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昼餉の具材はどちら?

「徹底的に明らかにするべきでしょう。こちらも、疑いのまま進むのも疑いを有耶無耶にしたと思われるのも避けたいですから。断固たる処罰をするべきかと。既に、軍団内に布告した罰の予告をアフロポリネイオの市民にを市内にも粘土板としてばらまかねば安心と安全が守れないほどですから」


 マディストスの口が止まった。

 何かを言おうとしていたが、止まったのである。


「ご安心ください。アレッシアは、アフロポリネイオとの不幸な行き違いを望んでおりません。必ずや事件を解決し、問題の根源となったアレッシア軍を撤退させましょう」


「しかし、アレッシアの軍団を受け入れる先も問題でしょう。何、私とエスピラ様の仲です。何も遠慮なさらずこのままアフロポリネイオに」

「ご安心を」


 穏やかな声に圧を籠めて。

 エスピラは、マディストスの言葉を無理矢理止めた。


「カクラティス殿下と私は個人的にとても仲が良いのです。今回の件があってもカナロイアは受け入れて下さると、一時期はエリポスの覇権を握った国だからこそ軍団の苦労は分かるとおっしゃってくださいました。ジャンドゥールも同じく受け入れてくださいます」


 カクラティスとはそんな話はしていないし、ジャンドゥールも全員の受け入れは不可能だ。

 そして、カナロイア、ジャンドゥールと立場を抜かされると危険なのはアフロポリネイオ。


 マフソレイオとの関係の近さも逆転されるかもしれないのだ。アレッシア軍の数が多く、駐留期間が多ければそれだけマフソレイオとの接触機会も増えるのだから。

 しかも、他国の人でありながら外交を任せたエスピラがアレッシアの軍団の長である状態で。


「その条件では困るのはアフロポリネイオであろう」


 低い声でアポオーリアが唸った。


「疑惑をかけたままでは両国が最も避けるべき不幸を出迎えることになります。多少の痛み分けは致し方が無いでしょう」


 エスピラは如何にも痛ましい表情を作って、沈痛そうに言葉を発した。


「アレッシア人は存じ上げないかも知れないが、国と国の関係は人と人の関係の延長線上にはない」


 アポオーリアが当然のことを言う。


「事の真相が明らかにならずに一番被害を受けるのはディラドグマですよ? 被害を訴えたのはディラドグマの民ですよ? 民を守るのが王の仕事。であるならば、貴方が最もこの問題の解決に当たるべきだ。それなのに収束を図るとは。もしや、なんて、冗談ですよ」


 後半は非常にゆっくりと、間を開けて。

 エスピラは、アポオーリアを見据えながら言葉を彼の耳にねじ込んだ。


「笑えないな。笑えない冗談はただの悪口だ。覚えて自分の国にきちんと広めるが良い。自分の価値観で言った冗談が喧嘩の種になるとな。いつも大量にやり取りをしているのだろう? ご苦労なことだ。自分で決められないとはな」


 アポオーリアが受けて立つように不遜な声を出した。


「ご忠告痛み入ります。以後は気を付けます」


 エスピラはゆっくりと腰から綺麗に頭を下げた。

 その体勢で、口を開く。


「ですが、先の言葉以外に冗談はございません。一度やると決めればやります。軍事命令権保有者は兵に対して情を持って接しながらも、厳格な態度で臨まねばなりませんから。兵に対して与えた情、臨時給金でこのような事態を招いたのなら、早く戦いが起きて欲しいと思えるほどに厳しいモノを軍団に課しますとも」


 訓練が厳しくて戦争が息抜きなのは少し前のドーリスの代名詞。

 それを、匂わせて。


「今回の件、被害者のために全力を尽くさせていただきますので、マディストス様、アポオーリア陛下におきましてはどっしりと構えていてください。


 何。事は起こった後なのです。ならばたどり着くべき事実も一つだけ。既にジャンドゥールやカナロイアに占いを頼むことになるかもと言ってありますが、不安ならば他の国にもお広め下さい。誰が嘘を吐いているのか。誰が処されるべきなのか。どのような末路を迎えさせるべきなのか。必ずや、明らかになりましょう」


 そして、エスピラは再び慇懃に、むしろ無礼と言えるほどに礼儀正しい声で膝を曲げたのだった。


「う、うむ。あまり、根を詰め過ぎないようにな。奴隷よりも働いていると聞くぞ。それは良くない。であろう、陛下」


 マディストスが最初よりも早い喋り方で話を振る。


「奴隷よりも! それはそれは大変なことで。養生なされよ」


 アポオーリアは大げさに驚いた声を出して、悠然と離れて行った。

 マディストスが綺麗に礼をした音が聞こえ、そしてまた一つ足音が離れて行く。


「エリポス人は本当に性格が悪い」


 シニストラがアレッシア語で怨嗟の声を漏らした。


「シニストラ。全員に当てはめるのは良くないよ」


 エスピラはアレッシア語で、穏やかな声で返した。


「すみません」


 すぐに謝罪の言葉がやってくる。


「とは言え、私も冤罪を作られて気分が良いものでは無いよ」

「証拠は揃っているのですよね」


「ああ。だが、認めないだろうな。その程度の証拠だ。出さない方が良いだろう。そうすれば、向こうから曖昧なままで幕引きを図ってくる」

「良いのですか?」


 その言葉に、エスピラは社交界用の表情を貼り付け、声も歓談のモノに変えた。


「良いわけないだろう? 私が代理で庇護していると言っても過言では無い軍団兵が無実の罪で訴えられたのだ。必ずや報いを受けさせる。未来永劫語り継がれる、嘘つきの末路と言うモノをな」


 アレッシア語が分からなければ、楽しい会談をしているか、上司エスピラの冗句に部下シニストラが困っているようにしか見えないだろう。


 それほどまでにエスピラは完全に雰囲気を偽装して決意を表明したのだ。


 軍団のための昼餉のメニューを描きながら、表明したのである。


「エスピラ様の罠に引っ掛かったとみて、良いのですよね?」


 シニストラが呟く。


「もちろんだ、シニストラ。私が信用している者ぐらいはエリポスも調べていよう。対立している者も、距離がある者も、私を怒らせた者も。そんな者が多い場所に本当に仕掛けてくるとは、少々笑える話だがね」


 エリポスは一枚岩ではない。

 数多の国家がひしめく魔の地帯だ。

 それでも、アレッシア人との繋がりよりはエリポス人同士での繋がりの方が強いのはエスピラも知っている。予想していたことだ。


 故に、こうした罠も当然何かしら、恐らくこれからも仕掛けられるだろう。


 エスピラは、それらを一撃で以って黙らせる必要もあるのだ。


「さて。宰相殿にお礼をしてあげないといけないな」


 誰から情報を流すのが良かろうか。冤罪をかけられた兵を監督していたピエトロか、一門がハフモニについているジャンパオロが適任だろうか。


 そんなことを考えながら、エスピラは再開された会議に出席した。


 問題が解決したのは年が明けてから。やはり、有耶無耶にされて。何事も無かったかのように。


 エスピラもアフロポリネイオから兵を引きつつも近くに少数ながら残すことで一応の決着をつけた。



 そして、軍事命令権保有二年目の人事が正式に発表される。



 エスピラは、予定通り前法務官。

 護民官に軍団長補佐にして軽装歩兵を監督しているネーレ・ナザイタレ。

 財務官はロンドヴィーゴとグライオ。


 他にも按察官や造営官に数名軍団の高官が任命され、実際にその役職として働くことは少なくとも軍団としての形は再び整えられた。


 そして始まる第一次メガロバシラス戦争の二年目。

 その軍靴は、確実にエリポス全域に広がりつつあった。


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最善策を理解せず、または理解できても足を引っ張る為に反対する貴族たち。扇動されやすく無視できない力を持つ民衆。国内とは別の力学が働き牽制し合う国家間の関係。個人の事情。第六章まで読んで、この先の展開が…
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