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秘密兵器

 とても丁寧なノック音。大きくも無く小さくも無く。力も程よい。


 それだけで誰が来たのかがエスピラには分かった。


「失礼いたします」


 声と共にシニストラの顔か感情が抜け落ちる。

 自然とか意識的には分からないが、シニストラの手が剣の近くに行き、扉からエスピラへの道を開けた。


 その後にグライオが入ってくる。


 エスピラ、そしてシニストラと見て、小さく目を下げた。

 下げたまま、言葉が紡がれる。


「エスピラ様。スコルピオの再現に成功いたしました」

「本当か!」


 疑っているわけでは無いが、エスピラはついそう口にしてしまった。

 グライオが目を閉じて膝を下げるように頷く。


「はい。エスピラ様の記憶にあった設計図を基に作り上げました。姿かたち組み立て方、それらはタイリー様の被庇護者の方々の記憶とも一致しております。威力のほども鉄の板を巻いた丸太を貫通し、その後ろの丸太にも鉄の板をものともせずに突き刺さりました。記載と証言にあった威力に非常に近いかと」


「よくやった。ファランクスの装甲も破れそうか?」

「矢の出来と距離次第では貫通することも夢ではないかと思います」


 良し、とエスピラは心の中で頷いた。


 スコルピオは据え置きの投射機だが初見で警戒をするのは無理だろう。

 時期を選ぶ必要はあるが、上手くはまれば一気エリポス圏の戦意を削ぐことが出来る、最高の対人兵器だ。


 ただし、機動性に欠け、殺傷能力を有効に扱うには矢の消費も激しく、軌道の計算もこれから。まだまだ実戦段階に持っていけるかは微妙なところではある。


「それと、ハフモニの捕虜や実際に戦った者の証言から作成した投石機ですが、距離も威力も未だにマールバラのそれには及ばず、まだ使用の目途は立っておりません」


 こちらは手投げの投石機。それでも本家は二百メートルは飛ばしてくる、異常な射程を持つ兵種だ。


「実戦で使いたいのはそちらだが、まあ、別に構わないよ。そちらは誰かが物にするだろう。あるいは、マルテレスが既に捕虜としているかも知れないしな」


 それなら報告がありそうなので、恐らくは捕虜にはできていないのだが。


「それに、大事なのはスコルピオの使用実績だ。今後はそちらに労力の多くを割いてくれ」

「かしこまりました」


 グライオが慇懃に頭を下げる。

 視界の端では非常に不服そうな顔で、それでもと恥を忍ぶかのようにシニストラがゆっくりと口を動かし始めた。


「何故、スコルピオの方が重要なのでしょうか」


 地位としては同じ者として、グライオが分かっていることを自分が知らないままであることが嫌なのだろう。


「タイリー様の後継者争いはまだ終わっていない、と言うことだ」

「タヴォラド様では無いのですか?」


「私もそうだと思っているが、アレッシアを立て直すためにタヴォラド様は自分を犠牲にされた。いや、これ自体は素晴らしいことだと思っている。セルクラウスを絶対に守らねばと私も思うほどにね。


 だが、私が欲している多少のことでは家が傾かないウェラテヌスと言うのは、やはりタイリー様の基盤があってこそ成し遂げられること。


 神殿関係は全て私が継承できたと言って良い。ここで、技術者も手に入れることが出来たタヴォラド様だけではなく私がタイリー様が開発した兵器を使えればどうなる? 血の繋がりこそないから私の継承順位が低かっただけで、その知識は私も継承していたとも見えるだろう?


 タイリー様は永世元老院議員にはならず、最高神祇官の地位だけは保持し続けた。

 神殿勢力との繋がりを最も継承しつつ、軍事的にも私が継承していることがあれば?

 それは、タヴォラド様を嫌う勢力にとっても民の感情を考えて動きたい者達にとっても私を推す良い理由になるだろう?」


「そういうものでしょうか?」

 シニストラが首を傾げた。


「まあ、そうは上手く行かないよ。色気を出し過ぎればタヴォラド様に睨まれる。あくまでも手札の一つとして加えたいと言う話だ。それに、投石部隊は強力だが攻城は出来ないしエリポスの重装歩兵に対してどこまで有効かは分からない。重装歩兵を叩かねばエリポスは負けを認めない。そのために必要なのは機動力の高い武器よりも設置型でも攻城兵器に足りうる武器だ」


「密集陣形は高速機動が不可能なのが欠点なのでは?」


 シニストラの言葉にエスピラは行動で肯定を示す。

 されど、反対意見ももちろんあるのだ。


「だからこそ相手も警戒していると言える。それに、きちんとこちらを研究している相手ならば私の訓練内容とカルド島での機動から速度を以って勝とうとしていると想像するはずだ。その思い込みを利用する手段があれば、こちらはより有利にことを運べるだろう?」


 現に、タイリー・セルクラウスが弟のルキウス・セルクラウスがディティキとの戦いに行った時に技術の提供は一切していなかった。エリポスに橋頭保を築き上げる大事な戦いであるにも関わらず、である。


 これは、つまりは相手に手の内を悟らせないための戦略の一つだったのではないかとエスピラは思っている。カルド島はあくまでも足場づくり。その後に攻め込む予定のハフモニではフラシ騎兵やプラントゥムの騎兵が居ることが予想されるため、機動力に欠ける設置型の兵器は使いにくい。


 だからこそ、ドーリスの傭兵が居たとしてもスコルピオ等は使わず、その後にあるエリポス圏への攻撃まで詳しいことは隠しておくつもりだった。そう考えることもできる。


「まあ、使えるかどうかは矢の完成とある程度の量産化、そしてディティキなどでも矢を復元できるのかと違った場合でも弾道計算を上手くできるのか、と言うところもクリアしないといけないけどな。シニストラの言うとおり、基本はキドウを以って相手を潰す。そう考えていてもらって良いとも」


 言いながら、エスピラはちらりとグライオの様子を窺った。


 グライオはシニストラに嫌われているのを重々承知しているからか、何も言わずただただ待つことに決めているようである。


「引き留めてしまってすまなかったな、グライオ。できれば、あとひと月か二月ほどで実戦レベルまで仕上げてくれ」


「かしこまりました」

 しかし、すぐにはグライオの顔が上がらない。


 エスピラはシニストラが何かを言う様子が無いのを視界の端で確認してからグライオに視線を戻した。


「エスピラ様。一部の兵の間に不満も溜まっております」


 グライオが言いにくそうに切り出した。


「何の?」


 威圧しないように気を付けてエスピラは声を出す。


「出陣が遅いことに関する話がほとんどです。ずっと訓練を続けるばかりで出陣の気配がない。そのことに関して、やはりマルテレス様の活躍もあり不満が出ております」


 ディファ・マルティーマに入ってから五か月。エスピラが軍団の軍事命令権を保有してからならば七か月。


 その間、海軍やソルプレーサが集めた軍団が動くことがあっても他に動きは無い。シニストラが大活躍をし、その名を轟かせても他の軍団は走ってばかり。


 そう思うのもまあ無理はない。予想通りではある。


 だが。


「そう言ったことは聞きに来いと言っているのだがな」


 エスピラは溜息を吐くと、目を外に逃がした。


 アルモニア、グライオ、シニストラ、ソルプレーサ、イフェメラ。


 その辺りのエスピラと元々親しかった者は良く来ている。


 ジュラメント、カウヴァッロと言った本来ならばまだまだ就けないような役職に就いている者もそれなりに来る。


 ルカッチャーノ・タルキウスやヴィンド・ニベヌレスと言った親や祖父にエスピラの話を聞いていた者も、家に報告するためかもしれないが顔はよく見る。


 失敗の許されないジャンパオロ・ナレティクスは質問こそしないが間違わないようにか人の居ない時を見計らって良く来ている。


 エスピラの被庇護者は言わずもがな、カリトンと言った騎兵隊長も訓練の打ち合わせもあって話は良くしている。ネーレはさほど裕福な家庭では無いのにも関わらず平民でありながら元老院によって軍団長補佐に推薦されるだけあってエスピラの意図をよく理解してくれていた。だからこそ、ネーレが百人隊長やそれ以下の平に至るまでエスピラの下に連れてきてくれてもいる。


 そうなると、自ずと不満がどこの眼下で巻き起こっているのかは絞ることが出来た。


「ロンドヴィーゴは不可能だが、ピエトロの首は来年中に挿げ替えるとしようか」


 そして、エスピラは冷たく言い放った。


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