驕れる者に鉄槌を。時流の読めぬ者に破滅を。
「エスピラ様!」
シニストラが叫んだ。
盾は完全にエスピラの前。自身は全て盾の外。槍の前。
アポオーリアの不敵な笑みが見えた。その臣下も笑っている。アフロポリネイオの使者の死体は踏みつぶされていて。
「こうなるんだよ」
そして、金属音は一斉に落下音に変わった。
苦悶の声が部屋を満たし、芋虫のように這い、盾と槍が地面に落ちる。
ある者は鎧の下敷きに。数人の下敷きとなって絶命し、ある者は苦しみながら人の上を転がる。それによって、下の者はさらに苦しんだ。
「な、に……」
アポオーリアが呻く。
すぐに臣下の者も苦しみ始めた。
シニストラは目を大きくしながらも警戒の姿勢を崩していない。
「残念だ。本当に。本当に残念だよ、アポオーリア」
エスピラはシニストラの肩に手を置いて、のったりとアポオーリアの方に足を進める。
彼の王を守るべき者は、もうすべて床の上。
「一人二人の刺客ならば君まで死ぬことは無かったのに」
「きさっ……ば……」
椅子から立ち上がったアポオーリアが、そのまま崩れ落ちる。
エスピラは緑のオーラを右手に収束させて、アポオーリアの顔に当てた。アポオーリアの顔がさらに苦悶に歪む。
「私のオーラの色を知っている者は、数少ない。良かったな。最後に知れて。まあ、また片手で足りる数に戻った訳だけどな」
手を放す。
エスピラが一歩引けば、アポオーリアが立ち上がった。
肩は揺れ、手は震えているが剣を握っている。そのまま抜いて、そして、崩れ落ちた。
その瞳は既に濁り切り、瞬きはしない。胸も動かない。
「エリポス諸国家に対するそちらからの宣戦布告と神罰の執行を以ってアレッシアはディラドグマに宣戦布告しよう。神の意思を継ぎ、必ずやこの邪悪なる都市を消し去ると」
言ってアポオーリアを抱えると、エスピラはアフロポリネイオの使者を持つようにシニストラに言った。
シニストラは盾に肉塊となった使者を乗せ、動き始める。
扉を開けた先の衛兵は死んでおり、遠くから慌てた様子の兵が駆けてくる。
「こちらです」
その兵を無視して、エスピラは声に従って移動した。
居るのは商人。エテ・スリア・ピラティリスを確保したことで莫大な利益を貰う予定であり、ディティキからディラドグマ、ひいては他の港湾都市に繋がることによって利益を得られる者だ。
エスピラはその者の荷台に死体を詰め込むと、自身も隠れた。
馬を放った後のソルプレーサも合流して、隠れたままディラドグマを脱出する。
同時に、アフロポリネイオに弁明と占い、神託をさせてから大々的に宣戦布告。
降伏の意思を纏めることもメガロバシラスの援軍を入れることも許さない。予定を狂わす高速機動でディラドグマをアレッシア軍一万六千がすぐさま囲った。当然、食糧の運び込みも武器の確保も整わせない神速の進撃である。
「強引過ぎませんか?」
とは、急いで天幕に集まった高官を代表したルカッチャーノの言葉。
「それが事実だから仕方ないだろう。現に、ディラドグマが殺した者は刃の跡があり、踏まれた形跡がある。だが、ディラドグマの者には一名以外に刃の跡は無い。アレッシアが殺したのならば、同じ剣で十分だろう?」
エスピラの言葉に、シニストラは何も言わない。
「しかし」
「師匠を殺そうとしたのは事実だ。ディラドグマはその報いを受けなくてはならない」
イフェメラがルカッチャーノを睨んだ。
「アフロポリネイオの使者を殺しこちらの不仲を誘引させようとしたのです。生半可に許しては今後に支障が出てしまう」
とはカリトン。
「物資の横領。遅延。メガロバシラスとの協力。ディティキと同じく海賊と手を結ぶ。少なくとも、ディティキ以上の仕置きをしないといけません。ですよね、エスピラ様」
ジュラメントもそう言った。
「その通りだ。緩やかな死など認めない」
「しかし!」
ルカッチャーノが声を荒げる。
「ルカッチャーノ」
エスピラは、そのルカッチャーノに慈愛の目を向けた。
「私も極力エリポスの諸都市とは戦いたくなかった。だが、戦うからには今後刃向かう都市を少なくする必要がある。何より、他の国を挟まずにアレッシアが交渉できるようになれば不幸な行き違いは減るのだ。ディラドグマはその存在を許さない」
「しかし、皆殺しとはやりすぎでは?」
言ったのは元老院からのお目付け役のピエトロ。
「軍事命令権保有者の首を狙い、軍団の命たる補給を脅かし、不仲を助長し、何より我らの仲間を積極的に奴隷として雇い始めた都市を許すのか?」
エスピラはピエトロに上から返した。
「集まった以上は命令に従ってもらう。マールバラほどの才能があればこんな真似はしなくて良いが、残念ながら私には無いのでね。一回でも戦いを減らすことを考えないといけないのだ。見せしめは必要だよ。隣の者が死んで良いと思っている者だけ、剣を振るその手を緩めよ。それは考えの違いだ。私は止めはしない」
そして、タイミングよく天幕が開き、ソルプレーサが入ってくる。
「エスピラ様。アフロポリネイオからディラドグマの攻撃を吉とする神託が下されました。民の思いもディラドグマを許さないとの声が大勢をしめ、マフソレイオのイェステス王も檄文を書いたとの噂。ただ、カナロイアは沈黙を保っております」
「そうか。カナロイアはやはり黙ったか」
「エスピラ様」
ルカッチャーノが静かに声を出した。
「カナロイアが黙るのは不味いのではありませんか? かの国は最初に地図を持ってきてくれ、そのことで他国への牽制となりました。ですが、その国が味方にならない。これは、アレッシアの味方が減ることの暗示では?」
「その通りだ、ルカッチャーノ。そして、それを待っているのは敵だけではないとも、前に言ったな」
黙った集団を見回して、エスピラは片側の口角を上げた。
「これは好機なのだ。今のまま行けば、カナロイアやアフロポリネイオが新しい秩序でも上位を占めてしまう。だが、ディラドグマの仕置きの苛烈さに彼らが黙ればこれ幸いと別の国家が入って来れる。アレッシアと関係を近くすることが出来る。
結果的に、アレッシアを中心とした集団は数を増せるのだ。
まあ、被害少なく勝ち続ける必要があるが、私はそれができる面子が集まっていると信じているとも」
眼光を鋭くし、凛、とした顔を作る。
「仕打ちを思い出せ。軍団に大事なことを思い出せ。
勝つために最も必要なのは何か。戦術か? 優秀な指揮官か? 一騎当千の猛者か?
どれも間違ってはいない。だが、何よりも物資が無ければ戦えない。飢えてしまえば死ぬのを待つのみ。体は力を発揮せず、頭は回らない。どんな優秀な者も乞食に落ちてしまう。
その物資を、我らを貶めたのは誰だ? 目の前のディラドグマではないか。
野蛮人と蔑み、何もできないと踏み、弱みをこんこんと厭らしくついてきたのだ。
この行いを許せるのか? 弱い者をいじめて楽しむ奴らに頭を下げ続けるのか? でかい顔を許し続けるのか?
断じて否。
許してはならない。
奴らが仕掛けたことを思い出せ。こちらを犯罪者にしたてあげ、無実の罪で我らが同胞を訴えてきたのだ。私の大事な仲間を、強姦を行った卑劣者と謂われない罪で詰ってきたのだ。その癖、碌に謝ってこない。
許せるか?
私は断じて許せない。絶対にだ。絶対に許さない。
それを許容した環境も、それを認め続ける者も。それを正義として生存しているあの国家もだ。その上、奴らはさらに我らに罪をかぶせようとしてきた。
放置するのが人のすることか? アレッシア人のすることか?
舐められて、そのまま負け癖でもつけるのか?
違うはずだ!
マールバラに幾度負けても挑み続け、ついに勝利を収めた。そうだろう? その、半島に残っている同胞に続かずして何がアレッシア人か。アレッシアの軍団か。
我らは腰抜けだから此処にいるのではない! 我らは、半島に居る皆を守るために此処に居るのだ。
やりすぎ? 許すべき?
それで下に見られるのは誰だ? 私たちだけか? 違う。それはアレッシアそのものが、父祖が築き上げてきたモノ全てが下に見られるのだ。
絶対に許すな!
神の御許しならとうに出ている。アレッシアの守護神たる処女神も、しばらくは武に関しての吉日が続くと出ている。
上から目線のエリポス共に攻撃できると言う、神が下さったこの好機を逃さずに立場を変えねばならない!
アレッシアはエリポスの下か?
そんな訳はない。国力に上下はあれど、国そのものに上下は無い!
驕れる者に鉄槌を。時流を読めぬ者に破滅を。
我らはこの一戦、アレッシアの威信をかけて行う。
神の御意思と父祖の誇りを守りたいならば剣を取れ。敗者に甘んじるなら頭を垂れろ。
この一戦、避けて通れると思うな」
朗々とした戦意高揚の演説と共に、エスピラは全員を睨むように見渡した。
反論、文句。
そう言ったモノは一切出てこない。
「エスピラ様」
張りつめた空気の中で、グライオが真っ先に声を上げる。
「どうした?」
「歩兵第一列、真っ先に敵陣に当たる役目を任せてはもらえないでしょうか。必ずや全軍に鋼の心を入れてみせます」
「それならば私も!」
イフェメラが大声を出す。
ジャンパオロも手を挙げた。
「構わないよ。グライオ。最初の攻撃は君に任せる。敵をくじいてくれ。それから、イフェメラとジャンパオロの思いも尊重しよう。初日はグライオに任せるが、次は二人も参加すると良い。ジュラメントも歩兵第一列だ。血気にはやるようであればジュラメントが抑えてくれ。
第二列はソルプレーサ、ヴィンド、フィエロ様、ピエトロ様。第三列は私とシニストラ、アルモニア、ルカッチャーノで形成する。右翼騎兵はカリトン様。左翼はカウヴァッロとネーレ様だ。ただ、ネーレ様の軽装歩兵の一部は右翼にも回す。良いな?」
全員が、綺麗にそろった肯定の意を示した。
その様子を見渡して、エスピラは郎と、静かに声を張る。
「アレッシアに栄光を」
「祖国に永遠の繁栄を」
そして、ディラドグマ攻囲戦が始まった。




