序列の変わる時
エスピラが次に宣戦布告を行ったのはエステリアンデロス。地形に恵まれた都市に、ディラドグマ跡から出る前に次の標的だと告げたのだ。
しかしながら、東方に行く途中に近づくこともできたカナロイアからは物資の援助などは無し。言い訳としては前回も送ったばかりであり、見返りが少ないとのこと。
そして、カナロイアと同じくらい重く扱ってきたアフロポリネイオからも無し。今回はアフロポリネイオの使者が殺されたこともアレッシアの開戦事由であったが、事実関係の確認やら国民への説得と言って何もしてこない。
そんな状況下でエテ・スリア・ピラティリスに入ったエスピラの下に最初に届いた支援はドーリス王アイレスからのもの、届けに来たのはアイレス陛下自らであった。
王は「約束を果たしに参った」とだけ言い、二万人ならば三十日は養える量の小麦と干し肉、干し魚、量は少ないながらも野菜、そして馬千頭がこれまた三十日は養える干し草を持ってきたのである。
もちろん、それだけでは無い。兵五百人とやってきた王には過剰とも言うべき奴隷二千人がついていた。
「たくさんの品々、感謝いたします。此処が港町でなければ処理が間に合っていなかったかも知れません」
エスピラはせわしなく動く奴隷と食糧管理を任せているアルモニアとグライオを眺めながら言った。
「少々ぬるいのではないか?」
アイレスからの返答は低く重いもの。
「ぬるい、とは?」
エスピラは教えを請う弟子のように尋ねた。
アイレスが不快な表情を浮かべる。
下手な演技はするな、という事らしい。
「一族に連なる優秀な者を抱え込みたかっただけですよ」
「負ければ奪われるのは味方。敵は許すまい。全員が奴隷になるか殺されて終わりだ。身代金を払うだけで解放しては、舐められるのが常である」
「反抗した者の中でも優秀な者は奴隷としてこの街に残しております。敵対した者は財を全て奪い追放。味方だった者は出世させ、中立の者は何も無し。いえ、相対的には立場が低下した者も多いでしょう。
その結果、エテ・スリア・ピラティリスでまた混乱が起きれば、その時はディラドグマに近いことが起こるまでですよ」
「食糧補給を他国に頼っている状態で使えない奴隷を抱え込むのは良いことでは無いな」
(完全に頼りきりでもないが)
いつでもディティキやディファ・マルティーマから補給船を出す準備は整っている。
しないのは時間がかかるのと今後も必要になってくる可能性があるから。自国で払わなくて済むのなら、それに越したことはない。
「ディラドグマの領域内で捉えた奴隷三千人と陛下の連れて来た奴隷の内二千人との交換で如何ですか?」
「ほう。随分と思い切った提案をするのだな」
アイレスが重く白々しい声を出す。
「陛下がお考えになったことでしょう? 奴隷の移動速度を見せ、交換する。こちらは奴隷の維持管理費が減り、扱い辛いディラドグマ人を手元から無くせる。陛下は新しい奴隷をたくさん手に入れられる。国を見た時に、やはり奴隷の年齢層は高くなっておりましたから。加えて、ドーリスは一気にアレッシアにとって一番の友好国に躍り出る。カナロイアやアフロポリネイオを抑えて、ね」
アイレスは何も言ってこない。
黙ったまま。
「今の私にその気はありませんが、その気になればドーリスとアレッシアでエリポスを席巻することも可能です。三度目の覇権をドーリスが握ることも」
「本国を考えればそのような余裕はあるまい」
「エリポスを制圧した後、アレッシアの同盟都市を作って兵を徴収すれば良いだけのこと。むしろ、多くの人員をハフモニとの戦争に持っていけます」
「本国が認めるかの。頻繁に連絡を取り合っていると言う噂も聞くが」
「どうでしょうねえ。元老院は、エリポスを刺激したくはないでしょうから」
元老院の言いなりかという言葉に、ディラドグマの件を元老院主導で行えますか? との意味を含めた言葉で返して。
エスピラとアイレスの視線が交わった。
「それは、その方の欠点か?」
「別に漏らしていただいても。手の一つに過ぎません」
最後まで視線は交わりつつ、アイレスが顔を再び前に向けた。
「十歳以下の子供は要らん」
「私も扱いに困りますよ。労働力にもなりませんし」
「殺せばよかっただろう。エリポス人であるならば誰もがそうしている」
「アレッシア人ですので。未婚の女三百人を残し、後は全員差し上げます」
「厄介払いか?」
「ええ」
アイレスの口が止まる。
エスピラは横目でアイレスの精悍な顔つきを見ると、また目を前に戻した。
「商人に売りさばいても良いのですよ、とでも、言っておきましょうか?」
「商人が関わると思っておるのか?」
「関わらざるを得ないでしょう。特段、商人から金を得ているわけでも無く、向こうはアレッシア人奴隷を使ったり黙認している訳ですから。次に許されないのはどこか。代わりが居るのは誰か。『アレッシア人奴隷を自分のお金で解放もせずに』私が恩を感じるはずがないと。これまでの恩には商機を広げることで十分に報いたはずだと。
本国から一部の商人を呼び寄せて、実際に此処、エテ・スリア・ピラティリスで交易をさせましたよ。借金返済の一部としてね」
「だから商人が少ないと言うことか」
アイレスが納得したような声を出した。
「さあ。ただ、何故かマフソレイオはエリポス商人の一部を締めだしたらしいですね」
「マフソレイオの両陛下はその方を父のように慕っていると聞くぞ?」
「ありがたいことです」
「兄であるイェステスは随分とその方の自慢話をするらしいな」
「嬉しいことですね。アフロポリネイオは、恐らくその伝手を使う気でしょう。しばらくは様子見に徹し、ディラドグマの件がどう動くかを見極めてから再び取り入るために。まあ、その時にまだ入る隙間があるかどうかは分かりませんがね」
「アカンティオン同盟か」
それは、対メガロバシラスに関して纏まっている諸都市連合。
屈辱的な留学条件に納得がいかず、立ち向かい、そして一国家一都市まで下げられた者達の集まり。
その集団は半ば過激でもあり、マフソレイオやマルハイマナと言ったメガロバシラスから分かれた国すら敵視している。
「ええ。やっと引っ張り出せましたよ。宗教会議だけでは顔を繋ぐことしかできませんでしたからね」
マフソレイオと仲が良い以上はこれまでは積極的に仲良くなろうとはしてこなかった。
だが、ディラドグマ殲滅戦で全てが変わったのである。
メガロバシラスに対抗する力あり。尚且つ、反抗的な者には容赦しないと。
対メガロバシラスのためにも身を守るためにもアレッシアと仲良くしようと同盟間での話し合いが行われたらしいのである。反メガロバシラス最大の過激派がエスピラに近づいてきたのだ。
「そうでした、陛下。ドーリスの者にエステリアンデロスまでの道案内を頼んでも?」
もちろん、エスピラはエステリアンデロスまでの道を知っている。幾人かに実際に通行してもらっている。
道案内など、文字通りの意味では不要なのだ。
「構わん。しかし、それと十歳以下の者の話は別だ」
アイレスもそのことは理解しているだろうが、道案内に関しては了承した。
「仕方ありませんね。十歳以下の子供とその親はまだこちらで養っておきましょう。その分、お渡しできる奴隷の人数は減りますが、よろしいですね?」
「その断定は、エリポス語に不慣れだからではないだろうな?」
「お好きなように」
言って、全ての会話を聞いていたかのようなタイミングでこちらに向かってきたソルプレーサに対してエスピラも足を進めた。
アイレスは動かない。動いた気配がしない。
「エスピラ様。オピーマの者がそろそろ待ちくたびれる頃かと」
ソルプレーサが小さな声で言う。
エスピラは目線を上にやった。
「あー。もう少し待たせるか」
「それがよろしいかと。御子息の働き、及びエスピラ様への多額の金貸し。いずれもオピーマの立場を上昇させるものですが、それはあくまでもマルテレス様の功績。オピーマが奴隷をエスピラ様との会談に向かわせるなど、思い上がりも甚だしい。と、軍団内でも噂になっております」
敢えて人がいるところで、人がいると承知で。
ソルプレーサがつぶさにエスピラの発言の真意を解説した。
「そんなことを言ってはいけないよ、ソルプレーサ。奴隷とは言え優秀な者はその能力に見合った待遇を受けるべきだ」
エスピラもソルプレーサの敷いた道を歩んだ。
そして、目でグライオに合図を出して、アルモニアを呼ぶ。
「アイレス陛下の連れて来た二千人の奴隷と交換を行うことになった。計算をし直してもらっても大丈夫か? 忙しいならば、私が行うが」
「その末尾をつけられて、断れる者がこの軍団におりましょうか」
アルモニアが慇懃に言った。
忠誠が、という話ではない。軍団の再編とそれに基づく手続き、そしてエリポス諸都市との関係の結びなおし。メガロバシラス、マルハイマナ、マフソレイオとの折衝。トーハ族との交渉にディファ・マルティーマの方針決定。ディティキ、ジャンドゥールでの兵器開発。
それらをエスピラが行っているから、である。
「失礼。他の者に回すとするよ」
「いえ。ああは言いましたが、十分に私で対応可能です。お任せください」
「ああ。頼んだ。ソルプレーサはドーリスとジャンドゥールに派遣した者達に各都市の神殿に占いをしてもらうように伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
そして、全ての準備が終わった軍団は再度動き出す。
目的はエリポス圏の東端。港湾都市にして天然の要害都市エステリアンデロス。
その攻略は、エステリアンデロスの一部の民の即時降伏、内応で終了したのだった。




