所信表明
(カリヨが何か吹き込んだか?)
エスピラの目の前では結構従順だった義弟が、此処まで言うということは。
「カナロイアとマフソレイオ。この二つの海洋国家が黙ってはいないさ。力のバランスを取るためにも、蛮族の侵略を防ぐためにもアフロポリネイオも海賊を容認した国家に非難声明を出すだろうな」
アフロポリネイオはマフソレイオと関係が深いこともあって動きは早い可能性がある。
「しかし、海賊退治に邁進しては肝心のメガロバシラスと戦っている場合では無くなります」
「戦う必要は無い」
あっさりと言ったエスピラの言葉に、ピエトロを始めとする元老院に近い者達から懐疑的な雰囲気がぶつけられてきた。
エスピラは意図的にその空気を無視する。
「我らの目標は何だ? メガロバシラスの動きを封じることだ。海賊退治に各国家が動き出せばどうなる? メガロバシラスの技術では海を使えない。それどころか、海を越えるよりも美味しい場所が南に広がることになる。落としやすく、守りやすい土地が。そこを無視してアレッシアを攻めようなど、やってしまえば国内の反対意見も出やすい。こちらも扇動しやすくなる。これはこれで、目的を達したことになるだろう?」
頷きつつも、と言うのが現状か。
予想通りではあったため、エスピラは顔色を変えはしない。
「グライオ。正面切ってメガロバシラスと戦うためにはどうすれば良い?」
「エリポスの南部を周り、東方から海で攻める部隊と上陸してから北上する部隊、そしてディティキから攻め上がる部隊を用いて相手に戦場を選ばせないことが肝心かと思います」
無茶ぶりに、エスピラが望む形で返答してくれた。
「兵数は足りるか?」
「足りません」
これも完璧。
エスピラは満足しつつも、それが表情に現れないように気を付けた。
「グライオの言う通りだ。
今は国家存亡の危機。半島外に出る我らに兵数は与えられず、支援は受けられず、しかも軍団も最弱と言っても良いだろう。
だからこそ、既存の方法は使えない。伝統的な方法は使えない。使えない以上は此処に居る者のように私の作戦を評価しない。だが、私は君たちを評価しよう。その証拠に、この軍団は若い。私もそうだが、イフェメラ、ジュラメント、カウヴァッロ、シニストラなど明らかに普段のアレッシアならばまだ就けない役職に就いている者が居る。
グライオやジャンパオロのように家門の問題で普通ならまだ官位を貰えない者も居る。
だが、私は彼らを受け入れた。役職を与えた。
何故か。私が君たちを評価しているからだ。
もちろん、他の者を評価していないと言うことでは無い。私は知らないのだ。知らないから、能力があっても役職に就いていない者も居ればさらに上に成れる力があるのにとどまっている者も居る。
だから、どんどん私に意見を言ってくれ。良い人物を推薦してくれ。
私はそれに報いよう。
何度も言うがこの軍団は最弱なのだ。その上、徴兵地も異なって分裂もしている。状態で言えば最悪だろう。加えて、此処にはウェラテヌスと確執のあるベロルスの者や、最大の裏切り者であるナレティクスの一門の者も居る。彼らを憎む建国五門の者も居る。
だが、そんな上層部がまとまる姿勢を見せれば、どうすれば互いを認め合い、協力できるのかを理解し、実行することが出来れば必ずや軍団を纏めることもできるはずだ」
朗々と響く声で述べた。
エスピラの自慢の声である。
「君たちに求められているのは常のアレッシアの軍団では無い。もっと柔軟性の高い、個々の判断も大事になってくる異質な軍団となることだ。
そのためには意思の疎通が必要になってくる。作戦行動の最終目標を全員が理解しておく必要がある。そのために、今回のように分からないことはすぐにでも聞いてくれ。ジュラメントのように反対意見があれば言ってくれ。互いに、どうしてそう思い、どうしてその行動が必要であり、何を達成しなければならないのかを共有しよう。
もちろん、強制はしない。だが、この軍団を最弱にしてしまっているのは圧倒的な経験の無さだ。実戦を経験しなければこればかりはどうしようもないが、少しでも埋めることが出来る。いや、私は私自身の経験の無さを埋めたいのだ。そのために、多様な意見が知りたい。どう思うのかが知りたい。新しい考え、自分が持ち得ていない考えが知りたい。
それに協力してくれ。そのための会議であることも理解して欲しい。
私の居室近くのスペースは常に解放しておこう。そこで会話を重ねる。
これが、最初に言ったこの軍団の方針だ。
若い、経験が無い、最弱である。
大いに結構。
これからの伸びしろがあり、様々な場面に対処できる。情報を吸収できる。良い軍団では無いか。何度も虚仮下ろして悪かったが、私は私にとって最良の軍団を持つことが出来たと思っている。アレッシアの神々と父祖に誓って、この言葉に嘘偽りはない。
私が副官としてカルド島で共に戦った軍団の方が会戦には強いだろう。しかし、だ。メガロバシラスの動きを封じる意味では、その軍団より今ここにいる君たちの方が適している。
共に、あの国を軍事的先進国から引きずり降ろしてやろうじゃないか」
そう言って、エスピラは締めた。
真っ先に反応したのはシニストラ。力強く頷いてくる。
次はソルプレーサ。「私たちが経験を得るためにエスピラ様に倣って百人隊長たちにも話を聞き行くこともまた距離を縮めると言うことに繋がりますから」とエスピラの言葉を補足してくれた。
イフェメラはその通りだと言って、ジュラメントも何となく頷いたようだ。
他の者も最後の言葉には賛同してくれたり、鼻息を荒くしたり。
もちろん完全に納得のいっていない者も居るが、ある程度は感情を共有してくれたらしい。
特に益の多い若い者達は一気にエスピラの方へ心が傾いたのが良く見える。
(後は彼らに先輩方をたたせればある程度は纏まるか)
そんな算段をしつつ、エスピラは右手を差し出すように手のひらを出した。
「我らのやることはただ一つ。アレッシアに。栄光を」
アルモニアとロンドヴィーゴが重ねるように手を伸ばしてきてくれた。
「祖国に永遠の繁栄を」
皆の声に、エスピラは力強く頷いた。




