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英雄の血

 槍で戦い、槍が折れれば剣で戦い、剣が折れれば右手で殴りかかり、右手を切り落とされれば左手で戦い、左手も切り落とされれば噛みついて抵抗する。


 そんな男の英雄譚がドーリスにはあるのだ。


 槍と剣で正々堂々と戦うのが一騎討ちだと言う者は居ない。例え、前提としてそう考えていたとしても、戦場でどうなるのかを大事にするドーリス人にはこの勝ち方に異議を唱えることは出来ない。


 それは、負けを認められない臆病者の考えなのだから。


「返答が聞こえないな。ドーリス人は、陛下以外は口なしか、責任を取りたくない臆病者の群れか。いやはや、勇猛さを示す戦い方が時間が経って自身の意見関係なく他人任せにして生きたい者達の逃げ道だとは、悲しい限りですね。例えそれが負けを認めない、撤退しない勇気だとしても、現状が見えていないのであれば評価は下がりますよ」


 馬鹿にする響きで以って高らかに告げ、エスピラは王の首から手を放した。

 代わりに、首元に左手で抜いた短剣を突きつけて置く。


「陛下。私の勝ちでよろしいですね?」

「がば、ばん」


 構わん、と恐らく言って、アイレスが窒息しかけながらも絶対に放さなかった盾と槍から手を放した。


 エスピラもアイレスの上からどき、シニストラから渡された布で額を拭う。


「陛下を治療して差し上げよ」

「はい」


 慇懃にシニストラが言って、白のオーラでアイレスを治す。

 その際、やや強引に鼻を掴んで引っ張り出していた。


 その痛みを、しかしアイレスは苦悶の声一つ溢さずに受け入れ、顔面の治療が終わる。エスピラはその間にウーツ鋼の剣を回収した。素晴らしいことに刃こぼれは無い。アイレスの盾には一本の、剣により傷がはっきりと見て取れる。


「素晴らしい盾でした」

「自慢の品故な」


 王がはっきりと返事をし、盾だけを手に取る。槍は地面に横たわったまま。

 そして周囲は、殺気立ったドーリス人が囲み、その中で小さい枠ながらアレッシア人がエスピラを守るように半円に陣形を組んでいる。


「武勇に秀でているわけでは無いが、一騎討ちでは負けない。なるほどの。余も、戦う前も後でも武勇では微塵もその方に劣っているつもりは無かったが、確かに負けた。完敗だ。一撃たりともその方に当てることができなんだ」


 言いながら、王が周囲に下がるようにと示した。

 アイレスの指示に従うかのように、ゆっくりとドーリス人が下がって行く。綺麗に。足音すら揃えて。


 それは高い統率力を示し、エスピラが防御陣地で示した軍の威容を此の行為で以ってで示すような行為に感じられた。


「私も、確実に陛下の方が戦士として上だと言えます。むしろ此度の一騎討ちで確信が深まりました。これでも日夜修練に励み、鍛えて来た身なのですが、いやはや、この痩身が少し恨めしい。とは言え、この身は神の寵愛を受けている身であれば誇り高いとも言えますがね」


「神の寵愛とは大きく出たものだ」


 アイレスが奴隷に鎧を外すように言いながら返してきた。



「人の力で陛下に勝つのは容易なことでは無いでしょう。此度も、私が踏み込んだ時に槍が来ればひとたまりもありませんでした。この身を槍が貫いたことでしょう。その前の、メガロバシラスとの戦いでも同じこと。アントンにメガロバシラスの全軍が居たら? ディティキ攻略を止め、山道で待ち受けていたら? こちらに攻撃の意思が無いことを隘路の戦いで見抜いていたら?


 何かが違っていれば、結果は大きく違うもの。


 しかし、私は今、メガロバシラスを追い払い、此処でも陛下と言う有数の戦士に勝利を収めております。

 これを神の寵愛と言わずして何と表現すれば良いのでしょうか」


 アイレスが、口元を緩めて細かくゆっくりと首を上下に動かした。


「神の寵愛を認めることは出来ないが、宗教会議への出席はドーリス王たる余も認めよう。ドーリスのことを理解した勝ち方と、戦い方に。そして、敵兵であれ戦いが終わったと見れば寛容性を示したその方に敬意を表して」


「助かります」

 エスピラは、一騎討ちの前と同じように慇懃に頭を下げた。


「他の物事についての返事は、その方の戦い方が全軍に伝播するのかどうか見定めてからにいたそう。カナロイアに後れを取ることは分かっておるが、その方らに全てを賭けることは王としては出来ぬ。何、所詮、アフロポリネイオはマフソレイオに従っているだけ。ジャンドゥールはその方の遊び場。大した遅れにはなるまい」


「感謝を表しますが、一つだけ訂正を。ジャンドゥールは遊び場ではございません。国を想い子を想う者として、備えを作っているだけにございます」


「そう言うしかあるまいて」


(嫌な男だ)


 エスピラは、アイレスの評価をそう定めた。


 あれだけの一騎討ちの後に飄々とした、全く気にしていない態度をとるところも。

 このような評価を堂々と口にするところも。


 何より、頭のキレを厭らしく扱うところが。


「時に、一騎討ちの流れで聞きそびれてしもうたが、大事なモノに国が無かったのは何故だ?」


 アイレスが指示をすれば、木で作られた硬そうな椅子が二つもってこられた。

 一つはアイレスの後ろ。もう一つはエスピラの方に。


「国を守るのはその国に生きる者として当然のこと。蔑む、嘆くなどもっての他。他国と比べてどうだとか、比べるだけ比べて国を良くしようと動かないのは売国奴と同じです。陛下ならば国を治める者として国を挙げるのは当然のことですが、アレッシアは誰か一人の双肩にかかるのではなく、皆で支える国家であるため挙げなかったまでのことです」


 エスピラは座ることに気乗りのしていないシニストラを止め、椅子に腰かけた。

 アイレスとエスピラの前にグラスが出てきて、深い色合いの赤ワインが注がれる。


 エスピラはペリースを少し動かし、左半身を完全に隠した。


「皆で支えるか。格差はあろうに」


 エスピラはガラスのグラスを手に取り、ワインの香りをかいだ。


「残念ながら、アレッシアほどの規模の国家であれば格差もまた仕方が無いかと」


 次いでグラスを回し、もう一度香りを楽しむ。


「しかし、その才を適切に発揮できる場所で適切に発揮し、それを有力者が認めれば誰にでも出世の機会は巡ってきます。貴族によって一門同然に扱われる人も勿論おります。加えて、百人隊長はともすれば戦場に於ける高官よりも重要な役割。特に、私が軍事命令権を保有している軍団のような存在にとっては彼らが生命線とも言えます」


 言い終えると、エスピラは一口だけワインを口に含んだ。

 香りを楽しんで、舌に染み渡らせ、ゆっくりと嚥下する。


 ペリースの下では緑のオーラを使って毒に警戒しつつ、光は外に漏らさない。


「美味か?」


「ええ。とても。重く、重厚でしっかりとした味わいながら程よいまろやかさと口残りで最初の印象に反してこれだけでも飲み続けることのできる味。口に残っている間にも風味が変化し続けるワイン。色と香りから言っても、この一帯で最も愛されている『英雄の血』かと思います。まさか本場で味わえるとは思ってもみませんでした」


「あっておる」


 アイレスが皺を濃くするような深い笑みを見せた。

 味わうだけでなく、飲んだと言うパフォーマンスをするだけでなく。毒を警戒しなくてはいけない中で種類を当てる。その胆力と信頼を見せる行為なのだ。


 もちろん、エスピラは即死はしないように気を付けながらの飲酒であるので、アイレスが求めるような胆力を見せたわけでは無いが、気が付かないのであれば問題ない。


「豪胆な者よのう。どうだ? これから一つ一つの品を当ててもらう。一人正解するごとに奴隷となっているアレッシア人を一人解放する。だが、外すたびにその方の軍から一人奴隷として戴く? やって見ぬか?」


「是非とも。美味しい物を御馳走になり、その上でアレッシア人を解放できるとは。陛下は、私が思っていたよりも慈悲深いお方の様だ」


 試すように言ったアイレスに、エスピラは考える間もないほどに即答した。

 ふふ、とアイレスから笑いが漏れる。


「アレッシア人奴隷を全て解放せよ。だが、面倒はまだドーリスで見る。試すようにふっかけ、食糧や物資に負担をかける真似をすればドーリスが他の国々から笑われよう」


「これはこれは。誠に感謝いたします」


 本当に嫌な男だ、という思いは笑顔と礼儀正しい青年と言う仮面の下に隠して。


 エスピラによってカナロイアやアフロポリネイオどころかジャンドゥールの後に回されたことを最大限利用して自身の価値を高めて来たな、と。

 奴隷を養うと言う当然のことをしているだけでアレッシアに物資を援助しているのと同じにすると言う方法で国力を守ったな、と。

 守らせることでカナロイアやアフロポリネイオよりも王権が強いと見せて来たな、と。


 エスピラはアイレスに対する警戒を引き上げて、ゆったりと青空の下で会談を行ったのだった。


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