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犠牲者で加害者

 三射目は全員が見たのだろう。


 ディラドグマの兵がまとまり始め、簡易的な密集陣形を作る。それこそ思うつぼだとも知らずに。


 三射目までに時間があったため用意できた六台が、再び矢を放った。

 盾も貫通し、一気に十二人以上を矢が貫く。


「かかれえ!」


 微かに聞こえた決死の叫びは、スコルピオの再装填までの時間に詰め寄る策か。


「アレッシアが威を示せ」


 エスピラのその言葉で、スコルピオが下がり歩兵第三列が穴を埋めた。


 激突。

 動揺の見られる戦い続け走り続けの兵と、疲労のほとんどない最精鋭。


 結果は言わずもがな。


 時折スコルピオをちらつかせ、絶対味方に当たらない位置に移動させてたまに放ち、後ろを削る。そうならないように敵の前衛が横に広がり、薄くなったところをアレッシア軍が突破する。


 ディラドグマの襲撃部隊は、そのインパクトに反してすぐに沈黙してしまった。


 死者八十一名。負傷者三百五十二名。

 負傷者含む捕虜四百四十七名。だが、死ぬ者も多いだろう。

 周囲に張り巡らせた防御陣地に止まり、敵の脱出は無し。そこで捕虜にした七名は皆自害。


 対するアレッシアの死者十一名。負傷者は全て白のオーラで回復できる程度。

 破城槌が二つ破損。戦地での修理不可。ついでに積み上げた坂も崩壊。投石機が一台全壊。


 壁の破壊が後退してしまったが、結果だけを見れば圧勝である。


(どこに行くかだけは聞きたかったな)


 報告を受けながらディラドグマが飛ばした伝令の自害を残念に思いつつも、エスピラはそれよりも気になった報告を掘り下げることにした。


「地中から出て来た、ということは穴を掘っていたのか?」


 戦地の砂も血も洗っていないグライオが前に出てくる。


「おそらく。敵の抵抗が少なかったのは作業に当たっていたからだと思います」


「破城槌の音で気が付かなかったか」

「すみません」


「いや、責めている訳ではない。誰も予想はしていなかったからな」


 エスピラはグライオとイフェメラに右手のひらを見せてから、横にずらしつつ指を折り曲げた。


「穴の逆侵攻は予想済みだろうな」


「奇策を用いる必要は無いかと思います。時間をかけて打てた手があれだけ。しかも全軍を突っ込ませればまだ可能性はあったにもかかわらずその兵力を制限しました。

 ディラドグマに、徹底抗戦の意思はあっても選択肢がある中では全てを賭けることができません」


 グライオが力強く言う。

 後ろの者達も失敗を取り返したい、と瞳が雄弁に語っているようだった。


(別に失敗ではないが)


 誰でも下からいきなり奇襲を受ければそうなる。

 むしろ良く被害を十一名だけに留めたと言うべきだ。


「力攻め、か。今のところは他の国は動いていないが、今日の戦いが伝わった結果どうなるかは分からない。分かる頃には、力攻めをしている最中だろうな」


 エスピラは唸りながら溢す。


「今の投石機の飛距離ならば壁にもう少し近づけるだけで壁を越えて中を攻撃できます。その隙に再度坂を作り、壁を叩けばそう時間はかからず壊れます」

 とグライオ。


 彼の言葉はまだ続く。


「あるいは、相手の穴を利用し、掘り進め、壁を陥没させるのもまた一つの手かと。ですが、これは時間がかかる上に相手に露見した場合に兵の命は保証できません」


「そう、だなあ。それなら前者を取るべきだが」


 ふうむ、とエスピラは詳細な地図の外に目を向けた。

 外からどうにかして開城させ、殲滅できないかと。


「堀を埋め立て、門に破城槌を突撃させましょう」

 言ったのはジュラメント。


「複合策が無難かと」

 とはソルプレーサ。


 確かに、門を攻撃となれば攻撃箇所は一か所となり、敵の抵抗も激しくなる。

 坂を再び作って破城槌を動かすには資材がかかりすぎる。

 穴を掘るのは、兵の補充の効かないエリポスでは使えない。


「エスピラ様」


 思考に入りかけたエスピラに、声がかかった。


「投降したいと女子供が来ております」

「何人?」

「二千は越えているかと」


 兵の声の後、エスピラに視線が集まった。


「遅い。命が助かりたいのならば戦いが始まる前に逃げるべきだった。降参したいならば戦いが始まった直後に門を開くべきだった。今の君たちは戦争準備の協力をし、私の大事な仲間を殺し、物資を奪い、さらには食料まで奪おうとする最大の敵だ。投降したいのであればせめて街の食糧を食らい、門を開けるなどするべきだ。

 そう言って、追い返せ」


「は」

 と言って、兵が去っていく。


「エスピラ様。受け入れるべきだったのでは?」

 とカリトン。


「ならば聞くが、それだけの者を養う食糧がどこにある? 敵であり、陣中をかく乱しないと言う証がどこにある? 破城槌で揺れる中、崩れそうになる壁を上にして穴を掘ってきた連中だ。何でもしてくるぞ」


「それは……」

「それに、少しくらいは役に立ってもらわないと困るからな」


 言って、エスピラはソルプレーサを近くに呼び寄せた。

 肩に手を置いて、耳元に口を寄せる。


「監視の者を出せ。中とやり取りをしているか、見ているか。確かめてくれ」

「かしこまりました」


 返事をして、ソルプレーサが天幕を後にする。


「投石機と破城槌の出来得る限りの修復に努めてくれ。複合策で行く。基本的には正面からの攻撃だが、敵兵が予想よりも少なければ搦手からも攻めよう」


 そうして、エスピラは細かい指示と負傷者の手当、ディラドグマを囲う陣地の補修に入った。


 攻撃が不可だと悟ったのは明朝。

 未だに、降参を申し出た者達がディラドグマとアレッシアの陣の間を右往左往していて。


 ソルプレーサの話だと夜も街に入れてもらえず、ずっと中間地点に居たらしい。ディラドグマから食糧の支援も衣類の支援も無い。水も無い。

 生えている草と夜露でしのぎ続ける日々。昼間は温かくなっているとはいえ、冷える夜は身を寄せ合っているだけ。


 そんな状態でどちらも受け入れを断り続けて早三日。


 幼子たちは、大分限界が来ているように遠くからは見えた。


「ディラドグマは予想以上に物資が無いか」


 そして、周辺も動きは無し。

 資材や食糧は溜めているが、救援に行くようなそぶりはなく、メガロバシラスもまだ動かないようである。


「こちらの士気にも関わるな」

「いえ、あまり」


 エスピラの呟きを否定したのはソルプレーサ。


「目の前の獲物が死ぬ前に略奪したいと思っている者はおりますが、可哀想だと言う感情はほとんどの者が持っておりません。何せ、こちらも仲間を殺されておりますから。理解しているとは思いますが、下手に情けをかけて不利に陥った時、ああなるのはメルア様でありマシディリ様である可能性もあることを忘れませんように」


「分かっているとも」


 言いながら、エスピラは柵から離れる。


「馬と剣を二本用意してくれ。それから、シニストラとステッラ、レコリウスも呼ぶように」

「エスピラ様」

「言うなソルプレーサ。ちゃんと、利益も考えての行動だ」


 呆れ気味のソルプレーサも従えて、エスピラは準備を終えると路頭に迷っている集団に近づいた。


 女子供は前に見た時よりもやせており、土と汗の香りが風に乗って届く。

 もちろん、それだけならば男だらけの陣内よりはましだが、此処は排せつ物が適当に散らかっているため、衛生状態は陣内よりも悪く見えた。


 近づいても、警戒はあまりない。


 幾人かの母親が子供を抱き寄せたりしているだけだ。


「代表の者は誰だ?」


 言いながら、エスピラは馬から降りた。


「代表などは……」


 近くにいた女性が言いよどみながら、目を左右に動かす。


「ならばそれで構わない」


 言うと、エスピラは剣を二本投げ捨てた。

 小さな音を立てて、女性の目の前に剣が落下する。


「十一人殺せ。そうすれば残りは保護してやろう」


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