ディラドグマ攻城戦
女性の目が動いた。周りにいた者の目も動く。手は動かない。足も。
様子を窺うような雰囲気に、異様な空気に気が付いたのか、子供たちも随分と静かになった。
ディラドグマの街の方からは何も聞こえない。
「君たちは、私の友を十一人も殺した。その報いなくのうのうと生きていけると思ったのか?」
言いながら、エスピラは人々の前にしゃがんだ。
シニストラがエスピラのすぐ後ろにつく。ステッラやレコリウスもそうしたようだ。
「私たちの細い腕で、どうやって殺すことができましょうか」
「詭弁だな。共に生活し、支え合い、攻囲戦が始まってからは励まし合って止めることなく見送った。殺した者を送り出したのだ。同じことだろう? 戦いを望まないのであれば門を開ければ済んだのだからな」
「そんなことを言われても! 貴方は自国の女子供が男たちが戦ったからという理由で蹂躙されても良いと言うのですか?」
「現にそうなっている」
言葉を切って捨て、エスピラは鞘を掴んだ。
柄で女の首の下を押すように突く。
「戦争はままごとじゃない。命の奪い合いだ。『男が』じゃない。国として勝てる確率が高いのは平均的に身体能力が優れている男を戦場に出すことだ。だから男を戦場に出し、命を懸けて国に尽くしているからこそ優遇される。
では、女子供は奴隷か?
違うはずだ。確かに危険度は低く、仕事も戦場に出るよりはきつくはないかもしれない。だが、一緒に戦っていたはずだ。私たちからしてみれば、私の仲間を殺したのは君たちも同罪だよ」
「そんなこと! ……言われましても」
「本当に野蛮ね! 力でしか屈服させられないだなんて、恥ずかしいと思わないの?」
言葉に詰まった女性に代わり、別の女性がややヒステリックに叫んだ。
「汚い服装で、汚い足で私たちの土地を踏み荒らして。ああ汚い! 神の土地が穢れる。蛮族は蛮族らしく辺鄙な土地で大人しくして居ればよかったじゃない!」
その言葉に、エスピラは怒るでもなく笑って返した。
剣を投げ渡すようにその女性の前に投げる。
「君は何がしたいんだ?」
「こっちの言葉よ! 不届き者め。アレッシアだか何だか知らないけど、野蛮な獣がうるさいのよ。私たちを誰だと思っているの? そっちが謝るのが普通でしょ?」
抜身の剣のような気配になったシニストラを、エスピラは手を挙げて制した。
ただし、シニストラの雰囲気によってか女性は口を閉じている。
「助けは要らないようですね。では、さようなら」
「待ってください!」
最初の女性が叫ぶ。
立ち上がっていたエスピラは、冷たい目で見下ろした。
散々アレッシアをこき下ろしていた女性はなおも叫んでいるが、別の者に取り押さえられている。
「言葉が足りなかったのは謝ります。ですが、貴方方も野蛮人として扱われたくないのであれば、それ相応の態度で私たちを助けて下さい。それが、文化人としての務めであり」
言葉の途中でエスピラは剣を抜いて、最も騒がしい女性、正面切って罵ってきていた女性を突き殺した。
静寂。
のち、悲鳴。
「アレッシアを野蛮だと言うのなら、こちらのことも分かるはず? それとも、簡単なアレッシア語すら分からないのですか?」
と、エスピラはアレッシア語に切り替えた。
そのまましゃがみ、酒宴用の笑みで女性に語り掛ける。
「十一人殺せ。そうすれば、残りは助ける」
もちろん、アレッシア語。
女性は何を言われたのかすら分かっていないようだ。
「野蛮でないなら、相手を思いやり、相手の立場を尊重してください」
「していないのはどちらだ? 野蛮だ野蛮だと罵って、本当に助けてもらえると思っているのか? 自分たちは立場が上だからそれが当然だと言う意識があるのではないのか?」
「私たちはエリポス人ですよ! 貴方のような獣とは違う! 人なんです!」
エスピラは幾度か頷くと、女性たちから離れた。
まだ何か、主に自分たちが優位であることとアレッシア人が如何に劣っているのかを語っているが、もう耳を傾けるつもりはない。
「この女の主張を全軍に伝えてくれ。後は任せるともね」
「かしこまりました」
とステッラが返事をして、レコリウスらが伝令に走った。
シニストラが目の前の集団を睨みながら近づいてくる。
「どうしますか?」
「命だけは助けてやるよ。ディラドグマ兵の死体でも埋めさせるさ。上手く行けば、こんな奴らでも孫の代には自由市民に戻れるかもな」
「エスピラ様」
「こんな罵倒は日常茶飯事だ、ステッラ。気にすることはない。取り合っていてはこちらが疲れるだけだぞ。相手は安全なところで叫ぶしかできない自称文化人だ」
溜息を吐くと、エスピラは投げ捨てた剣を回収に向かった。
取りに行くために近づけば、集団は大きく体を震わせる。それを無視して、二本とも掴んだ。
「命だけは助けてやる」
エリポス語で吐き捨て、エスピラはさっさと後ろを向いて歩きだした。
奴隷に礼を言ってから、馬に乗る。
「最低限しか与えなくて良い。衣服も要らないだろ。治療する必要も無い。それだけ劣悪な環境にしつつ、できる限り家族愛の厚い者を探し出せ。そしたらそいつに待遇の改善を条件に穴に入らせ、内側から門を開けさせよう」
エスピラは冷たいアレッシア語で言って、陣へと帰って行った。
後日。エスピラの予想通りにあの集団の世話は軍団で最もやりたくない仕事になった。
誰もがやりたくなくなれば、次は持ち回りということになり、全員が口うるさい文句をぶつけられる。
ディラドグマへのヘイトは、エスピラが何もしなくても高くなっていた。
どう考えても説得に成功したわけではないのに、エスピラの説得に成功したと思い込んでいたらしい、言い争いに勝ったと思っていたらしい者達の口は止まらないのである。話は、尾ひれもついて毎日のように広がって行った。
坂を作る作業や投石機と破城槌の修復が早くなるほどに噂は広がっていた。
だが、次の仕掛けはディラドグマから。
前線の増員された兵たちが今日もディラドグマの壁に近づいた時に、ずらりと壁の上にディラドグマの者達が並んだのだ。手には石も槍も無い。なんなら、剣すら持っていない。
当然、作業に割り当てられていないアレッシア兵は上を見る。作業中の兵にも上を見る者が現れる。
アレッシアからの注目が壁の上に集まった時、あろうことか、ディラドグマ兵が壁の上から降ってきた。
(なっ)
限界まで目を見開くエスピラの視界の先で、ディラドグマ兵が簡単に砕ける。
何かが起こるわけでも無く、ただただ、地面に朱色をぶちまけた。
一人二人ではない。次々とだ。小隊が、次々と落ちる。
躊躇いなく、落ちていく。
落ちれば助からないと言うのに。
躊躇いなく、次々と。落ちていく。死んでいく。地面が染まって臓物の臭いが立ち込める。
「少なくとも、壁の上から軍団を出すことはできないみたいですね」
ステッラがエスピラの横で冷静に呟いた。
当然の話だが、その話がエスピラの頭を再稼働させる。
(その通りだ。相手の動きを止めれば、勝てる。それは常識だ)
今のアレッシア軍はどうか。
あまりのことに、頭が疑問で埋め尽くされている。
エスピラはもう一度壁上に目をやった。
壁の上からの投石や槍。
これは効果が薄いだろう。わざわざ視線を上に固定したのだから。
穴。地中からの再度の攻撃。
これも可能性は低いだろう。最も警戒されていると言っても差し支えないのだから。
ならば。
「門か」
普通に打って出る。全力でこちらを殺しに来る。
「カリトン、カウヴァッロ、ネーレ、ジャンパオロに伝えてくれ。門が開く。その時に全力で突撃し、ディラドグマになだれ込め」
エスピラは近くに居た者の肩を掴みながら言い、散らせた。
さらにもう一人を捕まえる。
「スコルピオの起動準備を進めてくれ。ディラドグマの門と本陣の途中に狙いは固定するように。動かさなくて良い」
そこまで伝えて送り出し、傍に居たレコリウスに目を合わせる。
「歩兵第三列の準備も整えておいてくれ。総崩れになった際は確実に受け止める」
「はい」
駆けだしたレコリウスを見送り、エスピラはまた壁上に目を向けた。
そこでは第二陣が現れ、アレッシアを罵った後に落下している。
(口減らしも兼ねた攻撃か)
それだけ食糧が無いのか。
あるいはあらかじめ削り、長く籠城していればメガロバシラスが来るのか。
「流石に、一撃じゃあ黙っていてくれないか」
メガロバシラスを一度叩いて、後は戦力に劣るエリポス諸都市の一部を落とし、同盟を組み、商人を抑えて物流も制する。そうして戦わずにと言うのが目標だったが。
「気づけ、グライオ」
敵に動きを悟られるために伝令は出せないが。
歩兵第一列を纏めるグライオに、敵の意図を。
そう思っているとディラドグマの第三陣が壁の上に並んだ。
そして、落下と共に大きな音が鳴りだす。




