既にあった結論
「エスピラ様が方々に手紙を出したのは各国に協力を求めるためだけではなく、幾つかの目論見があってのこと。その一つは商人と繋がることであり、その利点の一つが食糧確保であることは明白だと思います。ついでに、冬を越すための毛皮なども購入しやすいでしょう。
エスピラ様が私財をなげうってでもアレッシアのために動くことはウェラテヌスの家風と昨年の神殿の儀式及びディファ・マルティーマに来た当初の臨時給金でお分かりのはず。
兵站の問題は解決済みだと思うのですが、ソルプレーサ様は如何お考えでしょうか」
私か、と言うような顔をソルプレーサが浮かべた。
折角気配を消して隠れていたのに、とでも愚痴を溢しそうな表情である。
「私もありがたいことに学友としてエスピラ様と共にメガロバシラスに行く機会があり、そして今もエリポスへの伝令を統括しておりますから。道々の把握は進んでおります」
グライオへの恨みがましい目を隠して、やけに慇懃にソルプレーサが言った。
「最初から結論ありきだった、と?」
言ったのはピエトロ。
「はい」
悪びれずにエスピラは肯定し、続ける。
「さりとてあからさまに作戦を伝えれば敵にも漏れる可能性があります。故に、このような遠回しな手法で伝え続けておりました。もちろん、相手の動きによって対応は違ってきますのでそれらも含めて、ですが」
ただ、肯定の先は「この場での結論が」ではなく、もっと前から採る作戦を決めていたというもの。
「ピエトロ様」
すぐになだめるような声を上げたのは副官であるアルモニアだ。
「この軍団の他の軍団との大きな違いは三年間は同じ軍団である、と言うことです。
これまでのアレッシアの軍団の長所は様々な人の意見を取り入れることができることではありますが、同時にそればかりだと意思決定が遅れておりました。その最たるものが二年前の独裁官サジェッツァ様の下で行った軍事行動だとは衆目の一致するところ。
そのような行動の遅れを無くすべく、エスピラ様が主導で作戦を決める。我々には決定権は無い代わりにエスピラ様の行動を先読みするだけの情報を貰う。そうして、違うと思った時には先に話を着つける。あるいは、その場でしっかりとした反論を行う。
独断専行ではありません。過剰な権力でもありません。
確かに、私などの通常のアレッシアの体制に慣れている者には少々やりにくい体制ではありますが、基本的には若い者が多いですから。長期的な戦略を描かないといけない軍団としては間違っていないのかと思います。
それに、百人隊長たちからは評判が良いやり方ですので、私はしばらくは見守ろうと思っております」
しばらくは見守る、と言うが、アルモニアに反逆の意思が無いのは明らかである。
それでも、副官がやり方に懐疑的な目を向けつつもさらに下の、実際の戦闘に重要な百人隊長が認めているからと出せば他の者もしばらくは様子見しようと思わざるを得ない。
それに、支持者が多いのはあらかじめエスピラの作戦行動を理解できたからだ、と思うのならば反対を続けることは自分の能力を疑われる行動になるとも考えてしまうのだ。
自尊心もあって、これ以上の反論は出てこないだろう。
(ルカッチャーノだけでは、弱いか)
反対意見を出したのが彼だけでは、もしかしたら意見の多様性に欠けるか、とエスピラは思う。同時に、この場だけでは推し量れないかとも。
どのみち、毎回説得に時間がかかるとしてもピエトロは近くに置いておく必要が出てきたかもしれない。エスピラは自身の周りを絶対肯定する者達で固めたくは無いのだ。
特に、これは権力を獲得する前にしっかりとしておくべきことだろうと、昔の記録を読むたびにエスピラは思いを固めている。
「さて。では、出陣は冬季、と言うことで良いかな?」
「日付は如何いたしましょう」
ロンドヴィーゴのこの言葉は肯定の意。
「九番目の月の二十九日か、十番目の月の三日、五日、九日にしたいな」
「その日付の根拠は……?」
聞いてきたのはロンドヴィーゴだけだが、もっと多くの者に疑問の色が多かれ少なかれ浮かんでいた。
全く浮かんでいないのはシニストラ。彼は考えることを止めている。
あとはソルプレーサとグライオ。この二人は理由を知っている。
「処女神の巫女が長期的に占い、軍事行動をするのに適しているとした日だからだ。もちろん、この日付の中でどこが最良かはこれからディファ・マルティーマにある神殿で占ってもらうことになる。が、皆は最初の候補日に出られるように急いで準備を進めてくれ」




