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予定された不穏

「ご高名はかねがね伺っております。メガロバシラスを打ち破り、ドーリスに於いてはアイレス王との一騎討ちに勝利。カナロイアとは親交厚く文化にも精通している、と」


「良い話ばかりで安心しました」


 笑顔で返し、エスピラは男の手を握った。


「待遇に関してはご安心ください。グライオが伝えた通りの物をお出しします」


 二度、革手袋をはめたままの左手で男の手を叩き、エスピラはペリースをかけないように気を付けて男の右側に回った。もしもペリースがかかったとしても男に避けるような反応は無かったのが良く分かる。


 エスピラは左手を男の背中に回すと、そのまま机の方、研究成果をまとめてある場所まで案内した。


「頼みたいことは分かっておりますね」

「私などの力がどこまで通用するかは分かりませんが、最善は尽くします」


「大いに役に立ちますよ。何せアレッシアは赤のオーラがあるため壁を壊す兵器の開発は遅れております。他と比べて必要性が低いものですから。されど、現状はそうも言っておられません。発達しているエリポスの、それも武器開発に於いて二歩、三歩先を行くジャンドゥールの技術者である貴方様に参加していただけることは開発を二段三段飛ばしで駆けあがれる好機なのです。


 運命の女神を信奉する私としましては、何としてもこの好機をものにしたい。手にしたい。逃したくない。


 そう思い、少し無理を言ってしまいました」


 運命の女神の教えは、好機を逃してはいけないというものではあるが、逃さなければ必ず報われると言う話でもない。だが、逃さなかった者にしか運命の女神は微笑まないのである。


 だからこそ、この言葉はプレッシャーをかけているようで微妙にかけてはいない。

 いつも通りの力を発揮すれば大丈夫ですよ、と言っているだけ。


「まずはなれるところから、でしょう。物資に関しましては万全とは言い難いですが、人間関係におきましては最大限迅速に対応いたしますので、何でも言ってください」


 言いながら、エスピラは今最も力を入れている開発についてまとめたパピルス紙を三つ出した。


「ジャンドゥールのご厚意によって場所は確保しております。今現在力を入れているのは投石機が二種、破城槌が一種。投石機は距離を、破城槌はそもそもアレッシアには存在していないと言っても過言では無い物しかありませんでしたから。この機に、皆様の力を借りて一気に追い抜きたいと考えております」


「この力は、エリポスにも牙を?」


「エリポス、がジャンドゥールやカナロイアを指しているのならば答えは否です」


 そもそも、メガロバシラスが力をつける前の、エリポス圏への東方からの大侵攻では、待遇が良いからと敵方についたエリポス人も多かったと聞きますけど。


 とは、流石に言えない。


 育った場所ではなく自分の待遇で動く者が多いことは知っているが、言えば機嫌を損ねかねないのだ。わざわざ指摘することでもないだろう。


「他の国には?」


「無いとは言い切れません。そもそも、メガロバシラスもエリポス圏の国家でしょう?」


 重い唸りを溢して。

 男がパピルス紙に目を落とし始めた。


「エスピラ様」


 少しすると、足音無くソルプレーサの声がした。

 エスピラは男に断って部屋を出る。


「どうした?」

「サンタリアにてマルテレス様とマールバラが激突しました」


 これで、昨年から数えて四度目の防衛戦になる。


「で?」


 言いつつも、ソルプレーサの顔から勝ったのだなとは想像がついている。


「敵に対して三倍以上もの戦果を叩きだし、大勝利だとアレッシアは盛り上がっているようです。エスピラ様のエリポスでの勝利。宗教会議への出席と言う文化人としての進み方。そして、マールバラに勝てると言うのを再び印象付けたマルテレス様。サジェッツァ様やタヴォラド様も今年の執政官のために二個軍団一万六千を再び捻出するほどには国内を整えております」


 開戦から四年間、プラントゥムからの増援を抑えているペッレグリーノに対しては一度も援軍を送れていないが。


「ヌンツィオ様とオノフリオ様は?」


「ヌンツィオ様は軍団を保持したまま北方諸部族とのにらみ合いを続けております。おかげでテュッレニア以南の土地はこれ以上荒れることは無く、戻りつつあると。

 オノフリオ様は相変わらず山岳地帯に籠り、ハフモニの行軍および補給を邪魔しております。奴隷の軍団が首取に熱心になってしまうことはあれど、非常によく纏まっているかと」


「カルド島の続報は?」

「いえ。相変わらず、劣勢、と」

「困ったな」


 カルド島を完全に喪失すれば、半島内にハフモニ軍が入り放題になってしまう。


 年には勝てないのか、エクラートンの王も弱り切っていると言うのに、だ。

 そんな中であの経験の浅そうな、怖いもの知らずが過ぎる孫が王に即位したらどうなるのか。


 かなりの確率で、ハフモニ側につくだろう。


 もちろん、エクラートンにも親アレッシア勢力は居る。

 エスピラとしてはそことハフモニ側とで分裂してくれればまだ良いのだが、新しい王では纏まるものも纏まらないとハフモニが新しい王を排除してしまえば状況は最悪だ。


「だが、良い報告も、また。ハフモニ側の船のほとんどが北方の港に集まりつつあると。ハフモニ国内の物価も再び上昇しました」

「プラントゥムに回すか」

「おそらく」


 となると、先に資源の確保、戦争の長期化をハフモニの行政側は見据えたのか。


 少なくとも、兵力を結集してカルド島を制圧。すぐにアレッシア本国に向けて軍団を出発させ、陥落させる。

 そんな電撃戦は嫌ったと見ても間違いでは無いはずだ。


「間違ってはいないな」


 相手の最も嫌な手を打つ、という意味では間違っているが。


 相手に決定的な勝機を渡さない、という意味では間違いじゃない。上手くプラントゥムに居るペッレグリーノ・イロリウスを排除できればプラントゥムから半島に居るマールバラへ援軍が送れるのだから。


「どうします?」


 ソルプレーサが聞いてくる。


「どうもしないよ。私は私のやるべきことをするまでだ」


「果たしてエスピラ・ウェラテヌスは本当に男側なのか、などとアポオーリアが身内の茶会で噂しているようですが?」


「有力者に媚を売ってばかりだって? まあ、させとけ。誰が言っているのかも高らかにな。こちらに対してどんどん言うが良い。愚かな口は死なないと閉じないさ」


「技術者、学者の集まりの悪さにはその噂も関係していると思いますが」


 エスピラは一度口を閉じた。


 エリポス中の技術者、学者を集めようとはしているが、確かに完璧に上手く行っているわけでは無い。

 カクラティスやアイレスなどと親交がある者は直接迎えに行くことは出来るが、噂だけの者たちは未だに野に放たれたままだ。


(だが、金も無い)


 雇うだけの金が。待遇を整えるだけの金が。


「難しい所だな。戦争後まで全員を雇っておけるかは分からず、仕事を与え続けられるかは分からない。ならば今いる者を、とも思うよ」


「相変わらずの借金王ですからね」


 ソルプレーサが揶揄うように笑ってきた。


「その借金の返済が進むぞ?」


 エスピラも厭らしく笑い、ソルプレーサにさらに近づいた。


「オリュンドロスらの海賊が港に入った。一番入って欲しかった港にな」

「遅かったですね」


「メガロバシラスに言ってくれ。まあ、彼らも自分たちの力だけでアレッシアに勝てると思っていたからだろうがな」

「アフロポリネイオ駐留軍に伝えに行きましょうか?」


「いや、私が行く。神殿に占ってもらうついでにな」

「ならばジャンドゥールの神殿に先に占ってもらった方が良いかと」


 ソルプレーサの言葉に、エスピラは一度唇に手を当てて考えた。


 なるほど。その方が、利点が大きい。


「そうしよう。だが、アフロポリネイオの軍団はシジェロの占いに従って進発させる」

「スコルピオは?」

「既にカナロイアに運んである。が、今回の戦いでは使わないよ」


 言って、エスピラは室内に視線を戻した。


 男は時折グライオに質問をしているが、雰囲気は終わりに近いかも知れない。


「ソルプレーサ。アルモニアを呼んでくれ。指示を出す」


 そう伝えると、エスピラは技術者をしっかりと抱き込むために室内に戻って行ったのだった。


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