさまアレッシア人奴隷の解放を行い、祝いの品をエステリアンデロスに持ってきたこともそれに拍車をかける。当然、その意図が分かる以上はエスピラもその二国に感謝と称して財や一部のエステリアンデロス民を分け与えた。ジャンドゥールには一部の投石機の技術公開も行って。


 これに焦ったのは他の国家だろう。


 重装歩兵を駒のように奪い合うような戦いを是としておきながら、何故か奴隷には大きく反応する。エリポス他国家の奴隷を増やした二国が、同じく投石機の技術も発展させる。


 それは、エリポスた国家への攻撃の意思があるのではないか?


 エリポス南方の都市は、動かなかった北方のメガロバシラスよりもアレッシアを選ぶだろう。

 少なくとも、二股外交をするだろう。


 メガロバシラスにも近い都市は、アレッシアにも接触を図って天秤にかけ始めているのだ。


 エスピラは、全ての報告に目を通し終わると、毛色の違う一束の紙を見て息を吐いた。


 顔に暗色が漂う。

 送り主は、カリヨ。


 マシディリならば喜んで見れたが、マシディリではない。この理由がもしも「父上嫌い」と言うものならどうしよう、という悩みである。


「苦言を呈されても仕方が無いことをしてきた自覚はあるのがねえ」


 愛妻から罵倒されてもまだ大丈夫だが、愛息からならば耐えられない。が、ディラドグマで行ったことが認められるとも思っていない。


 エスピラは羊皮紙の端を指でちらちらと触りながら、覚悟を決めると大きく息を吸い込んだ。


 息を止めるかのようにして、一気にひっくり返して持ち上がる。


 呼吸を忘れたまま、まずはざっとマシディリの言葉を探して。

 今日ほど潜入任務などで鍛えた速読技術が役に立ったことは無いだろう。


 そして、一枚目を一通り読み終わって二枚目に行ってから、エスピラは大きく息を吐いた。


 また一枚目に戻る。


「表情変化の練習ですか?」


 読んでいる途中で入室の音があったソルプレーサの呆れた声。

 それに対してエスピラは笑って返した。


「聞きたいか?」

「あ、それ以上は言わなくて良いです」


 家族自慢が始まると知っているであろうソルプレーサがすぐに釘を差してきた。


「生まれながらにして罪のある者は無く、生き抜きながら無垢である者は無い。マシディリがそう書いてきてくれたよ。カリヨが最初に来ていたのは、カリヨの方が分量が多くなるからだとさ。まあ、メルアも書いているからだろうがね」


「メルア様が?」


 最初はまた始まったよ、と渋い顔をしていたソルプレーサが、最後の方は自ら聞いてきた。


「メルアは、私の分は何で残っていないのかしら、と言ってきたよ」

「それだけですか?」

「それだけで十分だ」


(アレッシアで何かあったか?)

 と、返しながらエスピラは思う。


 ソルプレーサがみすみすこんな釣り針に引っ掛かることはないはずだ。


「カリヨ様は何と言ってきたのか、聞いても?」


「カクラティスがウェラテヌスの借金を肩代わりしたことの驚きをつぶさに伝えてきてくれているよ。おかげで、私の書いている伝記の信憑性が大きく高まったともね。それから、そうなった際のティバリウスの身の振り方を幾つか提案してきているな。あとは、ジュラメントを叱ったと」


「ジュラメント様はエテ・スリア・ピラティリスに置いておいた方が良かったのでは?」


 ソルプレーサが聞いてくる。

 本題では無いようだ。


「使い勝手が良い人材を遊ばせている余裕は無い。私にも、アレッシアにも、だ。それに、戦後を見据えた時にディラドグマ殲滅戦はやり玉に挙げられるかも知れない。その時に批判した者も身内に居た方が何かと動きやすく、割らずに済むかも知れないだろう?」


「戦後を語れば笑われますよ」


 揶揄うようにソルプレーサが言ってきた。


「戦後を見れずして軍事命令権保有者は名乗れないよ。始まった瞬間から終わり方を描き続けるのさ」


 始まった瞬間とは、戦うことがちらついた瞬間のことである。


「それもマシディリ様に?」

「あくまでも私の考えとしてね。マシディリが受け入れるかどうかは別問題だ」


 言いながら、エスピラは手紙を机の上に置いた。


「まあ、口さがない者達はウェラテヌスの蔵がオピーマからカナロイアに変わったと言っているらしいが、カナロイアの行動には一切関与していないからな。これで借金だなんて言われたら、踏み倒すためにカナロイアを攻めるしかあるまい」


 無論、冗談である。


 ディラドグマ殲滅戦があってから、カナロイアという国としては表立ってエスピラを支援することは難しくなっているはずだ。だが、敵対して良いことも無ければ折角築いた関係性も零にはしたくない。メガロバシラスよりもアレッシアの方が強いと先に踏んだのはカナロイアなのだ。


 そのため、個人的な繋がりとして維持するための策だろう。


(しっかりと私の意図を理解してくれていたようで何より)


 宗教会議の休憩中の会話に於いて。

 同時に、王権を強くするために動いていたのも功を奏した形になっただろう。


「ドーリスは積極的な手伝い。ジャンドゥールは研究開発の提供。カナロイアは莫大な財を個人的に渡す。数百年後、先に潰されるのはアフロポリネイオですかね?」


 ソルプレーサがエスピラに近づきながら、声を小さくして言った。


「数百年も先の話かな?」


 エスピラも唇をほとんど動かさずに返す。


「今?」

「それは不味い」


「マシディリ様?」

「どうだろうな。このまま育ってくれれば、マシディリはしないような気がするよ」


「マシディリ様『は』ですか。初めから、それが狙いで?」


「どの程度国力が残るか、だな。ハフモニ、メガロバシラス、マルハイマナ。下手をすればエリポスの諸都市もその後に。プラントゥムやカルド島、オルニー島もしばらくは反乱が起こるだろう。サジェッツァやタヴォラド様は上手くやっているよ。これだけ削られた中で国力を割らず、それどころか戦闘能力に転換しているのだから。邪魔だったのは、神殿勢力がタイリー様の遺品を集めて自分の実力以上の名を得ることだったろうな」


「なるほど。いやはや、エスピラ様も随分とあくどいようで」

「失礼な。私はウェラテヌスとウェラテヌスに連なる者、私に協力してくれた者には最大限の誠意を示すとも」


「お父上が聞けば泣くのでは?」

「父上のその精神は尊敬こそすれど、私は私の子供たちに思い出すだけで心が黒く塗りつぶされる経験をしてほしくはない。名だけがあっても力が無ければ全てを貶められる。時代は変わるのだ。それに合わせた変革は、極力一代で終わらせる」


「汚名を被ったまま死ぬために?」


 ソルプレーサが、真っ直ぐエスピラを捉えて言った。


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