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少しばかりの緊張感を孕み続けていて

「あるいは片方の騎兵に必ず精鋭を当て続ける、とかな。言語の違いもあるんだ。歪は大きくなりやすい。少しでもマールバラの心労を増やせばマールバラの軍団はどんどん力を失っていく。奴の天才性は兵種の多様性があって最大の威力を発揮する、と言うことだ」


 そう、エスピラは返す。


「徹底した部位破壊か」

「混成軍の弱みだな。様々な兵種が様々な兵種の欠点を補えるが、補充はききづらい。言語も違えば纏まるのも一苦労。負けても割れ、大勝を続けると驕って分裂する」


「攻略するなら、フラシ騎兵か」

「だろうな」


 エスピラは、マルテレスが一部の者に盾を持った、まさに立派な歩兵とも呼べる装備で乗馬訓練をさせてきたのを知っている。

 彼らならまだフラシ騎兵に近づけるだろう。


 もちろん、損害が出ればアレッシア側もかなり痛いが。


「ただ、フラシ騎兵は精強だ。最強の呼び声高い騎兵だ。一筋縄ではいかないと思うが?」


 どうする? と、自身で答えの出ていない問いをエスピラはマルテレスに投げた。


「関係無いな、やらなきゃアレッシアが潰れる。なら、やるしかない。エスピラだってそうだろ? あんな、訓練で差が出るような軍団でメガロバシラスを抑えるんだ。普通は弱音が出るところだが、それでもやるしかない。

 それに、俺が歴代の軍事命令権保有者よりも恵まれている所はこっちにも戦場の選択権が移ってきたとこだな。これまでは時期とか程度だったが、マールバラにも守るべきところができたことでこっちが場所まで指名できるようにもなった。この差はでかい」


 マルテレスも、既にいくつかの地点を絞り出しているのだろう。


 簡単に乗ってくるとは思えないから、次点や最低でも、と言う地形も含めて。


「そうだな。幸いなことに未だにハフモニ本国とマールバラは連携が不十分のようだし、十分にアレッシアに勝機はある」


 マルテレスがいたずらっ子な笑みを浮かべた。


「ちなみに、だ。エスピラがハフモニ本国の側に居たら、どういう戦略を取っていた?」


 声は少し落として、それでもウキウキで。


「二個軍団以上を半島に上陸させ、一個にアグリコーラ近辺を守らせつつ、もう一つでかく乱。カルド島は最低限の守りだけにして、攻城兵器の運搬を進める。


 別に、ハフモニはカルド島を完全に抑える必要は無い。エクラートンの代替わりに合わせて動けば良いだけだ。それまではゆっくりと半島に圧をかけ、アレッシアの動きを抑制する。


 まあ、エクラートンの代替わりが近いとか、実はプラントゥムでペッレグリーノ様相手に大敗を喫して兵力が足りないとか、私が知り得ていない情報もあるだろうから今のハフモニの行動が間違っているのかは分からないけどな」


「少なくとも支援物資は間違っていたと」

「まあな」


 マールバラが一年後に馬をくれと言っても、文官は「やっただろう?」と拒否する可能性もある。


 そんなところで足の引っ張り合いをしているような国ならば、先のアレッシアとどっこいどっこいだろう。むしろアレッシアよりも酷いまである。


「で、マルテレスはどうマールバラと相対する気だ?」


 エスピラの質問に、にやりとマルテレスが口角を上げて顔を近づけて来た。


「実際にどうなるかは向こう次第だが、まずは防衛戦から入る。アレッシアとハフモニで揺れている街が良い。そこに入り、その街の人の目の前でマールバラを叩く。投石兵は城壁でやり過ごせ、騎兵も積極的に前には出てこれない。だが、落ちそうな町で街道を抑えているようなところなら落としに来ないわけには行かない。必ず戦いになるって訳だ」


「なるほど」

 となると、とエスピラの頭の中で幾つかの候補地が浮かんだ。


 クルメニョン、サンタリア、コワッベ。いずれも城壁はあるが大きな都市では無い。そして、揺れている。街道の近くにある。


 自分がマールバラの立場でも、アグリコーラの守りを固めるために押さえておきたい都市だ。


 逆にアレッシアがここを堅持できれば、アグリコーラ攻略が捗ることになる。


「良い報告を待っているよ」

「エスピラがエリポスに渡る前に聞かせてやるさ」


 落ち着かない様子で歩き回っていた時とは随分と違って、自信に満ちた声であった。


 エスピラも楽しみだ、と言う笑みを浮かべて返す。


「とりあえず、エスピラが剥いたんだからエスピラが食べろよな」


 良い所で終わった、と思ったのにマルテレスにブラッドオレンジを一つ押し付けられた。


(革手袋が汚れるから嫌なのだが)


 断り辛く、右手一つでエスピラは苦戦しながら皮を全て剥いた。

 ようやく食べようかと言う頃に扉がノックされる。


「少し待って」


 とマルテレスが叫び、食べろ、と目で訴えてきた。


 感謝するべきなのかもっと先に手伝えと言うべきなのか。その複雑な感情を全て視線に籠めてぶつけると、エスピラはブラッドオレンジを口に運んだ。柑橘系の爽やかな香りと甘みが鼻から抜けていく。


「どうぞ」


 それから、マルテレスが扉の向こうに声を掛けた。入ってきたのは処女神の巫女。凄腕の占い師。シジェロ・トリアヌス。

 彼女の後ろに彼女より若い巫女が二人。


「サジェッツァ様が到着なさりましたので、儀を始めたいと思います」


 エスピラに目を合わせず、下を向いたままシジェロが言った。

 エスピラも何も応えず立ち上がる。マルテレスは「よろしく」と言って立ち上がった。


 二人して巫女の後を続く。向かった先は神殿の奥。大きな火が、処女神の現身が安置されている場所。


 そこで、加護と必勝祈願、邪気の祓いを行う。


 両執政官に続いてエスピラが居るのは、昨年処女神の巫女を守ったことと最高神祇官の代わりのような意味合いが強い。


 そして、祈り終わるとゆっくりと離れ、解散の運びとなった。


 時間にしては一時間もかかっていない。出陣の日取りを決めるのも、結局は最高軍事司令官であるサジェッツァの意向も反映される。


 エスピラとマルテレスは待ち時間の方が長いかも知れないという有様であった。


「拍子抜けだな」


 再び神殿の待合室に戻ったところでマルテレスが言った。

 簡単に荷物をまとめ、剣を腰に戻している。


「儀式的な側面が強いからな。余程のことが無い限り私たちから何かすることは無い。それこそ特別な神の意思などが見えれば話は別だけどな」

「特別な神の意思ねえ」


 裏切った奴らは神への祈りをどうするんだろうな、と言いながらマルテレスが扉を開けた。マルテレスの動きが止まる。それからエスピラに視線がやってきた。厄介な客、と言うところだろうか。


 エスピラは同じく視線で訓練に戻って大丈夫だと伝えた。本当に? と目で訴えてきつつ、マルテレスが部屋から去っていく。


 部屋に入ってきたのは、シジェロ・トリアヌス。


「どうした」


 それ以上近づくなと言う意思と何も気にしていないと言う相反する意思を言葉にねじ込んでエスピラは言った。


「遅くなってしまいましたが、この度は法務官への任官、誠におめでとうございます」


 顔は下に向いたまま。目を合わせずにシジェロが言う。


「支えてくれた皆のおかげだ」


 頭部しか見せてこないシジェロに、エスピラは緩やかに返した。


「それもこれもエスピラ様の日頃の行いあってのもの。先に祈願を行った巫女の中にはエスピラ様に命を助けられた者もおります」


 恐らくは控室に呼びに来た者が姦通の疑いをかけられて処刑されかけた者だろうとはエスピラも予想がついている。


「神祇官としての役目を果たしたに過ぎないよ。最高神祇官がするべきことをしなかったからしたまで。タイリー様ならば、最初から処刑などと言う話が出ても実行準備までは進ませなかったさ」


 見せしめとしての話は出させても。

 きっと、巫女を害することはしなかったはずだ。


「それでも、救っていただいたことに変わりはありません。巫女を代表して、私から感謝を再度伝えさせていただきます」


「どうも」


「感謝の印として、一つ、処女神の巫女らしいものをエスピラ様にお渡ししたいと思っております」


 シジェロがゆっくりと立ち上がり、奴隷を呼ぶような動きを見せた。


 シジェロが奴隷からパピルス紙で補強されている羊皮紙の束を受け取り、エスピラの前に持ってくる。


「勝手ながら、エスピラ様の今後三年の吉凶を占わせていただきました。良き日、悪しき日を簡易的に評価しております。全てを詳しく記載することは出来ませんでしたが、もし迷われた際は参考にしていただければ幸いです」


 その紙に書かれていたのは日付。年月日。そこに、一から五までの数字が書かれており、月ごとに丸が付けられた日が一つ、バツのつけられた日が一つ。


 その日の運勢の相対評価と月の中で最良の日、最悪の日だ。


「すべては軍事などアレッシアの軍団に関する話に絞らせていただきました。アレッシアのためにも是非、ご利用ください」


 そう言われれば断るわけにもいかなくなる。


(少し怖い所もあるが)


 それでもシジェロの占いの腕は当代一だ。その彼女が時間をかけて占ってくれたのならば絶対に必要になってくる。必ずや力になる。


「ありがとうございます」


 言って、エスピラは羊皮紙の束を受け取った。


「是非とも、ご武運を。アレッシアに、栄光を」


 シジェロの顔は未だに下がったまま。


「ええ。祖国に永遠の繁栄を」


 言って、エスピラは立ち上がる。


 部屋から出ていく時もシジェロはほとんど顔を上げず、エスピラを見送っていた。


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