戦前会議
半島北方では平野でも雪がちらつくのではないかと言う季節。
いつもよりも険しい顔つきの高官たちが一堂に会していた。
他の場所より高い温度と高い湿度。それから少々の汗臭さ。しかしながら不快では無い。戦場ではもっと環境が悪くなる。むしろ、これより良い環境と言うのが珍しい。
とは言え、妻と幼子も一緒に生活していた家に比べると嫌な環境であることには違いないのである。
「さて。ついにメガロバシラスが動き出したわけだが、当然、迎撃をするのが我らの仕事になる」
そんな中で、アルモニアがまとめた報告の発表を終えるとエスピラはそう切り出した。
「エリポスにも当然雪は降ります。此処は、ひと冬待つべきでしょう」
真っ先に意見を出したのはロンドヴィーゴ。
間違っていない。当然の選択だ。
「エスピラ様はお分かりになられるか分かりませんが、言語の壁は大きなストレスです。その上、冬ならば食糧の確保も難しい。しかも知らない土地だ。今行くべきではないと愚考致します」
元老院からのお目付け役であるピエトロも落ち着いた目で続く。
「ピエトロ様はお分かりになられるか分かりませんがそれはメガロバシラスを増長させる行い。オリュンドロス島の成果を全て捨てる行いです。今行くべきでしょう」
イフェメラが少し小ばかにした物言いから入った。
ピエトロの目がイフェメラに向かう。
「戦争は戦うことだけでは無い。兵を養い、大量に出るゴミや消費する食糧などの問題を上手く現地の者と折り合いをつけて解決しなければならないのだ。イフェメラ様には、まだ早かったかな?」
と、ピエトロ。
「ピエトロ様がそんなことを知っているとは思いませんでした。何せ、エスピラ様が言った意図を理解していない人でしたので。軍団を動かすことの何たるかを知らないものだとばかり」
「ピエトロ。イフェメラ」
二人が次の言葉を発する前にエスピラは硬質な声を出した。
それから、二人を睨む。
「言葉が過ぎるぞ。敵はハフモニ。そしてメガロバシラス及びかの国らの協力国。仲間割れは敵に利する行為であり、利敵行為は処罰の対象だ」
「失礼いたしました」
最初に謝ったのはイフェメラ。
ピエトロは口を噤み体の向きを戻すことで反省の意を伝えてくる。されど、シニストラはそんなピエトロを睨みつけていた。
「存分に思うところを言うと良い。時間がある時しかできないからな」
エスピラはシニストラを右手を挙げて制しながらゆるりと告げた。
「私は、イフェメラが言う通りエリポスに上陸し、メガロバシラスと一戦を交えるべきだと思います」
発言したのはエスピラの義弟ジュラメント。
父であるロンドヴィーゴが少し眉を動かしてジュラメントを見た。
「今は亡きイルアッティモ様が言っておりましたが、ディティキはトラペザ、アントンと言う二つの城塞都市と連携するからこそエリポス西岸の楔として機能します。確かにディティキの城壁は硬いですが、両脇を固めるトラペザとアントンはさほど硬くありません。この二つを奪われれば、流石のアレッシア海軍でもディティキ上陸に無傷で成功するとはいかないでしょう。ならば、全軍を無事に上陸させられる今向かうべきでしょう」
父に対する動揺からか、ジュラメントがエスピラに視線を固定して言った。
「一万八千人分の食糧とさらに食糧輸送部隊の食糧、水夫の食糧、冬を越せるだけの住居。これらに当てが無ければ結局は無傷で上陸できなかったことと同じことのように思えるのですが、如何でしょうか」
反論したのはルカッチャーノ・タルキウス。
「ディティキ、トラペザ、アントン。この三つの都市を無傷で守れたのであれば食糧は十分にあると思います。住居も、その昔ルキウス・セルクラウス様が上陸した時に築いた防御陣地も改造すれば十分にあるかと」
ジュラメントが返す。だが、自分自身で弱い反論だとは理解しているようであり、表情に自信は無かった。
「理想論に基づきすぎている。それでは、もしどこかでも落ちれば全てが瓦解する話ではありませんか?」
そして、そこをルカッチャーノがしっかりと突いた。
ジュラメントが口を閉じてしまう。
「元々エリポスは穀物がたくさん採れる土地じゃない。そんなとこに居座ろうと言うのだから既に食糧補給は確立されていると見るべきだ。それに、訓練と称して村々の守りを固めたのはこのため。大事なのは、此処からエリポス圏に食糧を無事に輸送すること。
だからディティキだけでなくトラペザとアントンが必要で、海賊が邪魔だから先に釘を差した。住居に関しても冬を見越してディファ・マルティーマ内での修復や奴隷から建築術を教わってきた。エスピラ様の行動を見れば十分に冬季の決戦を見越していたと分かるはずだ。分からない者のために疑問があれば聞きに来いと言っていたはずだ。
それを徹底していた者が口を噤み、していなかった者がわめきたてているだけじゃないのか?」
「イフェメラ」
エスピラは溜息交じりにまた注意を飛ばした。
「すみません」
イフェメラがノータイムで謝ってくる。
「冬に決戦をすると言うのは正気ですか?」
ロンドヴィーゴが会話に入ってきた。
「正気ですよ」
エスピラはやわらかな笑みと共にロンドヴィーゴに返す。
「何故?」
「貴方が何故と思うから」
意味が分からない、とロンドヴィーゴの眉間に皺が寄った。
「カルド島での私の戦いを、ロンドヴィーゴ様は非常に評価してくれたと聞いております」
エスピラはやわらかな表情に違わぬ声で切り出した。
ロンドヴィーゴは疑問の貼り付いた表情のまま肯定の意を示してくる。
「そこでの私の戦い方は、端的に言えば主導権をこちらから握るもの。常に戦場の決定権は私が握り、パンテレーアの海戦では奇襲のような形で襲撃いたしました。
他にも副官についていた頃には高速機動を実現しタイリー様を北方に送り出したこともあります。指揮権が私にあったわけではありませんが、同じく副官を務めていた二年前でも私の居た軍団が会戦に臨んだのはこちらから仕掛けた結果。不意を突いた形。
決して、敵の戦場にわざわざ乗っかるような真似はしませんでした」
「そうだ。それを考えるなら、今回はどこに上陸しても相手が待ち構えている可能性のある不利な戦いです。冬に行くべきではない。何なら、手紙をたくさん送っているカナロイア辺りから上陸しても良いとは思いませんか?」
ロンドヴィーゴの言葉に、エスピラは首を横に動かした。
「いいえ。冬である。相手の選んだ戦場である。陸地からの移動ではないために情報をかく乱させる高速機動は使えない。だから攻めてこない。
その前提がメガロバシラスの王にはあります。東方から海上で攻めてくると言う虚言を信じたメガロバシラスの王が、海戦になりかねない戦いを望むでしょうか?
いえ。望む可能性は限りなく低いでしょう。だから、最も私が攻めてこない状況で、あるいは私の基本戦術に当てはまらない状態での戦いを決断した。同時にそれは油断に繋がる。
私のメガロバシラスへの遊学はメガロバシラスのことを私が知るように私のことをメガロバシラスに知らせる役目も果たしたのです。全ては、この時のために。相手に私の行動、性格を誤認させるために。
通常攻撃も十分に奇襲になり得るでしょう」
ロンドヴィーゴが少し顔を動かした。
「言う通りであるならば、確かに今攻め込むべきかも知れません」
眉間に皺が寄ったまま、ただ口元は少し開いた状態で眼力弱くロンドヴィーゴが言う。
「しかし、三都市のうちどこかが落ちていた場合の兵站の問題が解決したわけではありません」
ルカッチャーノが素早くエスピラに顔を向けた。ピエトロも賛同するような視線をエスピラに送ってきている。
「グライオ。言いたいことがあるなら言って良いんだぞ」
その視線を鷹揚に受け止めてから、エスピラはグライオに視線を投げるように持っていった。
善意悪意様々な視線を受けながら、グライオが口を開く。




