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法務官エスピラ・ウェラテヌス

 行っちゃヤダと泣きわめく次男クイリッタと、訳も分からずに泣き始めた三男リングアを乳母に預け、泣かないものの中々ペリースを放そうとしなかった長女ユリアンナの指を解き、聞き分けの良い長男マシディリに後事を託してアレッシアを出発したのは三番目の月の七日。予定通りの出立であった。


 そのまま整備された街道を進み、途中、サンタリアから五十キロと離れていないところも通る。しかし、訓練の成果もあって整然と並んだ軍団が山賊などに攻撃を仕掛けられることは無く。物も持てないほどだった左手の痛みが動かせば痛いとなる頃にディファ・マルティーマに到着したのだった。


「お久しぶりです」


 ジュラメントの父にしてディファ・マルティーマ招集軍の指導・統括に当たっていたロンドヴィーゴ・ティバリウスにエスピラは先に声を掛けた。


 エスピラの倍近く年上のロンドヴィーゴが膝を曲げて頭を下げる。


「お待ちしておりました、エスピラ様」


 その態度で、完全に誰が上位者なのかは一目で分かっただろう。


 そのことを確認しながら、エスピラは入る前に降りた馬に再び乗った。


 一つは自分の顔を覚えてもらうためだ。片側を隠すペリースに左手を隠す革手袋。これだけでアレッシア人ではエスピラだと分かるが、顔は知られていない。


 もう一つは兵の士気を上げるためでもある。歓声を浴び、守るべき人を意識させる。若い兵が多いのだ。実感がわいていないことも多いが、此処でそれを補う目的がある。


 そして、エスピラが次に行ったことは百人隊長以上に対する臨時給金の配布だ。もちろん、国からお金が出るわけが無い。ウェラテヌスの私財だ。つまり、借金。


 ただ、何も短絡的な兵たちからの人気取りの金では無い。ディファ・マルティーマの市民と兵団を結びつけるためのお金だ。狼藉を働かないとは思っているが、念には念を入れて遊べるお金を渡す。そのお金を兵はディファ・マルティーマに落とす。渡す際に少しばかりの注意を述べてくれぐれも態度に気を付けてもらいつつ、街に益をもたらす作戦だ。


 臨時給金を渡す際は注意だけでなく、今回の行軍は実戦の一つだったことを褒めるのも忘れずに。


 よくやった、と。

 精神的な疲れが段違いな中、訓練通りの行軍隊形と防御陣地の作成に当たれたな、と。


 訓練は厳しく。実戦よりも厳しく。


 とは、中々うまくはいかないが。

 少なくとも、訓練が自信になるようにエスピラは気を付けて言葉を掛け、伝えていってもらった。


 百人隊長以上はディファ・マルティーマの民会の長達の居室で一人一人に声を掛けて。


 最後に高官を集めて顔合わせを行う運びになったのは陽が暮れ始めてからであった。


 とは言え、昼前に入場したことを考えればこれは早かったと言える。それを可能にしたのは、エスピラがウェラテヌスの奴隷を多く連れてきていたから、と言うのも要因の一つだ。


 建設を学ばせた者、攻城兵器の扱いを学んでいる者、武具の整備を学んでいる者。

 様々な者が別の用途で来ているが、これはこれ。


 ウェラテヌスの私財、もといオピーマから借りている財を配る準備にはウェラテヌスの者として駆り出したのである。


「お疲れ様です。高官は全て集まっております」


 最後にもう一度革手袋の紐を締めながら、エスピラは顔を上げた。


「会えてうれしいよ、ソルプレーサ」

「そう言っていただけるのであれば嬉しい限り。いえ、もしや家族に会えない寂しさを久方ぶりに私やシニストラ様に会う形にして紛らわせようとしていましたか?」


「家族の代わりは誰もできない。が、家族に君たちの代わりもできないさ」

「相変わらず口と声がお上手なことで」


 ソルプレーサが笑って、エスピラの後ろについた。

 首を二度動かし、エスピラは奴隷に扉を開けるように声を掛ける。

 奴隷が頷いて返事をし、扉を開けた。


 居並ぶは軍団長補佐以上の立場の者達。エスピラが立つ予定のところの右にはアルモニア。その反対側はロンドヴィーゴ。後は両横に並んで行っている。


 机を左から迂回する形でエスピラは肩で風を切りながら颯爽と進んだ。他の者は微動だにしていない。エスピラはその中を進み、自身の位置に立つと全員を一度見回した。


 一拍置いて、口を開く。


「法務官、エスピラ・ウェラテヌスだ。此処に居る者の中で私の顔と名前が一致しない者はいないだろうから、詳しい話はあとにする。


 だが、先に今日すぐに集まってもらった理由を言っておこう。


 最初にこの部屋に居る者はこの部屋に居る者の顔と名前を覚えてもらうため。そして、この軍団の方針を知ってもらうためだ。

 では、まずは自己紹介からしてもらう。役職と名前だけで良い」


 言い終わると、エスピラは席に着いた。

 アルモニア以外の者も席に着く。


 一番初めに名乗ったのは副官であるアルモニア・インフィアネ。


 次いでディファ・マルティーマ側の軍団長ロンドヴィーゴ・ティバリウス。最高齢。

 同じく軍団長ソルプレーサ・ラビヌリ。エスピラの被庇護者。


 騎兵隊長カリトン・ネルウス。貴族。財務官経験者。

 騎兵副隊長カウヴァッロ・グンクエス。エスピラの推薦。


 軍団長補佐筆頭シニストラ・アルグレヒト。メルアの縁者。

 軍団長補佐筆頭グライオ・ベロルス。エスピラが最もかっている者。


 軍団長補佐イフェメラ・イロリウス。将来有望な若者。

 ジュラメント・ティバリウス。義弟。

 ルカッチャーノ・タルキウス。スーペル・タルキウスの息子。

 ヴィンド・ニベヌレス。メントレー・ニベヌレスの孫。

 ピエトロ・トルネルス。元老院からのお目付け役込み。

 フィエロ・エヌマエーレ。ディファ・マルティーマの者。


 ネーレ・ナザイタレ。主に軽装歩兵の指揮役。

 ジャンパオロ・ナレティクス。裏切り者ナレティクスの中で北方の都市テュッレニアに居た分家の者。財のほとんどが没収されたため、主に軽装歩兵の指揮に。


 以上の十六名が高官である。平均年齢は三十一.四四歳。エスピラの推薦した者達に限れば二十六.六七歳。エスピラはこの時二十七歳。


 軍団としての最高齢はロンドヴィーゴの五十四歳で最年少はイフェメラとジュラメントの二十一歳。かなり若い軍団だ。


 全員の紹介が終わってから、エスピラは再び立ち上がる。


「さて、早速だがシニストラ。海軍の調練は済んだか?」

「はい。漕ぎ手は元からいましたので出陣準備は完了しております」


 兵の調練は完壁とは言い難い、と言う報告は知っている。既にシニストラとは話し合っているのだ。


「ならばすぐにオリュンドロス島に出陣する」


 部屋の空気が変わった。


 ある者は目を大きくし、ある者は避難の視線を下にやり、ある者は若輩者と諦める。

 肯定的な雰囲気もあるが、戸惑っている者も多い。


 エスピラはそんな雰囲気を見ながら口元を上げ。ますます訝しがる空気が仮面の下に満ちる。


「意図が理解できたか? イフェメラ」


 意識の多くが最年少に向かう。


「マルハイマナの動きをけん制する、と言うことですか?」


 その空気の中、堂々とイフェメラが言った。


「それもある」


 エスピラも悠々と返す。

 イフェメラがすぐに口を動かした。


「オリュンドロス島はメガロバシラスの食糧貯蔵地にも近く、刺激しかねない以上はマルハイマナも軍団を動かせません。居るのは現地部族。簡単に踏みつぶし、軍団の士気を上げるのと、戦闘経験を積ませて自信を着けさせるのが目的。と言うことですか?」


「ああ」

 エスピラは肯定した。


 その上でイフェメラから視線を外す。


「他にもこの軍団の特性が関係している。

 今の軍団はアレッシアから連れて来た一万と此処で集められた三千、同盟都市の二千、海軍用の訓練を積んでいた四千とバラバラの状態だ。これらをまとめ上げ、一個の軍団として固めるには時間がかかる。


 その間、敵が待つか?


 否だ。


 そのため、纏まっている集団でまずは動く。その上で敵に準備ができていると誤認させる。それが目的だ」


 はい、と言ってはいないが言っているような雰囲気でジュラメントが手を挙げた。

 エスピラはジュラメントに目を向ける。ジュラメントが立ち上がった。


「オリュンドロス島は海賊の根拠地でもあります。下手に攻撃すると海賊たちがアレッシアの敵となり暴れまわるのではありませんか?」


 それは避けるべきだ、止めるべきだと言う論調である。


「その通りだな。だが、我々は何と言ってディティキを滅ぼした?」


 ジュラメントの言葉が止まる。


「海賊行為を取り締まらない国に、まともな法を作ってやるため、だ。海賊たちが暴れまわる? ならば隣国は何をしている? 容認しているのか? ならばアレッシアがそこを攻め滅ぼしても問題は無い。少なくとも、そう考えていると思う国は多くなる。それだけアレッシアがディティキをあっという間に奪ったことには意義があった」


「しかし、マルハイマナは大国です」


「マフソレイオも大国だ。しかも変に軍を動かせばメガロバシラスも怪しんでくる。簡単に取れるのであれば海を越えるアレッシアではなく陸でも繋がっているマルハイマナの方が攻め込みやすく守りやすい。加えて、今から五番目の月六番目の月と暑い盛りに突入するのだ。その時に大軍を不毛の地に進めるのはリスクが高すぎる」


「だからこそ、海賊を支援するのでは?」

 とジュラメントが食いついてきた。


 一応父の前であるし、情けない姿を見せたくない、と言う思いもあるのかもしれない。


「支援されたところで、海賊たちも遠くの準備万端に武装している国家よりも近くの商船を襲う方が良い。報復も無いしな。マルハイマナに忠実な者達では無いんだよ」


「では、もしエリポス諸都市が海賊の根拠地を提供したら、どうします?」


 ジュラメントがまだ必死に言葉を紡いできた。


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