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ディラドグマ殲滅戦

 まず初めに敵の投石機からの攻撃。

 これはどこを狙っているのかというほどにちぐはぐで、狙いは全くついていない。


 次に落下して散る兵の音。


 最後に、通常よりは速く開いた門。その中からディラドグマ兵。


 その一撃をグライオの指示のもと一部のアレッシア兵が受け止める。ややディラドグマ優勢に見えた攻撃は、直後にカリトンが突貫したことで逆転した。蹴散らす前にカウヴァッロの兵が門になだれ込み、ネーレの隊が騎兵を守るように続く。揺らいだディラドグマ兵はジャンパオロとイフェメラが新たにまとめた部隊によって脇腹を突かれ、瞬く間に砕けて消えた。


「全軍、突撃せよ」


 静かにエスピラが指示を出すと、その言葉を伝えるべくオーラが打ちあがった。

 音楽が戦場を支配し、統率の戻ったアレッシア軍が街に入る。



「全軍に伝えよ。


 敵は我らの父祖を貶め、アレッシアの誇りを踏みにじった。そればかりか友の命を捨ててでも勝とうとし、不意打ちや汚い手も良しとする連中である。これを生かしておくことは即ちアレッシアを危険にさらすことと同意だ。


 男はもちろんのこと、老人、女、子供、赤子に至るまで皆殺しにせよ。


 この命に逆らうことは、敵に利する隣人となったとみなし、十人隊長以上はその者の殺害を許可する」



 伝令の一人の顔が上がった。

 目は大きく丸くなっている。


「聞こえなかったか?」

「いえ」

「そうか」


 エスピラは剣を抜いた。

 緊張が高まる。


「さあ、狩りを始めようか」


 他の門も開け、ついにアレッシア全軍が入街した。


 穴からの突撃。落下死する兵。先の突撃。


 ディラドグマの優秀な兵の多くは死んでおり、文字通り一方的な蹂躙と化した。

 どこでぶつかってもアレッシアが有利。負けることはあり得ない。


「ソルプレーサ、シニストラ、ステッラ、レコリウスを呼んでくれ」


 追加で伝令を放ち、エスピラは前に出た。


 兵の足が止まりつつあったのは目の前にいた少年を認めて。木の板は持っているが、刃物は無い。刃物があれば恐らく簡単に兵も襲えたのだろう。


(マシディリは、これくらいになったか?)


 一年近く会えていない愛息に、歳の頃は似ていて。


 エスピラは一度息を吐くと、すぐに近づいた。少年が木の板を持ち上げる。その木の板ごと、エスピラは少年を突き殺した。最後に「父上」と聞こえたのは幻聴か、それとも。


「私の傍に居ながら、命令が聞こえていなかったか?」


 少年から剣を引き抜きつつ、エスピラは自軍の兵を睨む。

 慌てたように兵が行進を始めた。


 何のために一昨年、赤字を覚悟で闘技場を開いたのか。


 名声?

 その通りだ。


 故人のため?

 もちろんだとも。


 神殿関係に力を持つため?

 当然だ。


 だが、それらだけじゃない。


 残酷な光景に慣れさせるためも大いにある。麻痺するため、殺すことに躊躇しないため。


 血と闘争を浴び、なれ、飢えるのもまたアレッシア人としては必要なことなのだ。


 戦っていればその覚悟はつく。戦い続けられればつく。戦場で生き残れば身につくのだ。

 しかし、この軍団は基本的に若い。そのような覚悟は、やはりどこかで揺れるモノ。


 そしてそれをカバーするだけの人員に欠けている。

 経験が不足している。


「お呼びでしょうか」


 シニストラの声が聞こえた。


 振り向けば、ソルプレーサとステッラ、レコリウスもいる。


「監督隊を任せたい。君たちにこの儀式は必要ないだろう?」

「監督するのは命令に従っているかどうか、ですか?」


 シニストラを制するような形でソルプレーサが聞いてきた。


「勿論だ。命令に従わないからと言って殺さなくて良い。ただ、顔は覚えて後で名前と一致させてくれ。祖国のために躊躇なく働ける者と、そこに至れない者。それを区別する」


「かしこまりました」


 ソルプレーサが頭を下げた。

 ステッラとレコリウスも続き、シニストラも最後に頭を下げる。


「我らには経験が不足している。技術も無い。あるのは若さだけだ。故に、他の軍団には無いモノを身に着けなければならない」


 最後にそう伝えて、エスピラは四人を解き放った。


 技術と、覚悟。

 後戻りなどはさせない。逃がさない。


「防御陣地は何でも使って乗りこえろ。建物を倒し、全てを利用しろ」


 例えその建物の中に人がいたとしてもそのまま倒し。

 踏みつける素材としても利用して。

 ディラドグマの民の悲鳴の上を進軍する。


「エスピラ様!」


 ジュラメントが駆け寄ってきた。顔は強張り、目はつり上がっている。


「どうした?」

「抵抗しない者にまでここまでする必要は無いかと思います」


 ジュラメントが指さした先には、障害を乗り越えるために作られた資材の山と、そのから垂れている白い手があった。


「抵抗しないと誰が決めた? どう見極める? 保護を求めておきながらこちらを罵り続け、自ら壁から飛び降る者だぞ? 最後の一噛みまで逆らってくるかもしれない。そうして、多くの兵が死ぬかもしれない。お前はその責任を取れるのか?」


「しかし! これはあまりにも」

「嫌なら去れ」


 ジュラメントの口が止まる。


「奴隷となり鉱山に行くのが幸せか? 慰み者になるのが幸せか? それになるぐらいなら死んだ方が良いのか? お前は味方を殺してでも敵を助けたいのか?

 敵を活かすと言うことは味方を殺す可能性を残すと言うことだ。守るべき民の口に行くはずだった食べ物を奪うことだ。そこも考えたうえでの発言なんだろうな」


「詭弁です」


「それで? 敵を許し、生かすのは見栄えが良いさ。同時に、許した者によって滅びたモノも多い。子供を許したがうえに殺された指導者も国を乗っ取られた者もいる」


「厳しすぎたために反乱を起こされた者もおります」


「そうだな。で、それだけか? ここの虐殺の目的は分からないのか? 短絡的なことしか見抜けないほどお前の目は節穴か?」


 ジュラメントの視線が落ちた。

 眼力は一切弱まっていない。むしろ強くなっている。拳も強く握られて。


「答えろ、ジュラメント・ティバリウス。カリヨ・ウェラテヌス・ティベリの夫よ」


 震えるほどに硬く握られていたジュラメントの拳が、もう一回り小さくなったようにも見えた。血が一筋、ジュラメントの太い指から垂れている。


 顔が、上がった。


「節穴で構いません」

「そうか」


 エスピラは剣を握りなおした。

 視線は首。鎧から出ている部分。即死の場所。


「ですが、命令には従います。アレッシア人ですから。敵味方共に今後の被害を減らすことに役立つのであれば、我が友のためにも」


「そうか」


 エスピラは剣を持つ手を緩めた。

 ジュラメントに背を向け、踏めばまだ悲鳴の鳴る坂を登る。


「ジュラメント。一つ間違えば尊厳を踏みにじられるのは君の娘になるかも知れないのだ。そんな者達を許せるか? 私は許せない。ユリアンナやチアーラがそんな目にあえば、私は合わせた者を殺す。必ずだ。じっくりと、一日以上かけて苦しみの末に殺す。そして、最初に軍事命令権を貰った時に敵からこの世の何よりも強い恨みを受ける覚悟は決めている」


 坂の上ではまだディラドグマの者が抵抗を続けていた。

 アレッシア兵も建物を壊し、物を放り投げ、近づいてきたディラドグマ人を殺している。


「スコルピオを運んで来い。鎧の無い奴らならば三人は貫けるかも知れん」


 例え勝利が決まった戦いでも。

 いや、勝利が決まっている戦いだからこそ。


 エスピラは冷徹に、自軍の被害を最小限に留めるのに手を惜しまなかった。


 近くにあった建物を壊して盾とし、簡易的な防御陣地を作り、出て来たディラドグマ人を殺す。投げ槍や鋭いモノを使って遠距離から殺し、一対一は作らない。


 スコルピオが運び込まれれば一方的な虐殺はさらに速度を増した。


 九台の対人兵器から繰り出される矢は、一瞬で多くの者の戦闘能力を奪う。


 死臭が鼻にこびりつき、息を吸うたびにつんざくような悪臭も漂っていたのが、徐々に分からなくなってきた。それでも攻撃は止まず、近づくディラドグマ人は皆攻撃してくるものとして処理した。


 敵の中の殺人のプロの数が大きく減ってもアレッシアの攻撃は続く。


 ディラドグマの奇襲から始まったこの戦いは、半裸の男性がオリーブの木代わりに数枚の葉のついた枝を持って前に出て、頭を下げるまで続いた。

 その後も勧告に従わずに武器を持っていた者、武器になり得るものを持っていた者は問答無用で殺し、無駄な口を開いた者も殺す。


 昨年、アレッシア兵が冤罪をなすりつけられたことから始まったようなこの戦いは、その国家の滅亡を以って終結したのだった。


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