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宗教会議

 会談の成果は確実にあった。


 それがアイレスによる宣伝か、それともあのような、誰でも話を聞け、誰でも情報を漏らせるような場所で行ったからかは分からない。


 だが、事実、宗教会議に参加するためにエスピラがアフロポリネイオに戻ったころには宿舎にひっきりなしに人が訪れ、あるいは偶然を装って遭遇し、ある者は婉曲に、ある者は直接的にエスピラを試すような真似をしてきた。


 酒やチーズなどの口に含める物ならまだ良い。困ったのは芸術だ。


 エスピラは、アレッシアの貴族ではあるが家風と状況もあり芸術に詳しくは無い。審美眼も無い。

 そういう時には、それとなくシニストラに振って難を逃れ続けていた。


 結果としては、これによってエスピラの護衛がシニストラであることの違和感を無くすことが出来たが、同時に、隠れて芸術品を見る時間も増えた。


 それでも。

(良く分からん)

 となることに変わりはない。


 塗り方、材質、保存方法。そう言ったモノはまだエスピラも判断できる。見た目からでも判断を間違わないことが増えて来た。

 しかしながら、この絵のここが良いとか、ちりばめられた金銀財宝が、とかは分からないまま。感覚の話は厳しいのである。


 今も、並べないようにと言われていた彫刻を休憩時間の間に見て回ったが、どっちが何故どう悪いのかはシニストラに解説されてもピンとは来なかった。


「エスピラ」


 思考が引き戻される。エスピラは声の主へゆっくりと振り向いた。


「カクラティス」


 そして友の名を呼べば、カクラティスも手を挙げて鷹揚に近づいてくる。


「すっかり話題の人だな」

「未開の地からやってきた文化人らしき蛮族ってか?」


 エスピラの返しに、カクラティスが笑う。


「それはアレッシアの力を未だに見誤っている愚か者を選別するための言葉だろう? 本当にアレッシアを知っている者は、最早蛮族などと言ってられないことぐらい知っているはずだ。文化の水準も軍事技術も。これからはアレッシアとの関係を考えて行かないと困るのは自分たちなのにな」


 アレッシア語でカクラティスが言った。

 まだ拙い所はあるが、十分に半島内でも通用する喋り方である。


「そう評価してくれるのはありがたいが、会議の場では私は黙りきりだよ」


「不用意に敵を作らないため、だろ? 逆に不気味がっている者も居るさ。何せ、一気に動いてまでここに出席したのに、何もしないんだからな」


「本当にそう思うか?」


 エスピラもすっかりアレッシア語に切り替えて。

 雰囲気は朗らかなままに楽な姿勢を取った。


「エリポス側がエスピラを見定めているように、エスピラからも見極められているのだろう? 一気にでは無く準備した結果。そして黙っていればエリポス人であれ直接的な言い方になってくる者も出てくる。どこまで相手に興味を持って探ることが出来るのか。備えることが出来ているのか。狙いは、猟犬のための狩場かい?」


 カクラティスも笑みのままで口を動かしてきた。


「犬扱いは失礼だな、カクラティス。尤も、私と君の考えが一致しているなら、だけどね」


 傍からは世間話と見えるような雰囲気を維持して、エスピラは返した。

 別に、失礼だとは思っていない。


「確かに失言だ。悪かった。状況を悪化させるだけだとは分かっているが、決してエスピラやシニストラのことを指して言ったわけじゃない。軍団のことを、時折猟犬だと表しているから、その育ちが出ただけだ」


「本当にわざわざ失言を重ねたな」


 本当に気にしてはいないが、エスピラは笑みの質を苦笑へと変えた。


 ソルプレーサが居たら、エスピラもカルド島攻防戦では「狩りを開始しよう」などと言っていただろと突っ込まれていたかも知れない。もちろん、エスピラとしては狩りは人間もすると答え、ソルプレーサは人間狩りは普通は行わないと返す。


「まあ、私のことは良いじゃないか。それよりも、エスピラの方の首尾はどうだ?」

「大変だよ。誰かさんが物資を出し渋る所為でね」


 言って、エスピラは肩をすくめた。


「それは大変だ。早く解決しないとな」


 カクラティスが大真面目ぶって告げてくる。


 実際問題、困窮しているわけでは無い。十分に軍団を養えるほどの物資は届いている。

 それでも高速機動を確立するには未だに協力国家が足りず、本格的な軍事行動を起こすには慎重にならざるを得ない状況だ。


「メガロバシラスが南下してきた時に困るのは、誰だろうな?」

「それを探しているのだろう?」


 くすくす、とエスピラとカクラティスは笑い合った。

 互いに腹の底を探るように。それでいて、気さくに。


「『家で見たことがあるような気がしますので、親近感がわきますね』なんて、言ってくるような奴らを全員敵に認定したいよ」


 エスピラはおどけた調子のまま若干の本心を吐露した。


『家で』から始まる言葉は、要するに、アレッシア人を奴隷として持っているぞ、とか、奴隷のように扱ってやろうか、という意味である。

 他にも「エリポスではアレッシア人を野蛮人としてみますから、これからの働きが大事ですね」なども人によっては自分が見下しているから、という言葉だ。


 親切そうに様々なことを教えてくるのも、それすらできないと言う見下しも入っている。


 無論、本当に親切心からの人もいるのだろうが。


「良いんじゃないか、別に。スコルピオとやらの威力を発揮するのは、別にメガロバシラスじゃなくても良いんだろう?」


 カクラティスの言葉に、エスピラはしっかりと仮面の表情を維持し続けた。


 誰から聞いた、というのは無粋だろう。

 そもそも、軍団内での考えを共有するために多くのことをオープンにしているのだ。漏れるのも必然と言えよう。


「知りたいのか?」

「知りたいね。できれば、ああ、どこか。大きめの都市国家にぶつかると嬉しいんだけど。ああ。秘密で頼むよ。友からのお願いだ」


「で、秘密のお願いとしてはどこを攻撃して欲しいって?」


 ふざけた調子で言ったカクラティスに、エスピラもまともに取り合うようすなく聞く。


「カナロイア以外の全てのエリポス国家」


 カクラティスの声は笑っており、口角も上がっている。目じりは下がっており、笑みと呼ぶのに相応しい顔ではあったが、エスピラにはとても笑っているようには見えなかった。


 それは後ろのシニストラも同じなのだろう。少しだけ位置がエスピラ寄り、かつカクラティスとの間に入れるところに移動している。雰囲気もやや硬め。


「なんてね」


 一気に空気が砕ける。弛緩する。


(あまり誤魔化すべきでもないな)


 エスピラ側の対応としては。それなりに本心を滲ませるのが最善だろうと思って。


「冗談で良かったよ、カクラティス。カナロイアが在りし日の帝国を作りたいだなんて言ったら、友人としては応援したいが困ったことになるところだった。今の目標は一にメガロバシラス、二にメガロバシラス。とてもエリポスに回せない上に、エリポスにメガロバシラスに匹敵する国家が出来てしまっては元老院も黙っていないだろうからね」


「それは恐ろしいな」


 カクラティスも笑う。


「だろ? あまり言いたくは無いが、カナロイアはまだ王権が盤石ではない。元老院にも寝技が得意な者が居るだろうから、アレッシアがハフモニに勝った後なら厳しいぞ。まあ、今は明らかにカナロイアを敵に回すことが一番恐ろしい結末だけどね」


「寝技が得意なのはエスピラじゃないか」


 おーいやだいやだ、とカクラティスが肩をすくめて小さく両手を上に向けた。


「何を言っているんだ。国力の充実具合、王への権力集中。国内でのカクラティスのやりかたほうが何枚も上手うわてだろう?」


「そうかい?」


「そうとも。私なんて、国内を纏めるために借金をたくさんこさえてしまったからね。借金を作るどころか自分の蔵を満たしたカクラティスが羨ましい」


「はは。褒めてもらえるのなら嬉しいね。しかし、借金は困るだろう? 友としても心配だが、カナロイアとしても、エスピラが死んで折角築き上げた関係値が無くなるのは避けたいよ」


(まあ、そう来るよな)


 互いの現在地の確認のためと、今後の対策のために。


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