ご賢察の通りです
「ありがたいことに息子たちも招待していただけましたので、アレッシア語で呼ぶのは今回ばかりは控えて頂ければ幸いです」
そう、ズィミナソフィア四世に回答して。
次いで、イェステスに目を向ける。
「イェステス様はこのように私が先にズィミナソフィア様に返答するのを許していただけるほど寛容な方ですので問題は無いのですが、他の者からすれば他国の人である私が神の末裔たる貴方様と親しいのは許し難いことでしょう。
付け加えるのであれば、現状では私はマフソレイオの国防能力を下げてマルハイマナを助けているようにも見えてしまっておりますから。例え前女王陛下のお気に入りだったとしてもと思うのも無理はないこと。お気に入りであることを良いことに国に破滅をもたらすことばかりを言っている佞臣と言う称号もまた仕方がありません」
「仕方が無いことではありません」
人の話をきちんと聞いてから、本来なら食い気味になりそうな声を出す辺りはイェステスの育ちの良さだろうか。
「マルハイマナとの国境に於いて軍備を縮小したのは事実です。しかし、そのおかげで浮いたお金があります。先代の両陛下の葬儀を盛大に執り行っても問題無かったのはそのお金のおかげ。アレッシアへの援助を減らせたのもエスピラ様のおかげ。戦乱に揺れる国々の中で連続した代替わりの後でも安定を保てたのは間違いなくエスピラ様の力もあってのことだと、余の周りの者は皆分かっているはずです」
「イェステス様は人が好過ぎます」
エスピラは言いながら、椅子に腰かけた。
「人が好いのはエスピラ様の方です」
イェステスがエスピラの前、ズィミナソフィア四世の近くに座った。
それを見てから、エスピラは口を開く。
「いえ。私は、マルハイマナが明確に攻め込んで来はしないものの、狙う態勢を整えることは分かっておりました」
イェステスの瞳孔が大きくなった。
呆けそうな口を止めており、何とか上唇とした唇が繋がっている。
「驚く話ではありませんよ。マルハイマナからすれば第三国の者が入ってきて締結した条約を破れば第三国とマフソレイオの仲も裂ける上に労力も少なくマフソレイオの土地が手に入る。第三国が力をマフソレイオとの戦いに持ってくるのなら約束を守れば良いだけ。メガロバシラスがわざわざマルハイマナを攻めてくる理由は少ないですから。自分たちが何かを払わないで済む約束なら結んでおいた方が得だっただけですよ」
「しかし、実際に締結した内容は粘土板として」
「兄上。それを盾にしたとして、マフソレイオが実力の行使を避ければメガロバシラスぐらいしかその紙を理由に守ってはくれませんよ。エリポス圏は口がうるさいだけです。もちろん、メガロバシラスも土地欲しさですので、次はマフソレイオに攻め込んでくるでしょう」
ズィミナソフィア四世が細い声を出した。
イェステスがズィミナソフィア四世に顔を向ける。
「もちろん、今後マルハイマナと約束を結ぼうとする国は減るでしょうが、マフソレイオさえ自国に組み込めれば後は武力で何とでもなってしまいますから」
マルハイマナより東方は言わずもがな。
西方もエリポス圏が広がっており、メガロバシラス以外は万の兵の動員はそのまま国家存亡をかけた戦いになる。大同盟でも連立しない限り、周辺国からの侵攻が無いとある程度保証されない限りは単独で攻めてくることは無い。
それこそ、宗教会議のようなところが非難声明を出すだけだろう。
エスピラも、ズィミナソフィア四世の見立てと同じなのだ。
「しかし、それでは」
「ご安心を。そもそも、先に動いた方が開戦の口実を相手に与えるのです。それに、マルハイマナとの国境部は不毛の地。大軍でもって行動するには本国からの補給が必要です。人の駆け込み場所と備蓄食料の移動を壁内に済ませれば容易には行動を起こせないでしょう。その後に不毛地帯を抜けた先で軍備を整えておけばよいかと。
何。人の移動に関しましては普通ならば絶対の権力か信頼が無いと上手く行きませんが、今回に限ればアレッシアを悪者にすれば普段よりも上手く行きます。何せ、アレッシアが持ってきた講和条件を信用していないと言う行動、つまりは臣下の意見を取り入れたに近い動きですから。本来ならそれによって起こる不利益も、私相手ならございません」
イェステスの目が困惑に揺れているように見えた。ズィミナソフィア四世は変わらない。
「国家の領域が広がると言うことはそれだけ守るべき範囲が増えると言うこと。軍に被害を出し、満足な報酬も与えられず、得られた土地は介護が必要な、他の地域の負担を増やす場所。賢明な者ならばそんな地に簡単に踏み込みはしませんよ」
アレッシアの援軍無く、エリポス圏からの横やりが無い。その上でマフソレイオ国内がまとまり切っておらず、大幅に削れるのであれば攻撃してくるだろうが。
「軍団の準備は水面下で、あくまでも、飢饉対策としてまずは国境付近で動けばこちらの行動でマルハイマナが動き出すことは無い、と言うことですね。代替わりから一年。向こうも、機を逸した、と思っているやも知れぬ、と」
「ご賢察の通りです」
イェステスの言葉にエスピラは頷いた。
「加えるならば、「マルハイマナは信用ならぬ」と、「海上封鎖を行い、いつものルートからエリポスに穀物が流れてこなくなる可能性がある」としてアレッシアに行うために用意してくださった支援の一部をアフロポリネイオなどに流すのも十分に良き考えかと。
武力としては味方に成り得ませんが、敵は少ないに越したことはありません。期待できずともいるだけで十分なのです。元はどこに流れる予定だったのかを警戒されれば、アレッシアに行くはずの物資が流れることを私が了承したと言えばエリポスも受け取るでしょう」
イェステスの目が動き、それからエスピラの方へと戻ってきた。
「法務官としてエリポス方面に関する軍事命令権を手に入れているのがエスピラ様のため、エスピラ様が認めていればアレッシアから敵と認定されないから、でしょうか」
「ご賢察の通りです」
エスピラはゆっくりと目を閉じて、軽く頭を下げた。
声は、人を心地よくさせるそれを出して。
「オルニー島を確保したのは、それほどアレッシアにとって穀物の流れを良くしたのでしょうか」
イェステスが声を出す。
僅かに含まれているような疑念や警戒は、マフソレイオがこれまでと同じ支援してもこれまでのように重要視はされなくなるのでは、と言う不安だろうか。
「アグリコーラと言う大都市が裏切りましたから。他にも裏切る都市も多く、彼らに援助をする必要が無くなった、と言うのが大きいのです。取り戻していくうちにまたたくさん必要にはなってきてしまいますがね」
こくり、こくりとイェステスが頷いた。
表情には少しばかり元気が戻ってきている。
「しかし、マルハイマナが条約に従ってくれない、となると、長期的な策も必要になってきてしまいますね」
イェステスの場合は本音に近いだろうが、他の人だとアレッシアはこの責任をどうとるんだ、と言う言葉にもなってくる。
イェステスの言葉にもそこまで強くは無いが「どうするのですか?」程度の意思は籠められているだろう。
「そう言えば、かつてカルド島から奴隷を輸出するとき、邪魔してきた海賊がおりましてね。軍事命令権を手に入れ、船も手に入れたことですから。少しばかりお返しをしてあげようと考えております。
もちろん、どこかの国を攻撃するわけでは無いですよ。何より、海賊を支援している国があればアレッシアは踏みつぶしますから。ディティキのように、ね」
「それなら安心ですね。マルハイマナもマフソレイオにアレッシア、そしてエリポス圏を敵に回してまでメガロバシラスと組みたくは無いでしょう」
言葉の意味を理解してくれたらしいイェステスが明るい表情で頷いた。
それから、どの策を隠して家臣たちと相談してくるかを相談する。結果は実際の土地での動きを隠すことに。つまり、アフロポリネイオへの支援とエスピラが動くことだけを伝え、自衛の策をその場でひねり出すようにすることで家臣の不満を抑えることに決定した。
あまり長く居ると全てが疑われかねないから、とイェステスが政務に戻っていく。
部屋には、体調不良と言うことになっているズィミナソフィア四世とエスピラだけになった。
奴隷も全て外へ。
「アフロポリネイオへの支援。本当は、お父様がエリポスで力を握るためでしょう?」
そして、ズィミナソフィア四世がにっこりと笑ったのだった。




