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激突予報

『双子』とだけ書かれた紙をエスピラは折りたたんでしまった。


 出産報告と同時にもたらされたこの紙は、確実にメルアが書いた一言が書かれているモノである。結局一度も見せてもらえたことの無い産後の、弱り切った状態でエスピラに伝えるために書いてくれた文字だ。


「双子か」


 アグニッシモ・ウェラテヌスとスペランツァ・ウェラテヌス。

 エスピラとメルアの四男と五男だ。


「エスピラ様」


 声を掛けられ、エスピラは遥か遠方、アレッシアへと飛んで行っていた意識を取り戻した。


 表情を一瞬で切り替えて、伝令を見る。


「どうした?」

「既にアントンは陥落していたようです。メガロバシラスの盾が飾られておりました」


 エスピラは海風に目を細めた。


 ばっさりと切り落とした髪は全く揺れない。その全ては神へと捧げる炎の中に消えていったのだ。冬の寒さが短い髪の間を叩き、頭を冷やしていくようである。


「船の数は?」

「外洋に十数艘。攻城兵器の類は発見できておりません。また、地上も要塞化が進んでいる様子はありませんでした」

「分かった」


 エスピラは、曲げた人差し指を唇に当てた。


 城塞都市アントン。

 ディティキよりも防備が薄いがメガロバシラスからは遠い南側の都市だ。そして、ディファ・マルティーマからは近い都市。


 上陸するにあたって無難な都市を選んだのだが、無難過ぎて対策はされていたらしい。


(しかし、だ)


 この船団で、いきなり目的地の変更などできるだろうか。


 しかも外洋に出ているメガロバシラスの船は十数艘。港の中ならば素早くは動けない。要塞化の形跡もない。盾を飾っている。


「物価、あるいは車輪の跡、足跡が増えていたか? あるいは、臭い、喧騒、そう言ったモノは?」

「おそらくは、気になった者はいないかと」


「メガロバシラスは推定二万の軍勢だったな」

「はい」


 ふむ、と見えない敵を推測する。


「盾はどのように飾られていた?」

「分かりやすい所に」


「どこから見てもか?」

「はい。何枚か用いておりました」


 エスピラが迎え撃つ側で、アントンだと予想を確定させていたらどうするか。


 それならば、盾を隠す。


 まだアレッシアが領有している体を装って、港に泊まった艦隊を一気に叩くのが効率が良いはずだ。露見したとしてもアントンに火を放ち、船を捨て、アレッシア軍を飢えさせる。


 メガロバシラスも船を失うが、どうせ川下りで来た船だ。逃げて遡るのには使えない。


 では、アントンと確定させられていなかったら?

 何故盾を見せた?


 それは居ることをアピールしたいから。アントンを領有したと見せかけたいから。


 そうなればディティキか、トラペザに行く。近いのはディティキ。可能性が高いのもディティキ。ならば、ディティキの近くで来るアレッシア軍を迎え撃つ。トラペザまで回ればディティキ攻略の時間が稼げる。


 一番大きな都市はディティキなのだ。

 アントンを落とし、ディティキを落とせばトラペザだけのアレッシアはたちまち窮地と言えよう。


 もちろん、裏の裏。

 盾を見せることで囮だと思わせてアレッシア軍を誘引している可能性も十分に考えられるが。


(メガロバシラスは完全にアレッシアを戦闘狂の蛮族だと思っていた。基本的な戦法も、数を揃えての正面突撃だと知っている)


 ならば、裏の裏である可能性は低いか。

 針路変更をするならば、確認している時間は無い。


(神よ)


 エスピラは、革手袋に口づけを落とした。


 それから、日程を思い浮かべる。此処から、トラペザやディティキに向かうのにかかる日数を。その日の運勢を。占いの結果を。


 ゆっくりと、閉じていた目を開けた。


「シニストラに伝えろ。敵は既にアントンに入っている。だが、我らは多勢。此処で帆を返せば前後が衝突し、その間にメガロバシラスの餌食となるだろう。故に全てを蹴散らせ。シニストラが、全てを喰らい尽くせ。投石機の使用は許可する。この軍団を、アレッシアの未来をその手で切り開け。混乱を避けるために後軍にはメガロバシラスの存在を伝えない。シニストラが全ての敵を屠り、何事もなく我らを入場させよ。君に、神と父祖の加護を。アレッシアに栄光を。とな」


「かしこまりました」


 威勢の良い返事をして、伝令が船から降りていった。

 エスピラは奴隷に命じ、船に居る他の伝令役を呼びつける。


「メガロバシラスは既にアントンに入っている。各自、旗艦で攻城兵器の組み立てを始めよ。上陸次第一気に壁を打ち破る。それから、グライオにはスコルピオの使用は許可しないと伝えてくれ。この戦いで出せるのは投石機と破城槌までだ。それ以上は使えない」


 同じく威勢の良い返事がして、軍団長補佐以上の高官の下へ伝令達が去って行った。


「流れるように嘘を吐きましたね」


 ソルプレーサが小声で笑ってくる。


「その方がシニストラは燃えるだろう?」


 エスピラも笑って、より前に立った。


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