狩場
「私はアレッシアを心配して言っているのだ。蛮族同士ではそれが通じても、我らには通じない。此処はエリポス。野蛮な国家とは違うのだ」
アポオーリアが堅い笑みを作った。
エスピラはやわらかい笑みのまま、首を少し傾ける。
「ご忠告、感謝いたします。お礼としては足りないかも知れませんが、相手を思いやる言葉でしたら相手の立場を尊重するような言い回しにした方が相手に届くかと。蛮族、野蛮人と言われて喜ぶような人はおりませんから」
「ならばそれに相応しい行動をとってはくれないか? 実効支配など、野蛮この上ないやり方だぞ?」
「守って差し上げたのですよ?」
アポオーリアが鼻で笑う。
「恩着せがましいな」
「事実を言ったまでです。現に、あまり言いたくはありませんがディラドグマの軍備は遅すぎる。あの港を占拠されれば東西に海賊が進出して攻撃を仕掛けられます。機能が麻痺します。しかも東に出られればメガロバシラスの南下を助けるだけでなく、マルハイマナの西進の助けにもなるでしょう。大事な土地だと言う認識を、もっとしっかりともっていただかなくては」
「それこそ失礼ではないか。お前らなどよりも、我らは長くあの土地を支配している」
長く支配しているのどれだけ大事かも分からないのですか?
と、ついエスピラは言いかけてしまった。
「私たちはエテ・スリア・ピラティリスを支配してはおりませんよ?」
代わりに、とぼけた声を返しておく。
「それとも、お譲りいただけると言う話であれば、遠慮いたします。確かに私たちもエリポス人奴隷を使っておりますのでとやかくいう事は出来ませんが、やはりアレッシア人奴隷を見るのは良い気分は致しません。しかも、命を懸けて守っていると言うのに。
必要とあれば捕らえた海賊を奴隷として送ることもできますので、解放できる者は解放してもよろしいでしょう? それとも、アレッシア人奴隷を持つことはマールバラへの忠誠の示し方、なのでしょうか」
「アレッシアではそのような野蛮な風習があるのかね」
「いえ。エリポスはアレッシアよりも奴隷を物として扱っておりますから。文化を学んでいるつもりではありますが国家がたくさんあり、網羅しているとは言えませんので聞いただけですよ」
にっこりと、一拍開く。
「その昔、自分の妻を奴隷として売り、国を守った者がいたのは事実だがな」
アポオーリアが言った。
「メガロバシラスの存在を許容しているのは、北方の騎馬民族に勝てないから。そう聞いたことがあります」
エスピラが返す。
「馬に乗るのが苦手なアレッシア人ならば問題ないな。いや、女は乗るのが得意だったか?」
「怒らせたいのでしたら乗りますよ? 先に殴ってきたのはメガロバシラスや海賊側だったからと言って、私がアレッシアの伝統にのっとって殴ってくるまで待つとは思わない方が良い。いや、むしろ私に関しては馬鹿にしてはいけないものが多すぎる。
父祖と、アレッシアと、家族。
申し訳ないが、貴方はそれを侵した。次に父祖を馬鹿にした瞬間にこの街を地図から消してやろう。そして、歴史に名を残してやる。永遠に語り継がれる廃墟の都としてね」
「思い違いも甚だしいな。誰が、お前の妻のことを言った?」
「そうとられた時点で国家元首としては失格ですよ」
「お二人とも。お待ちください!」
声を張り上げたのはアフロポリネイオの使者。
ゆっくりとした歩みで、遅い瞬きをしながらやや間に入る。
「エスピラ様も、ディラドグマと戦うのは避けたいのですよね? アポオーリア様も、アレッシア軍に勝てるとは思っていないはずです。お互いに衝突するためにこの場を設けたわけではないですよね?」
「私は構わないぞ。やれるものならな」
だが、アポオーリアがすぐに返した。
「アレッシアの神々と父祖の名において。そこまで言われて退くことはできません」
「おふたりっ」
言葉の途中で、アフロポリネイオの使者の胸から槍が飛び出した。
シニストラが剣を抜く。周囲には、三十人ほどの武装兵。
「友好国であったはずのアフロポリネイオの使者を殺すと言う狼藉を働いた野蛮なアレッシア人をディラドグマが成敗した。やはり、蛮族など引き込むべきでは無かった」
アポオーリアが言う。
「神に忠義を尽くしているアフロポリネイオの使者を殺して、無事に済めば良いですね」
エスピラも言って、剣を抜いた。
敵は重装歩兵。大きな盾と、二メートルほどの槍。
対してエスピラ達は鎧すら着けておらず、刃渡りも八十センチほど。
「脱出できたとして、無事に生きて帰れると思うのか?」
「やり方は、幾らでも」
ディラドグマ兵の踵が上がった。シニストラが少しエスピラの前に来る。
(仕方が無いか)
剣と体術だけで全員を捌くのは、無理だ。
シニストラがエスピラの前に出る。ディラドグマ兵が盾に身を隠す。
エスピラは、緑のオーラを広く展開した。
ディラドグマ兵の足が止まる。その隙に、シニストラが最初の一人の首に剣を突き刺し、盾を奪い取ってエスピラの下に戻ってきた。
緑のオーラは部屋を包んでいる。
「緑か。不意打ちで一人やったところで、どうするつもりだ?」
アポオーリアが笑い、死体を無視するように歩兵が円形に隊列を組む。
最初に突貫はしてこない。隙があればシニストラが攻撃してくると分かっているからだ。
だが、右側を仲間の盾に任せつつも密集陣形と違って片手で簡単に取り回せる槍を持っている兵たちは、戦場よりも楽に距離を詰めてくるだろう。
「此処に来た時点で終わっているんだよ、エスピラ。お前は何としてでもエテ・スリア・ピラティリスかアフロポリネイオで会談を済ませるべきだったな。直接話す? 愚かな行いだ。お前らと違ってエリポスでは暗殺など普通にある」
「それは怖いですねえ」
言いながらも、エスピラは緑のオーラを垂れ流し続けた。
視界はやや遮られるが、三十人程度では連携に支障を及ぼすほどでは無い。
後ろから金属音がした。
「不届き者が!」
振り返り、エスピラは郎、と臓腑を駆け抜ける声で一喝する。
兵の足が止まった。
「何故、神に尽くしていた者も殺されるか分かるか?」
そして、兵に問いかける。
隊長らしき者がアポオーリアを見た。アポオーリアが頷く。
「それは、全ての人を、生物を見ている以上、神も一人の人をずっと見ている訳には行かないからだ」
ディラドグマの兵が再び足並みを揃えて前進してくる。
シニストラがエスピラにさらに近づいた。エスピラの正中線を盾で隠し、自身は盾の外に体の多くを晒して。
「では、神が気づいた時とはどうなるのだろうな?」
「最後の言葉はそれで良いか?」
アポオーリアがエスピラに被せるように言ってきた。
声を合図に足並みそろった思い金属音が一斉に鳴り始める。




