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死体の上で宴を開いて踊りましょう

 降伏してもディラドグマへの攻撃は終わらない。


 エスピラは建物を全て壊し、金銀財宝は既定の割合をアレッシアに送り、同じく既定の割合を軍団の資金に変えても多くの兵に大量に分け与えられる結果になった。


 この時点で、ディラドグマの財は無くなったと言えよう。

 加えて、エスピラは壁の破壊も徹底させた。


 二度とこの地で反抗などできないように。帰る場所など無くすように。

 すり潰し、国家規模の援助が無ければ立て直せないように。


 もちろん、ただ腹いせでやるために居座っていたわけではない。


 アレッシアに逆らった前例を作ると同時に、メガロバシラスらの動きも探るためだ。

 攻撃するために近くに居るのであれば、ディラドグマの地で迎え撃つのが丁度良い。そのような考えもあってである。


 その脅威が無いと判断すれば、エスピラは凱旋式ではないが功に報いるためと宴を開いた。ディラドグマの近くで開いたのである。


 戦の神とアレッシアの神々に感謝を捧げ、死者の鎮魂を謳う。


 同時に、軍備の再編も進めた。


 監督隊の言うことを聞き、命令に従えなかった者、青のオーラに頼ることが多くなった者はエリポス諸都市への派遣部隊へと変える。


 いわば、左遷。それは本人たちも分かっただろう。だが、同時にこのままでは得られなかったであろう権限も同時に付与され、エスピラが一人一人に役目を言えば主力から外れたとしても文句は出てこない。出そうとしても、同じような戦いに駆り出されるのであればと思う者もいる始末。


 こうして、二個軍団一万六千八百でエリポスに入ったアレッシア軍はその数を一個軍団一万四千に届かない数までに減らしてしまった。同時に、柔軟性を確保するために軍の最小単位から見直し、編成を変えている。ただし、高官の役職は変わらず。


「さて。諸君」


 そして、減らした集団の中、青空の下。

 エスピラは朗々と声を張り上げ演説を開始した。


「私は此度の非常に過酷な戦いに君たちが付いてきてくれたこと、心の底から感謝しているよ」


 エスピラは、ゆっくりと全体を見回す。



「私は軍事命令権を賜り、メガロバシラスと戦うとなった時不安なことがあった。


 それは何か。

 軍団の経験不足、若さだ。


 確かに初陣の者は少なく、どこかしかで従軍経験があり、行軍隊形もある程度頭には入っていただろう。だが、いざ危機に陥った時、何かですぐさま変えねばならぬ時。やはり、この経験の無さは影響を及ぼしてしまう。その上、殺す技術もまだ未熟だ。


 軍団だけではない。


 元老院側としても私たちに援軍は送れない。物資の援助も滞るだろう。守るべき者の顔も見えず、得る物も少ない。精神的な負荷に対して発散できる場所が少ない。

 本当に、君たちはよく耐えてきたと思う」



 そこで区切り、エスピラはゆっくりと歩き始めた。



「君たちは誇って良い。この功績を、この我慢を。


 アレッシアで最強の指揮官は誰か。

 それは、残念ながら私ではなくマルテレス・オピーマだろう。


 最も国を整え、国力を戦闘能力に変えられるのは誰か。

 それも私ではない。サジェッツァ・アスピデアウスか、タヴォラド・セルクラウスだ。


 では、逆に優秀な軍団は何か。

 作戦行動の柔軟性と未知の土地でも戦い続けられることと定義すれば、それはメントレー・ニベヌレスが率いた軍団だろう。


 最強の軍団はどこか。

 それは、マールバラと幾度となく死闘を繰り広げているマルテレスの軍団だ。

 最も我慢強い軍団と守りに長けた将はペッレグリーノ・イロリウスとその軍団。

 ヌンツィオ・テレンティウスの軍団も経験が豊富で、名誉挽回の機会を窺っており相当な覚悟の元動いている、鋼鉄の軍団だ。


 それに比べてこの軍団はどうか。


 頭は若く、経験が不足している。戦術眼も高いとは言えない。

 体も若く、動き方がぎこちない。特筆した武器も無い。


 だが、それは昨日までの話だ。


 今はどうだ。


 確かに、私は君たちを最強の軍団としては紹介しないだろう。

 しかし、君たちを最高の軍団だとは紹介できる。


 アレッシアのために非情に成れ、汚名を被ることも厭わず、自身の功績よりも祖国のため、父祖の紡ぎし歴史のために戦える軍団だ。誰よりも自己ではなく祖国のために戦える集団だ!


 ディラドグマの者は覚悟が据わっていた。

 王が死んでもなお自分の死を以って必ずや敵を打ち果たさんとする強い意思があった。成功するか分からない作戦のために命を懸ける、憂国の志であった。


 だが、君たちはそれを上回ったのだ。


 命は勿論懸けている。生きて、祖国を助けるために懸けている。

 何を被っても構わない。泥水をすすっても、死肉を貪っても、幾万の恨みがこの身を包んでも。

 君たちは、アレッシアのために戦える勇者だ。


 この軍団の最も優れている所は何だと思う?


 それは、祖国を、アレッシアを想う意思だ。その心だ。


 誇れ! この心は、誰にも負けない。君たちが一番だ。誰よりも強い意思だ!

 この手で、この身で、この意思で。我らの全てでアレッシアを守らんとする意思。それだけは誰にも負けない。誰よりも持っている。誰にも侵せない最高の切り札だ!


 最初は不安だったと言ったな。

 今は、私に不安など何もない。

 最高の友である君たちが居て、何が不安になろうか。不可能があろうか?

 この軍団で出来ないことなど、どこの誰をもってしても不可能だ。それぐらい、私はこの軍団に全てを託している。


 これからも私についてきてくれないか? そして、必ずや勝とう。

 共に、アレッシアに栄光をもたらそうではないか!」



 最後に最大の力を籠めて。

 朗々と世界に轟く声をエスピラは挙げた。


「必ずや! 我が身は、アレッシアと貴方と共に」


 最初は大きく吼え。そして、やや演技じみた動作でグライオが片膝をついた。


「祖国に永遠の繁栄を!」


 グライオに視線が行き切る前にイフェメラが声を張り上げる。


 遅れて、幾人かがイフェメラと同じ言葉を言って、軍団に伝播する。誰もが声を上げる。吼える。空気を揺らし、大地をも揺らす合唱となる。

 鼓膜を揺らし、熱気が気温を上げ、脳をも揺れる声がする。


 進軍を告げる重低音もこの時ばかりは雰囲気を盛り上げんとリズムよく鳴り響き、熱が熱を呼ぶ。


 その中心点で、エスピラは右手をゆるりと挙げた。

 熱気そのままに、言葉だけが無くなっていく。


「我らに勝利を!」


 静かになったところで、エスピラが吼えた。


「我らに勝利を!」


 軍団が続く。


「神の御加護を!」

「神の御加護を!」


「父祖の誇りと民の意思を剣に!」

「父祖の誇りと民の意思を剣に!」


「我らはその誇りのみを尊び、祖国の滅亡こそを憂う勇士なり!」

「我らはその誇りのみを尊び、祖国の滅亡こそを憂う勇士なり!」


 エスピラは、酸欠になりかけるほどにくらりとする頭に喝を入れ、大きく息を吸い込んだ。


「アレッシアに栄光を!」


「祖国に! 永遠の! 繁栄を!」


 最早言葉かどうかも分からない雄叫びの後、軍団が、最高潮の熱気に包まれた。


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