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接敵

 エスピラの問いかけに、返事は無い。

 それを認めてからエスピラは再び頷いて郎とした声を出した。


「百人隊長は各々副隊長と十人隊長に伝えるように、十人隊長はさらに自身の部隊に伝えよ。他の者は自身の監督する部隊から適当に十名ほど選び、エリポス兵の降参のポーズとその後の対応について問いただし実践させるように。失敗した場合はもちろん罰がある。これは、軍命だ。必ず徹底せよ」


 数名の良い返事と共に全員の頭が下がった。

 エスピも頷き返し、悠々と背を向けて離れる。


 視線の先にはソルプレーサからの伝令の者が一人。エスピラの講義中から待っていた。


(リャトリーチか)


 少し焼けたような黒髪に緑の目。雰囲気の消し方などは遠縁にあたるソルプレーサに似ている。似ているとはいえ、二人は曾祖父までさかのぼらないと家系は一致しないのだが。


「どうした?」


 エスピラは声を落とし、周りの人を遠くにやった。


「メガロバシラスの軍勢をディティキで補足いたしました」


「様子は?」


 聞きながら、エスピラは地図を思い浮かべる。


 ここからディティキまでは百キロほど。強行軍に近い高速機動を用いても三日ほどかかり、山道を通ることから四日はかけたい。万全を期すならその倍だ。


「ディティキを囲っておりますが、城壁に対して本格的な攻撃を仕掛けている様子はありません」


 しかも、エスピラの実現している高速機動はメガロバシラスの大王が行ったモノを改造したものなのだ。


 今回に限っては状況が整っていないことぐらいメガロバシラス側も把握しているだろう。カルド島での記録は盛っているのではないかとも考えているはずだ。


 それならそれで、エスピラもわざわざ本気を見せたくはない。


「おそらく、攻略後の防衛のためか、あるいはこちらと一戦交える気なのでしょう。そのためか、今はやや空気も緩く、戦う気配はございません。ディティキの中に内通者が居ることも十分に考えられます」


 故に、アレッシア軍が動き出してからも八日ほどの余裕は持てる。

 それにディティキは打って出てこない。だから、今は兵を休ませてアレッシア本軍に備えている。


 そう言う話だ。


「許可すると伝えるが、ソルプレーサは何を求めて来た?」


 リャトリーチの目が少し大きくなり、それを隠すように僅かに下を向いた。


「今ならばこの二千の兵で襲撃するだけで混乱をもたらし、ディティキの攻囲を解くことが出来ます。内通者の処分も最小限で済み、良い船出となるかと、と申しておりました。ソルプレーサ様はエスピラ様が許可してくださるだろうとも予見しておりました」


「これが私が私の信頼する者との間に求める関係性だからな」


 少し笑いながら、エスピラはリャトリーチに近づき、彼の耳元に口を寄せた。


「だが、大王だけは殺すなと伝えてくれ」


 リャトリーチの顔は動かないまま、口が開く気配がする。


「何故か、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 必要ないかも知れないが、ソルプレーサに聞かれた時のため、だろう。


「下手に王が変わって優秀な者に就かれるよりは今のままの方がやりやすいのが一点。メガロバシラス国内で後継者争いが起こるとエリポス圏内の権力闘争の様子がまた変わるので厄介なのが一点。王が死んだから退く、と言う決断になれば良いが、王が死んだ以上は全員何としても刃向かって一矢報いろ、となれば最悪なのも大きいな」


 他にもその場で優秀な者が最高決定者になられても厄介だし、あまりにも勝ちすぎて他の国からの警戒が跳ねあがるのもまだ良しとはできない。

 メガロバシラスと言う敵が生きているからこそまとめることもできる。協力を要請できる。


 下手にこれに勝てば、次はエリポス圏全体がアレッシアの敵になるかも知れないのも一点。


 今はメガロバシラスを抑えれば良いだけのため、最後に関しては大きな問題にはならないが今後には響いてくる。


「かしこまりました。作戦行動は、いつまでに起こせばよろしいでしょうか」


「君が帰ってから三日以内の吉日に。私も三日後に軍団を動かし始められるように準備する」


 どこまで監視の目があり、どの速度で進むかは分からないが、カモフラージュのため。陽動のため。エスピラも軍事行動を起こす。


 此処までは言わなくても分かるはずだ。


 現に、了解の意を伝えてくると、リャトリーチが音も無く静かに去って行った。

 見送ると、エスピラは遠ざけていた者達を呼び、真意を隠すためにも周囲に斥候を放ちだす。同時に食糧輸送部隊も出し、どこに運べるかを探らせるような動きを見せた。


 どこまで効果的かは分からない。

 だが、エスピラが動けば動くほど、ソルプレーサの動きに対して警戒する者を割くことは出来なくなってくる。数は変わらなくとも、報告はエスピラに対するものが増えれば判断する者にとってはエスピラの動きが中心になるのだ。


 ただし、この動きが裏目に出る可能性ももちろんある。


 彼我の距離は百キロ以上あるのだ。馬に乗れたとしても乗り換える必要があるし、徒歩で移動しても一日で着くには着くがすぐさま引き返すことはほぼ不可能と言える。足は疲れ果て、翌日は動けず、しかも襲われれば満足に抵抗出来ない。


 互いの情報には大きな時間差がありながらも、エスピラはリャトリーチに伝えた通り、三日後に軍団を動かした。


 直線ではいけないため、ある程度道の整っている山道を進む。伏兵に警戒しながら四百名単位の先行部隊を出し、途中で休息がてら止まっている間に後進の少数部隊が先を警戒しに行く。エスピラの居る本隊はアントンで補給した物資と捕虜の内二百名を引き連れて、安全が確保された道を。


 ソルプレーサの奇襲によりメガロバシラス軍がディティキの攻囲を解いたという報告が届いたのは進発してから二日後のことであった。


 続報では川下りで来ていた船を焼き、物資を持ってメガロバシラス軍の本隊は山越えを選んだこと。ソルプレーサの部隊は船を焼いている部隊の急襲を考えたが思ったよりも警戒が敷かれていたのでやめたこと。慌てて攻囲を解いたため攻城兵器と食糧を多数入手できたこと。内通者の一部を牢に繋いだことが伝えられた。


 それに対して、エスピラは労いの返事と程よい拷問をするようにと伝える。


 一種のパフォーマンスとして、心を入れ替えるなら許すことを伝えるためと、裏切り者は徹底して殺すことを宣伝するために。そのための拷問である。


 そして、エスピラがソルプレーサと合流したのはそれから五日後。


 エスピラは一日だけ兵に休息を与えると、すぐさまメガロバシラス軍の追撃に当たった。


 軍団として補足したのは三日後。


 場所は隘路へと繋がる大地。そこを整地し、凹凸を減らし、自慢の密集隊形を存分に使える形にしてメガロバシラス軍が待ち受けていたのだった。


 季節はいつ雪が積もってもおかしくはない十番目の月の末。

 日によっては全ての息が白くなる時季に、ついにメガロバシラス軍とアレッシア軍は正面切って睨み合った。



「さて」


 櫓の上で山羊の膀胱に入った酒を一気に煽り、それからエスピラは目を凝らした。


 有象無象の蟻のようにメガロバシラス軍が蠢いているが、それ以上は良く分からない。向こうもアレッシアほどでは無いが防御陣地を作っているのは分かった。だが、ここに籠ったままではなく、出てきて隊列を組んで戦うことを前提にしているのだろう。


(戦うとすれば、だがな)


「互いに雪を待っている状態なのでしょうか」


 頬を赤くしているが、寒さなど感じていませんと言わんばかりの背筋の良さでシニストラが言った。


「まあ、急いて攻撃を仕掛けてくれば儲けもの、ぐらいの勢いかも知れないがな」


 向こうからすれば実績に乏しいアレッシアの軍事命令権保有者は勝利の勢いで本当の勝利を掴みたいと考えているのではないかと推測ができる。


 アレッシアは正面突撃からの勝利を最も良いものとするからだ。そう思えば、エスピラの勝利は少数に対して打ち破った海戦と奇襲によって掴んだ勝利のみ。


 本格的な一戦を、と望むのはマールバラに対するアレッシア人の態度からも確定的に考えていてもおかしくはないだろう。


「待ちますか? 使いますか?」


 エスピラも雪を待っているが、ただ待つだけではないと思ったのだろう。

 シニストラが、そう聞いてきた。


「準備はするが。うん。そうだな。雪が降って互いに休戦しました、ではよろしくないな」


 例えそれが事実だとしても、アレッシアに有利な状態を作っておいてメガロバシラスがこれ幸いと退いたという形の方が望ましい。


「奴らの陣地を見下せる位置まで分隊を派遣したい。手もかじかむ中を突き進み、両脇の山を奪う自信はあるか?」


 そしてエスピラは、隘路を形成する急峻な坂を指さした。


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